企業年金,個人年金,高齢者家計
(写真=PIXTA)

「高齢者世帯の収入の7割を公的年金・恩給が占めており、6割の高齢者世帯では収入の全てが公的年金・恩給となっている」というフレーズは、厚生労働省が公的年金の重要性を語る際によく使われる。

では、企業年金や個人年金などの私的年金は、高齢者の家計にとってどのような役割を果たしているのだろうか。本稿では、総務省が公表している「全国消費実態調査」(2014年)の結果を使って、私的年金が果たしている役割を見ていく。

同調査によれば、公的年金(恩給を含む、以下同じ)もしくは私的年金のいずれかを受給している世帯(世帯人員2人以上)は1,663万世帯(概数、以下同じ)と推計されている(*1)。このうち、公的年金のみを受給しているのが994万世帯(60%)、公的年金と私的年金の両方を受給しているのが561万世帯(34%)、私的年金のみを受給しているのが108万世帯(6%)となっている。

公的年金のみを受給している世帯と公的年金と私的年金の両方を受給している世帯の月間の支出状況を比較すると、両者の収入を同程度に揃えても、公的年金と私的年金の両方を受給している世帯の方がレジャーや交際費などに支出する金額が大きい傾向がある。

図表1は、公的年金もしくは私的年金のいずれかを受給している世帯を、年収の低い方から並べて5分の1ずつグルーピングしたもの(年間収入五分位階級)のうち、低い方から2~4番目のグループを見たものである。

グループごとに、公的年金のみを受給している世帯と公的年金と私的年金の両方を受給している世帯を比べると、いずれのグループでも、私的年金も受給している世帯で支出が多くなっており、さらに両世帯の差は食費に比べてレジャー・交際費等で大きくなっている。

言い換えれば、私的年金も受給している世帯は、公的年金のみを受給している世帯と比べて、同程度の収入でも支出の面でより充実した生活を送っているといえよう。

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このような状況になっている理由は、いくつか考えられる。その1つは資産の差である。実際、公的年金のみを受給している世帯と私的年金も受給している世帯を比べると、同じ収入グループでも、私的年金も受給している世帯は預貯金や有価証券の残高が多い傾向がある。

また別の理由として、企業年金制度がある企業で働いている人や個人年金に加入している人は、現役時代からレジャーや交際費などへの支出が多く、引退後もその傾向が続いている可能性もある。

もう1つの理由として考えられるのは、収入源が複線化していることへの安心感ではないだろうか。公的年金からの収入は、昨年から始まったマクロ経済スライドや、今後起こりうる制度改正によって変動するリスクがある。

一方、企業年金や私的年金には今後のインフレによって実質的な価値が変動するリスクがあるが、公的年金のリスクとは種類が異なる。同じ収入でも収入源が分かれていれば、リスクが分散されている安心感があると考えられる。

いずれにしても、私的年金も受給している世帯は、公的年金のみを受給している世帯と比べて、同程度の収入でも支出の面でより充実した生活を送っているのは事実である。

しかし、私的年金も受給している世帯は全体の3分の1に過ぎない。私的年金も受給している世帯の割合を都道府県別に見ると、経済活動が活発な地域で高い傾向がある(図表2)。私的年金の受給によるメリットを広げるために、企業年金や個人年金の裾野を広げる政策や取り組みが求められる。

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(*1)全国消費実態調査には、高齢者世帯の定義が大きく2種類ある。1つは「夫65歳以上,妻60歳以上の夫婦のみの世帯」など年齢に着目した定義である。この方が一般の感覚には馴染むが、この定義では収入グループごとの集計が公表されていない。そこで本稿では、収入グループごとの集計が利用可能な「年金等を受給している」という定義の集計を利用した。ただし、この定義では世帯員に高齢者以外も含まれうる。実際、年金等受給世帯の平均では、世帯人員2.64人のうち、65歳以上は1.41人(うち無業者は1.11人)、有業者は1.06人となっている。このため、図表1に示した各グループの年収が高めになっている。夫65歳以上妻60歳以上の夫婦のみの世帯の平均年収は441万円だが、年金等受給世帯の平均年収は556万円である。
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中嶋邦夫(なかしま くにお)
ニッセイ基礎研究所 主任研究員・年金総合リサーチセンター

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