「母親の所有するアパートを売却処分して、現在入所している特別養護老人ホームの費用に充てていいだろうか?」−−。母親の成年後見人になっているというAさんからこんな相談を受けた。既に後見人になって2年経過しているという。
Aさんが母親の財産を管理する立場であり、代理人として売買契約を結ぶことも認められている。Aさんに何もためらう理由はないのだが、将来的に相続人になり得る人たちの了承は必要ないのか、という疑問を抱いたのである。Aさんの疑問、危惧は当然のことで、他の相続人にしてみれば、「勝手に売却した」と後で言われ、トラブルに発展することを恐れたのだろう。
成年後見制度とは
2000年(平成12年)に登場した「成年後見制度」は、今ではすっかり市民権を得て、多くの人が利用するようになった。ただ一方で、後見人となった人が勝手に財産を使い込む事件も発生している。今回は、相続問題の依頼を受けた際に、実際に発生した「成年後見制度」のトラブルをご紹介する。
私はAさんの兄弟3人に「内容証明」を送ることにした。その内容は、「現在Aさんが母親『成年後見人』として、財産の管理を行っているが、この度母親所有のアパートを売却するつもりである。売却益は母親が入所する特別養護老人ホームの費用に充てたい。本来であれば、Aさんの判断で売買契約を結ぶことができるが、母親の財産を著しく減少させることになるので、将来の遺産分割等を考えて、貴殿に異議があるか否かをお尋ねしたい」というものだった。
数日後Aさんの兄(故人)の長女(Aさんの姪)から私に電話が入った。それは、「成年後見人とは、どういうことか。私はまったく聞いていない」というものであった。アパートの売却について了承を取る取らない以前の問題だ。
その後も2人の方から同じような内容の電話があった。Aさんに尋ねたところ、「兄弟は遠隔地に住んでいるが、私と母は同じ市内に住んでいるため、ずっと身の回りの世話をしていた。その流れで、自分が成年後見人になったほうがいいと判断した。他の兄弟には言っていない」とのことであった。
その後は、Aさんが他の兄弟に説明を行い、特別養護老人ホームの費用を捻出するために、とりあえず売却することに同意してもらった。
問題はその後である。それから1年後、母親が亡くなり、兄弟が集まって遺産の分割について話し合うことになったが、ここでも「なぜ無断で成年後見人になったのか?」が話の俎上に上った。しかも、Aさんが後見人だった時のお金の使い方も問題になったのである。
母親が入所していた特別養護老人ホームに通うために、Aさんはタクシーを利用していたが、明らかにそれ以外の日でも、タクシーを頻繁に使っていたという指摘があった。また、こまごました費用についても、母親のために使っているとは言い難いとの指摘もあった。
結局、Aさん以外の人たちが、不要と判断した費用については、Aさんの受け取るべき遺産から差し引かれることになった。この点はAさんも、(渋々ながら)納得して、「遺産分割協議書」が作成されるに至ったのである。ここまで母親が亡くなって6カ月、相続人が集まる回数は、3回を数えた。
トラブルを回避するためにしておくべきこと
Aさんが遭遇したトラブルの原因は、他の兄弟に相談することなく、勝手に母親の成年後見人になったことである。これは極端なケースかもしれないが、意外と自分の母親の財産がどうなっているのか、誰が管理しているのか知らないものである。また気になっても、なかなか他の兄弟に切り出すことができないだろう。
ただ今の「成年後見制度」は、一度成年後見人になると、定期的な収支報告は義務付けられていてもその内容までのチェックは行われていないのが現状である。厳密な手続きを経て選任された後見人であるから、財産管理についてはある程度任せておこうとする「性善説」に立っているのである。
しかし少なくとも、将来的に相続人になり得る人には、成年後見について相談しておけば、遺産分割にまで影響が及ぶことはなかったのでないかと思う。
紹介したAさんのトラブルは、親の財産について「言い出しにくい」、「聞きにくい」といった雰囲気が作り出したもののような気がする。
しかし、現在「終活」が盛んなように、今後ますます高齢者の財産管理が、重要になってくるに違いない。「相続」が「争族」とならないように、兄弟間、家族間の話し合い、意思の疎通は大事にしてもらいたい。(井上通夫、行政書士)