(写真=筆者提供)
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AIを使いこなす基本は「食わせるデータの質」

荻野さんのお話をうかがっていると、検索エンジンとデータ分析の部分ではAIを使っていますが、肝心な部分については人間が行っていることがポイントかなと感じたのですが、いかがですか?

荻野 おっしゃる通りで、AIを使うときの大原則は「何をデータとして食わせるか」です。つまり、元データがしっかりしていることが一番重要で、そういった意味では我々がもっとも重視しているのはAIではなく金融工学です。数学や統計学、それらの方が大事だと思います。

たしかにグーグルのような巨大なデータセンターを持っていたら、AIをブンブン回せば何かしら「予報っぽいもの」は出てくるんでしょうが、普通の企業には真似できません。だから、なんでもかんでもAIにデータを食わすのではなく、あらかじめ人間がモデリング化して、整理された状態まで持っていってからようやくAIに学習させる。このプロセスが欠かせません。

「兜予報」でいえば、「いつ動くか?」「どれくらい動くか?」「どっちに動くか?」。その3つが明確にわかっている過去のデータを集めて、AIに学習させることができるか。その集めるフェーズが重要で、我々にはそのノウハウがあります。こうやって根拠といいますか、理屈をちゃんと持っていれば、ベンチャー企業でもグーグルに対抗できるものは開発できると思います。

実際、当社では金融工学や統計学を専門としている大学院生を数名インターン・アルバイトとして雇用し、彼らに統計分析をさせ、そのなかででてきたものをAIに食わせる作業を行っています。

なるほど。私も全く同感で、「AIはなんでもできる」という世の中の風潮は嘘だと思っています。人間の言葉に自然と受け答えをしてくれるAIがあったとしても、前提としているのは元データがあることであって、それがなければ何もできません。ですからベースとなる式やモデルを作って、そのパラメーターをどう調整するか。もっといえばそれをどう使うかということに関しては人間の仕事なんですよね。

荻野 そうなんです。私は昔、サーチエンジン開発にも携わっていたんですが、そのころの言語処理って結構大変だったんですね。自分たちでアルゴリズムも辞書も作らないといけない。それを経験している人は元データの価値を身を持って知っています。

でも最近のAIアプリケーションをみていると基本はコピペでできています。Github(オープンソース開発のプラットフォーム)に誰かが苦労して作ったライブラリ(プログラム)があって、それを引っ張ってくるだけ。でも本質を理解せずに使っているため、明らかに効率的ではないデータの食わせ方をしている人たちが大勢いるわけです。

AIで株価予測はどこまで激化するか?

いまはアナリストの投票制も併用されていますが、将来的にAIだけで株価の予想ができると思いますか?

荻野 学習精度が高まったら自動化はできるとは思います。ただ、そんなに簡単な話ではなくて、アルゴリズムって「レアケース」に弱いんですね。それこそ尹先生がおっしゃった9.11のような出来事。それまでの前提がガラッと変わるような事態が起きたら人間は通常モードの思考をいったん止めることができますが、AIにその自動補正が働くのか。そこがポイントです。

自動補正についても当然、我々も取り組んでいるところで、たとえばBrexitのときは株価がイレギュラーな動きを見せましたが、このケースでは対応できており、しっかり分析をしていました。想定はあくまでも想定なので、それを外れたときにも使えるAIの実現は一筋縄ではいかない課題ですが、その分、期待も大きいです。

私は日本で誰よりもHFT(高速取引)を分析してきた人間だと自負しているのですが、判断が自動化されるとタイムラグはミリ秒の世界になると思いますか?

荻野 HFTのような「アルゴリズム同士の勝負」をもし全員が使うようになれば、必然的に何ミリ秒早くデータをとり、結果を出すかという話になるでしょうが、全員がHFTを使うようになるとはあまり想像できませんね。

そうなんですよね。私もよく「HFTはアルゴリズムトレードの一部に過ぎない」という言い方をしています。HFTだから儲かるのではなく、しっかりしたロジック、モデル式こそが儲けの源泉であり、速さは手段でしかないと。それでいうとAIも取引を有利にはしますが、それも手段にすぎず、やはりベースは数学であり、人間だということを今日のお話ですごく感じました。

荻野 私もけっこう「人間」が好きなので、アルゴリズムの勝負は行き着くところまで行くんだろうなとは思いながら、最後は人間の余地が残るんじゃないかなと期待しています。ようは業績が良いのにアルゴリズムの勝負の結果で株価が下がるといった形にはならないんじゃないかと。最後は人間の心理、感情なのかと思います。

(取材・構成=郷和貴)

荻野 調
財産ネット社長。20代は大学院に通いながらソニー等で500億円規模の事業再編を含む事業立上げを経験。30代は住友系伊藤忠系VCにてシリコンバレーを含む数十社に投資、数十社のM&A、IPOを実現。2011年よりグリーにてグローバル事業立ち上げ、事業開発部や子会社を率いて、提携・投資・Exit・事業立ち上げ・事業売却等に従事。2015年に起業。「財産管理をもっと簡単にもっと安全に」「プロの資産運用術をあなたに」「経済アナリストを番頭に」をモットーとしたフィンテックベンチャー企業「財産ネット株式会社」を立ち上げ現職。ハーバード大学修士号(Computer Science)、東京大学博士号取得。

尹 煕元(ゆん・ひうぉん)
CMDラボ代表。慶應義塾大学大学院博士課程修了(工学博士、数値流体力学)。証券会社にてトレーディング業務などに従事。2007年に最先端金融工学の開発・研究を行うCMDラボを立ち上げ、金融データの分析や可視化など先駆的な取り組みを続けている。デジタルハリウッド大学大学院「 サイバーファイナンスラボ 」主幹。同ラボの次回の予定は11月14日(月)。早稲田大学ファイナンス稲門会、東京大学i.schoolと合同で「ファイナンスにおけるイノベーションと戦略の融合」をテーマにしたパネルディスカッションを行う( 申し込みはこちらから )。

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