全国ワースト1位は山梨県。ワースト2位が沖縄県でワースト3位は山形県——。
これは何の順位かというと、金融広報中央委員会が調査した金融リテラシーの県民ごとの理解度順位だ。
全国の18歳〜79歳の2万5000人を対象に調査し、前回の調査サンプル3500人から、大幅にデータ数の多い調査結果を得たものになったのだが、実に面白い内容だった。ちなみにトップ3は奈良県、香川県、京都府だ。
不名誉ながら全国ワースト1位になってしまった山梨県。同県には独自の金融システム「無尽(むじん)」がある。全国的に広く知られているわけではないが、山梨県民に「無尽」と言えば、その意味を知らない人はいないという。この「無尽」について紹介しよう。
日本最古の金融システム?
無尽の起源は鎌倉時代にさかのぼる、古くからある「民間金融システム」。仲間同士が定期的に資金を拠出し積み立てる。現在の保険や共済制度によく似た「相互扶助」の仕組みだ。現在では飲み会やサークルの集まり等を指すモノが多いようだが、寺院の設立や建替え、公共事業などの資金調達のほか、緊急時の個人への融資などに使われてきた。
江戸時代にはその仕組みが発展し、明治に入ると営利目的での無尽が増え、業法化された。現在では無尽業法に基づいた法人として存在するのは、全国で1社のみだ。
個人の無尽では、近所の寄合や、趣味、同級生やボランティアの集まりなど、いわば縁で集まる人同士が、「毎月第〇曜日に飲み会、ゴルフ」といったように、定期的に集まり、一定金額を集金する。その会合で集まったお金を参加者の一人が受取り、すべてのメンバーが受け取り終るまで会合は続く。
早くに受け取ると損、後に受け取るとお得
例えば10人のメンバーがいる会で毎回1万円を集金した場合、1回の集まりで10万円集まる。10人のうち一人が10万円を受け取るのだが、最初に受け取る人と最後に受け取る人とでは、10回の会合の期間分だけ、同じ金額を受け取っていては、後で受取る人にメリットが生じない為、誰もが先に欲しいと思う。
そこで、その回で受け取る権利を得たい人は、その回以降の拠出額を、1万円ではなく「1万2千円」など利息をつける事を約束する。利息額を入札し合い、一番高い利息を付けた人が10万円を受け取る事ができるのだ。
仮に初回に受け取る人の利息が2000円と決まった場合、2回目の会合では10万2000円集まる。(まだ受け取っていない9人×1万円)+(1回目に受け取った1人×1万2000円)=10万2000円という計算だ。
初回に受け取る人は、2回目以降2000円×9回の利息を払う事になる為、10万円の臨時収入を得る為に、1万8000円の利息を払う。
2回目に受け取る人も同様、2000円の利息で落札したとすると、2000円×8回の利息を支払う事になり、10万2000円の臨時収入を得る為に1万6000円の利息を支払う。
3回目以降も同様だ。既に受け取った人以外で入札をし合い、既に受け取った人の利息を加えた会合ごとの拠出額を受け取る代わりに、次回以降支払う利息を負担する。通常は、後で受取るほど受け取り額と拠出額の差が大きくなり、得をする仕組みになっている。
「無尽だから」残業が許される?
民間の金融システムがまだ十分に発達していない時代に始まった「無尽」。国民の多くが貧しいった時代に、親しい者同士が集まり、冠婚葬祭など一時的に大きなお金が必要な場面で、助け合いの精神から生まれた仕組みだ。この仕組みを悪用する者もいれば、破たんしてしまうケースもあったそうだ。
冒頭に述べたように、現代では若い人は「無尽」=「飲み会・サークル」という認識が多いようで、拠出金なしに集まるのが主流になっている。
驚きなのが、残業をしなければならない雰囲気のオフィスでも、「今日は無尽行ってきます」というと、「無尽なら」と快く送り出してくれるという。
大阪府民の筆者が、何か「無尽」に代わる都合の良いツールが無いかと考えてみた。たとえば阪神戦のチケットをチラつかせて「今日は甲子園行かなあかんねん」と言ってみたとしても……「ええな、やる事やってから行きや〜」と言われるか、「代わりに行ったろか?」と言われる程度だろう。
人と人とのつながりで成り立つシステム
「無尽」は他に「頼母子講(たのもしこう)」と呼ばれ、沖縄では「模合(もあい)」とも呼ばれ、山梨だけに限った習慣ではないようだ。
保険の仕組みに近い「互助会」というものもある。このような口約束でのお金の貸し借りが、漫然と今日に至るまで続くというのは、仲間内の信用がなければ当然成り立たないわけで、その人と人とのつながりの深さに、筆者は古き良き日本のなごりが感じられる。
ご近所づきあいでも、職場の付き合いでも、「面倒だな」と思えばそれまで。有事の際に助けになるのは、普段気にすることのない隣人やビジネスライクな付き合い以上の仲間だろう。
この無尽が、山梨県民の金融リテラシーが低いという調査結果に関連しているとすれば、本当の理由は、人付き合い能力の高さなのかもしれない。
佐々木 愛子 ファイナンシャルプランナー(AFP)
、証券外務員2種
国内外の保険会社で8年以上営業を経験。リーマンショック後の超低金利時代、リテール営業を中心に500世帯以上と契約を結ぶ。FPとして独立し、販売から相談業務へ移行。10代のうちから金融、経済について学ぶ大切さを訴え活動中。
FP Cafe
登録FP
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