ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相が11月1日来日した。3月に民主政権が発足してから、事実上の最高指導者として初めての日本訪問だ。2日に安倍首相、その後は岸田外相との会談や経済団体との会合で、日本企業の投資促進に向けた環境整備や経済協力の拡大などを通じて関係強化を図った。
理由は憲法違反になるため
アウンサンスーチー氏が「国家顧問」に就任したのは今年4月。「国家顧問」は省庁や政府機関、個人などに助言を与える権限を持つものだ。なぜ大統領ではないかというと、軍事政権下で定められた現憲法の規定で、就任を阻止されているからだ。
ミャンマーの現憲法では、外国籍の家族を持つ人物の大統領就任は禁止されている。氏は亡夫や息子2人は英国籍のため、現憲法下では大統領にはなれない。
ただ国家顧問のポスト創設については国内からも異論が出ていた。国会の4分の1の議席を持つ軍人議員などから、ポスト創設は憲法で定められる権力分散の原則に背くという異議が唱えられていた。しかしティンチョー大統領は氏を新設の「国家顧問」とする法案に署名した。
両院の過半数を押さえる与党・国民民主連盟(NLD)が押し切ったかたちで、国家顧問ポスト就任で実質的な指導者となったわけだ(外相、大統領府相も兼務)。
かつては京都大で客員研究員として在籍していた
アウンサンスーチー国家顧問兼外相はミャンマー民主化運動の象徴的存在の人だ。ビルマ独立の指導者アウンサン将軍の長女として生まれている。名門女子大レディー・シュリラム・カレッジで学んだ後、英国オックスフォード大学で哲学・政治学・経済学の学位を取得。
卒業後はニューヨークの国連本部に勤め、72年に英国人仏教学者マイケル・エリアス氏(99年に死去)と結婚。その後、約1年半ブータン王国外務省で研究員として働いている。85年10月に来日し、翌年6月まで京都大学東南アジア研究センター(現・同大東南アジア研究所)の客員研究員として滞在している。その後、京大から2013年に「名誉フェロー」の称号を贈られている。
自宅軟禁は計3回にわたって繰り返された
88年8月26日、数十万人の聴衆を前に民主政権の樹立を訴えこの演説の後に国民民主連盟(NLD)を設立している。その後、国内を遊説し本格的な政治活動を開始するもクーデターで全権を掌握した新軍部の国家秩序回復評議会(SLORC)により89年に自宅軟禁に置かれることになるのだ。
その後、国家平和発展評議会(SPDC、97年にSLORCから改組)のタン・シュエ軍事独裁政権が継続され、の自宅軟禁は98年7月に一旦は解かれる。しかしその後も拘束・軟禁は2000年9月~02年5月、03年5月~10年11月と計3回にわたって繰り返された。
その間には人権擁護への貢献が認められ1990年に10月トロルフ・ラフト賞(ノルウェー財団)を、91年7月にはサハロフ賞(欧州議会)を受賞。さらに91年10月には民主主義と人権回復のための非暴力の活動が評価されノーベル平和賞を受賞している。
アジアのラストフロンティア
ミャンマーは約50年にもわたり世界経済から隔絶されたような状態にあった。だが最近では経済開放・自由化や外国企業の対ミャンマー投資拡大などから経済は高成長を続けている。その勢いは一躍、アジアのラストフロンティアとして脚光を浴びている。
成長率はアジアでもトップクラスの高さで、対外関係正常化と経済自由化から日本製中古車の販売が急増している。スマートフォンの普及や個人消費も急拡大を続けており、外資系企業のミャンマー進出も増加を続けている。
ヤンゴン市内はオフィスビルやホテルの建設投資も盛んに行われている。50年間も国際社会から隔絶していたので経済的に国民生活の水準はアジアでも最低レベルであった。しかし人件費が東アジア地域で最も低いとされたことから、労働集約型産業にとっては進出のチャンスとなっている。
今後ミャンマーが取り組むべき課題
世界銀行グループの2015 年レポートによれば、ミャンマーはビジネス環境は改善方向にあるがより急速な環境の改善に向けて早急な取組が不可欠としている。
中でも必要な政策として次の5つが挙げられている。(1)インフラと連結性の向上をテコにした産業振興・(2)予見可能で効率的なビジネス環境・制度基盤整備・(3)「人間中心の開発」を支える人材の育成・(4)その他の戦略的・横断的政策・(5)農林水産業の潜在力の具現化。
例えばミャンマーの都市圏面積(2010 年)は830平方km(国土の 0.1%)に満たず、ベトナムの 3分の1、マレーシアの 5分の1しかない。次に都市圏面積拡大スピード(2000-2010 年)で見ると、年率0.8%(東アジア最低水準)で、ヤンゴンでさえ年率 0.5%にすぎない。
ミャンマーの現状を見ると、産業発展・経済成長や格差の解消が見えてくる。各種の問題が山積しているし、都市圏の整備・拡大は周辺国に比べてもかなり遅れている。そのことから、今後はインフラを整備しながら都市圏といった面的拡大を進めることになる。
ただ安い賃金と豊富な労働力や地理的優位性を考えれば、伸びしろは大きいだろう。(ZUU online 編集部)