愛知県大府市で2007年12月、JR駅構内で認知症の男性(91)が電車にはねられ死亡した事故で、JR東海は振り替え輸送費用として、遺族側に約720万円の賠償を求める裁判を起こした。1審・2審ともに家族に監督義務があると判断され、賠償を命じられている。

最高裁で逆転し、遺族側に監督義務なしと判断されたものの、家族を失って悲しんでいるところに、これだけ多額の請求をされることを考えると恐ろしい。

最大の論点は家族に「監督義務責任」はあるか

民法709条では「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」としている。

しかし、事故を起こした本人が、責任能力があるのかを問われた場合、本人に意思能力として行動の制御能力のあることが前提となる。

民法713条には「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない」とあるが、「故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない」と続く。

このように、高度の認知症など心神喪失状態である加害者には何の責任も問えないことになることから、1審・2審では家族に監督義務があるとして賠償を命じてたのだ。

最高裁の判断は、高齢化社会の現代で認知症の家族を支える者には救いといえそうだが、損害を受けた鉄道会社にとっては損害を回収できないばかりか、経営に影響が出てしまうことも確かであり、赤字ローカル線や第三セクター方式での鉄道会社に取っては死活問題にもなりかねない。

「鉄道施設災害費用保険」が発売

こうした事故に備えるため、東京海上日動火災保険は9月、「鉄道施設災害費用保険」を売り出した。補償内容としては、車両や施設の修理費用と乗客の運賃払い戻し費用や代替輸送費用などである。この保険は基本的には人身事故に限定した保険だ。

仮に自動車での鉄道事故であれば加入している自動車保険で事故の損害をカバーできる。列車の修理費用は対物賠償で、列車に乗る人のケガに対しては対人賠償で補償と言ったぐあいだ。このことから、対人保険も対物保険も無制限に加入することを勧めているのだ。

列車の修理費用は、数千万円単位から数億円単位にのぼることもあるので自動車保険が使えない場合は、鉄道会社としては経営上の大損害になるのだ。中には総額で2億円を超える損害賠償の認定例もある(損保ジャパン日本興亜のWebサイトによる)。

人身事故に備えた費用対効果

保険に入っていない人が事故を起こした場合はどうなるのだろう。生じた損害費用を東京海上日動火災では保険金額の上限を最大10億円と設定している。過去に起きた鉄道会社の人身事故では、遺族の感情や経済的な事情などで請求しない場合も少なくないという。

これにより鉄道会社も泣き寝入りしなくても済みそうだし、加害者側の遺族としても損害賠償の巨額な金額に対応できることになる。問題は保険料だが、JRや大手私鉄は仮に加入できたとしても、経営の厳しい鉄道会社にとっては安心料としては厳しいだろう。

国土交通省では、一定基準以上の人身事故や輸送障害が発生した場合、鉄道事業者に報告を義務づけている。これによると2013年度の鉄道事故全790件中、人身事故は約半数の422件だ。

鉄道の場合、自動車保険の場合の事故の数に比べて、想定される加入者の数は全社が入ったとしても約200社程度。分母を200社としても、保険に加入する鉄道会社の分子によって保険料も異なる。結果、各社に加入のバラつきが出るだろう。

鉄道会社は民間企業ではあるが公共の事業。事故を起こした立場の弱い個人に対し賠償請求をしたとなると、道義的に疑義を唱えられる可能性もあって辛いところだ。

自己防衛としては個人賠責保険がある。これは自動車保険に特約としても付けられるし、単品でも入れる保険だが、補償は無制限にできる。個人賠償保険は、他人を死傷させたり他人の財産に損害を与えたりした場合に保険金を支払うというものだ。しかも示談交渉サービスも付いているのでいざという時にも安心だろう。こうした保険も見直されるかもしれない。(ZUU online 編集部)