ゴールドマン・サックスで不要になったのは「セールストレーダー」?
三村 アルゴ以外にご自身でもやられるんですか?
鈴木 当然やります。DMA(ダイレクトマーケットアクセス)って言いますけど、とくに異常事態とかは自分でやって、自分の手だけでは足りないときは証券会社のセールストレーダーにお願いするという感じ。セールストレーダーって「この銘柄をこれくらい欲しいからよろしく」って指示を出すだけでうまくやってくれるので便利なんですよ。
だから、私が売買するパターンは、DMAとアルゴとセールストレーダーの3つ。でも、最終的な意思決定は必ず自分でやっています。
尹 鵜飼いで例えれば、普段は鵜(アルゴリズムトレード)にやらせて、大きな魚がきたら自分でも網を投げて、足りないときは隣にいる犬にも手伝わせて、犬があまり活躍しなかったらエサを減らす、みたいなものですよね。
鈴木 うまいですね(笑)! まさにそうです。
あ、そういえばゴールドマン・サックスのトレーダーが減ったという記事がありましたが、これってたぶんセールストレーダーのことですよね。
尹 おそらくそうでしょうね。本当のことはわかりませんが。
鈴木
セールストレーダーって便利な反面、たまに下手なやつもいるんですよね。指示している方としてはそんなムラっ気はいらないんで、自動化が進むのは納得できます。
「デイトレーダー勝利の方程式」は存在するのか?
尹 ちなみに三村さんは普段、どのようなスタイルで売買されていますか?
三村 普段は何もしていません(笑)。大型株とかIPO株とか出来高の多い株はずっと観測していますが、基本的にずっとポジションを持たないままで過ごして、何かがあったら行動する感じです。短期売買投資家って、何もないときにポジションを持つとやられちゃうんですよね。
尹 おっしゃる通り。好きな時に売買できるって、個人投資家の最大の強みだと思います。
では仮に三村さんの投資術をモデリングして、人工知能なりプログラムに代替させるとしたら、できそうですか?
三村 う~ん、たぶん無理でしょうね。「こんな状況ならこうする」っていうある程度のパターンはありますけど、銘柄とか時期とか板の状況によって全然バラバラで。むしろ、固定のパターンに固着しないのが良いんじゃないですかね。
私の場合は単に「一番盛り上がっているところはどこだろう?」からはじめて、「じゃあこの状況でどうやったら利益が出せるだろう?」って考える方法なので、やり方が変わるのは当たり前なんです。逆に言えば、相場がゆっくり上昇していて「盛り上がりどころ」が少ないときってやりにくいんです。
尹 トレーダーは基本そうですよね。昔、証券会社時代の同僚が言ってました。「トレーダーを殺すのに刃物はいらぬ。ボラティリティがなくなれば勝手に死ぬ」って(笑)。
三村 そうなんです。だからモデリングっていっても、強いて言うなら「短期で大きく動く銘柄だけに絞ってやる」っていうくらいですかね。
鈴木 たしかに一般化ってしづらいですよね。巷には「俺はこうやって資産を築いた!」みたいな本が売ってますけど、恐ろしいほど参考にならない。
三村 私も出してますけど(笑)。しかも、出版社さんの意向で「三村式」とか名前までつけられましたが、あれがどれだけ役に立つのかといったら正直わかりません。
もちろん、確率論だけでみたら「それっぽい勝利の方程式」はできると思いますよ。でも、それで自分自身が痛い目にあったのがリーマンショック。それ以来、方程式みたいなものは疑うようになって、むしろ方程式を外れたときこそが勝負どきだと思って集中するようになりました。平時ではポジションを持たないのもそのためです。
尹
無理やりモデリングしても使い道がないってことですよね。わかります。当社のiAlgo(アルゴリズムトレードのプログラム)も普段はよく動くんですが、緊急時は無理。それをAIにさせるという話になってくると「どうかな」っていうのが本音です。それこそ人間がやるべき仕事だろうと。
トランプショックのとき、どう動いた?
尹 緊急時といえば、おふたりはトランプショックのときはどのように動かれましたか?
三村 ヒラリーが勝つだろうけど、そんなに上がらないだろうと思っていたんですね。でも、念のためにオプションのコールはずっと売ってあったんですよ。
そうしたらあの暴落。最初は静観していたら、プットがすごい上がってきたんで、当日はプットを売ったりしていました。あとは翌日。寄りから一気に1000円くらい上がったんで、あらゆる銘柄に3億円くらい一気に空売り入れました。
鈴木 私も普通にヒラリーが勝つと思っていたものの、私の場合は総量としてはニュートラルなので、どっちが勝っても良かったんです。基本的に個別の動きでとるんで。
ただ、面白いことに当日の午前中の為替とか株の動きがBrexitのときとまったく同じだったんです。9時半くらいに円高、株安に動いて、そこから円安、株高に戻って、みたいな。Brexitのときは売りと同じくらい買いもやってしまって失敗した経験があったので、「トランプ寄りになったな」と思った瞬間から売りを多めにしました。
尹 他にはなにかされましたか?
鈴木 そうそう。もしトランプが勝ったら金利が上がるなと思っていたんですよ。財政が真っ赤になるって意味もあるし、減税して企業が元気になるって意味もあるし。それにすでに雇用がピークにあるアメリカでさらに移民排斥や雇用保護の動きが強まれば賃金を上げるしかないからインフレになるだろう。ということは金利を上げて抑えるだろう、みたいな。
だから当面はボラタイルになるかもしれないけど金利は確実に上がる、もしくは少なくともそう期待はされると仮説を立てたんです。
で、何をしたかというとまずは金利上昇が好材料になる金融機関の銘柄。これは絶対に買いだと思って翌日の寄りからメガバンク、保険、証券、不動産すべて買いました。
尹 いやー、すごい! それって普通のトレーダー、できないですよ。おっしゃる通り、話は合理的だけどさすがにビビりますよ。
鈴木 逆にできないと思ったからやったんですよ。だって日本の資産運用会社でロングだけで運用している人って、1日、2日では動けないんです。どうしてもトレーディング部長とかCIOのハンコをもらわないといけないから。
尹 そうですよね。他にされたことはありますか?
鈴木 アメリカの金利が上がると日本との間に金利差が生まれるので円安になりますよね。だから外需産業のトヨタとか村田製作所とかは多めに買って、逆に円安になると原料の高騰に困る食品メーカーとか家具メーカーとかは売りました。
あと、当日に関しては行きすぎたところを拾っておいた感じです。太陽誘電とかその1週間くらい前に好材料がでていたのに12%も下がっていたので拾っておいたら、翌日に12%上がっていました(笑)。
尹 さすがプロですね。
将来、トレーダーがAIに置き換わることは?
尹 お二人はいまのお仕事が人工知能に起き変わることは想像できますか?
三村 できません。すごい高い精度のアドバイスをくれるっていうなら道具として使うかもしれませんけど、結局リスクを負うのは私であり、家族なんで、「人工知能任せ」なんて絶対にしません。
鈴木 私も同感で、分業はありえますけど置き換わるかとかどうかという話になったら、正直、向こう10年、20年は心配していません。それこそセールストレーダーみたいに、こちらがある程度の指示を出して「人工知能でうまくやってもらう」という使い方はあるでしょうけど、リスクを考えればその割合ですら小さいでしょうね。
というのも、マーケットって人間のグリード(欲)とか不合理性が形作るものなので、「こうなったらこうなる」っていう方程式なんてないんですよ。それに投資は考慮すべき変数とその関係性があまりに膨大で、必勝法どころか定式化すら容易ではありません。そもそも人工知能だって、ある意図を持った人間たちがパラメーターを設定して仕掛けてくるわけですよね。だとしたら余計混沌としてくるはずです。
三村 混沌としたら難易度は上がるでしょうけど、チャンスも増えそうですね。
鈴木 そうそう。マーケットで全勝するなんてありえないんだからチャンスは幾らでもあるし、そうした混沌とした状況を冷静に俯瞰することは、人工知能より人間の方が得意じゃないのかなって思うんです。
それに、仮に投資判断が人工知能に置き換わったら、会社としてどうやってリスクを分散するんですかね。いま働いている会社だっていろんなタイプのファンドマネージャーがいるからこそリスクヘッジができているわけです。
そういう意味では、ファンドマネージャーなり、個人投資家なり、それぞれの運用スタイルにあった人工知能が有象無象生まれて、データ分析をしてもらったり、今のアルゴの延長として自動売買してもらったりするような時代が来るんでしょうね。でも、最終判断を下す人間がいなくなるとは思えません。
三村 それに異常事態に対応できなかったらプロの投資家って言えないですからね。
鈴木 うちの会社なら即刻クビ(笑)。そういえば昔、博士課程を出た超天才肌が会社に入ってきて、それこそ「君はコンピューターか!」っていうくらい頭は切れるし博学だったんですが、いざやらせてみたらモニターとにらめっこするだけで何もしないんです。「何んでやらないの?」って聞いたら「ここがこうだから」とか「こんな可能性もあるから」って、頭が良すぎて腹をくくれないんですよ(笑)。
三村 それ、すごいわかる気がします。私が一番稼いでいた時期を振り返ると、本当に怖いもの知らずだったなと思うんですよ。実際、いま稼いでいる個人投資家にしてもやっぱり20代が多いですからね。
鈴木 となると「優秀な人工知能って何だ」という話になってきて、リスク管理を得意とする人工知能はどんどん発達するでしょうけど、不確実性の高いマーケットで「覚悟を決められる人工知能」が果たして生まれるのか、または人間がそれに一任できるのか、と言ったら、あまり現実的とは思えないんですよね。
尹 私も全く同感です。今日はありがとうございました。
(取材・構成=郷和貴)
尹 煕元(ゆん ひうぉん)
CMDラボ代表。慶應義塾大学大学院博士課程修了(工学博士、数値流体力学)。ソロモン・ブラザーズ証券にてトレーディング業務などに従事。2007年に最先端金融工学の開発・研究を行うCMDラボを立ち上げ、金融データの分析や可視化など先駆的な取り組みを続けている。デジタルハリウッド大学大学院「サイバーファイナンスラボ・プロジェクト」主幹
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