ピーク時には600人いたゴールドマン・サックス本社のトレーダーが現在では2人しかいなくなったという記事が、先日拡散した。拡散した内容に対するコメントを見ると「トレーダーは不要になる」といった論調が目立ったが、果たしてそうなのか? また、実際の投資の現場ではアルゴリズムトレードや自動取引のインパクトはどうなっているのか?
そのあたりについての実情を探るべく、かつて週刊『SPA!』(扶桑社)で連載を持ち、あまりのパフォーマンスの高さに「架空人物疑惑」まで出たデイトレーダーの三村雄太氏(ペンネーム)と、世界屈指のヘッジファンドで1000億円を動かす現役のファンドマネージャーの鈴木誠司氏(仮名)を招き、覆面座談会を実施した。
元手30万円から資産10億円を築いたデイトレーダー
尹 まずは三村さんのご経歴をご説明いただいてよろしいですか?
三村 私は10代の時に元手30万円で株を買い始めて、大学を出たあともずっとデイトレーダーとしてやってきています。20代半ばで資産は10億円くらい。それがリーマンショックで半減したんですが、なんとか元に戻せました。
最近は1日に数回くらいしかやりませんけど、ピーク時の2004~05年は一日に100~200回くらい売買していました。IPO銘柄とかがあってマーケットがよかった時代。出来高とか上昇率ランキングをみて、乗り換え、乗り換えを繰り返すだけで儲かりましたね。
尹 ずっと短期で?
三村 最初の数年は長期で持っていたんですが大損して。そこから短期に切り替えてようやく軌道に乗り始めました。ほとんどが日本株です。
尹 普通は短期から長期へというパターンの人が多いですから面白いですね。短期と長期のどちらが高リスクかは、期待するリターンをどれくらいに設定するのかにも依りますが、短期だからリスクが高いとは言えません。むしろ、「保有期間が短ければ市場変動リスクに晒される時間が短いのだからリスクが低い」という解釈もありえます。長期投資をやたらと推奨する人たちって大勢いますけど、けっこう無責任なことを言っているなぁと思ってしまいます。
ちなみに三村さんご自身、アルゴリズムトレードやHFT(高速売買)は使われていますか? また、その影響は感じていますか?
三村
私自身は使いません。それに、短期と言っても数分単位の売買をしているわけではないので影響もあまり感じていません。でも、超短期で売買している知り合いたちは「やりにくくなった」と言う人が多いですね。やっぱり機関投資家には初速で負けちゃうんで。
東証の出来高の1%を動かすファンドマネージャー
尹 鈴木さんはヘッジファンドでポートフォリオマネージャー(資産運用会社のファンドマネージャーのこと)をされているということですが、一日に動かす額はどれくらいですか?
鈴木 任されているのはロングとショートを合わせて1000億円。実際に動かすのは多いときで一日200億円くらいです。
尹 東証の出来高が一日2兆円くらいですからその1%を鈴木さんひとりで動かしているんですね(笑)。パフォーマンスは?
鈴木 過去の平均は10~15%くらいですかね。私の場合、マーケットがどちらに動いてもその影響を受けないロングショート運用(売りと買いを同程度に組み入れる運用手法)なので、パフォーマンスを安定的に積み上げることができます。以前は日本の資産運用会社でロングオンリーもしていましたが、市場全体にベットするのが嫌になってヘッジファンドに転職したくらいです。
尹 鈴木さんは自動取引のインパクトをかなり感じているのでは?
鈴木 めちゃくちゃ感じています。とくにここ2、3年で明らかに板が捉えづらくなっていて、アルゴの精度というか、「頭がよくなってる感覚」はあります。
たとえばこの銘柄をまとめて買いたいと思って自分で板を取りにいくと、バーっと逃げられちゃうんです。ある指値までで板に見えている10万株が取れるはずだと思って発注したのに、3万株しか買えていないとか。もしくは微妙に高値で買わざるを得ないとか。
しかも、打つ回数とかボリュームに応じて板の逃げ方が微妙に変わってくる。まさに本の「フラッシュボーイズ」の世界と言いますか、地味にやられている現象が続いています。
逆にHFTが専門の尹先生にお聞きしたいんですが、こういう現象って誰かが板に撒き餌を散らしておいて、コロケーションサーバー(東証の横にある高速売買専用サーバー)でバッと先回りして取っていくんですか?
尹
いや、それは日本ではできないです。というのも、証券会社からの注文とコロケーションサーバーから入ってくる注文は、スピードは全然違いますけどネットワーク上のゲートウェイはひとつしかありません。だから入り口を一回入ったら追い抜くことはできないんです。
最良執行義務によって損をするという皮肉
鈴木 じゃあ、ほかにバレるとしたら……あっ、もしかしてPTS(証券会社の私設取引システム。民間の証券市場のようなもので、日本にはSBIジャパンネクストとチャイエックスの2つが存在する)を見に行くのがまずいとか?
尹 その可能性はあります。トリガーはPTSの方にあって、東証のコロケーションサーバー上のプログラムがその撒き餌が食われる瞬間をじっと待つことは技術的には可能です。
鈴木 なるほど!
三村 え、でもPTSでそんな大きな板があるんですか?
鈴木 ないんですよ。でも、私たちには1円でも安く買わないといけないというSOR(スマートオーダールーチン)と呼ばれる最良執行義務があって、見に行かないといけないんです。でも、そこを見張られていて、それに連動するアルゴがあれば東証で先回りされちゃいますね……。
尹 正直、SORを使う事が最良執行義務を果たすことになっているかというと疑問です。アメリカの場合には多数の市場が競争していて市場価格やレスポンスを競っているので、それらを考慮するためにSORを活用するというのは理解できます。しかし、日本はアメリカとは状況が異なりますし、それに日本で最良執行義務を負っているのは証券会社であって投資家は直接関係ありません。
当然、機関投資家はお金を預かる身ですからお金の委託者に対して正しい説明する義務はあります。だから鈴木さんとしては鈴木さんの顧客に説明できれば納得してもらえると思うんですけどね。「見張られているので、見に行きません」って。機関投資家にこの話をたまにするんですが、全然わかってもらえません。
三村 ちなみにそれって誰が仕込むんですか?
尹
サヤを抜くことに特化したファンドがあるんでしょう。コロケーションのなかにサーバーが持てて、複数の証券会社に口座を開けて、かつ、あらゆるところにポジションを持つ資金力がある、ということを考えると、最低でも40、50億円くらいのファンドかなと思います。システム自体はうちみたいな会社ならできます。やっていませんが。
自動取引は武器にもカモにもなる
三村 でも、鈴木さんの場合は損をするだけではなく、アルゴで得をすることもあるんですよね?
鈴木 もちろん。私が売買するときの9割はアルゴリズムトレードです。扱う銘柄は1000銘柄くらいあって、1日に150銘柄くらいずつ売買していますから、どうしても自分の手では足りません。だから銘柄とか状況に応じてアルゴを使い分けて売買しています。
尹 どんなアルゴをお使いですか?
鈴木 いたってシンプルなものばかりですよ。一日かけてじっくり売るとか、この条件になったら買うとか。世の中には複雑なアルゴもありますが、自分の投資判断の執行過程をブラックボックスにしたくないので、基本的にシンプルなアルゴしか使いません。
尹 他のアルゴを出し抜く、みたいなことはされていますか?
鈴木 それもやります。もともとバイサイド(投資家側)のトレーダーをしていたので板を見るのが好きなんですが、結構な頻度で「ありえない動き」があったりするんですよ。洗練されていないアルゴが仕掛けているせいなのか、ファットフィンガー(人間による誤操作)なのかわかりませんが、そういうのが増えている気がします。
それって私にとってチャンスで、逆を取れば儲かる。実際、そうやって異常な動きを検知して逆を取りにきているアルゴも増えてきている感じがします。
尹 本当のプロからすればアルゴは自分の右腕にもなるし、カモネギにもなるってことですね。
鈴木 そうなんですよ。
たとえば、出来高に対して10%の注文を取るというアルゴが入っているなと感じるときがあるんです。そんなときはドンと100単位くらいで板を取りにいくと案の定、アルゴがどんどんついてくるので、先に高いところに売りを入れておいて、最後は高値で売り抜ける、みたいなことを一時期やってました。最近は相手もだいぶ賢くなりましたけど。
あとはVWAP(一日の出来高加重平均価格。機関投資家の売買時の目標値として使われる)に気づいて先回りするアルゴもありますね。そういうときはあえて自分の予定より多めに先に買って、相手より高いところで残りを売っています。
尹 機関投資家はみんなVWAP使いますからそれを狙うアルゴも当然ありますよね。運用の世界では常識になっているVWAPって、「出来高の加重平均で買います!」って手の内を宣言しているだけなんで、やめたほうがいいと思うんですよ。麻雀をやりながら「ピンフやります!」って宣言している人なんていないのと同じで。