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(写真=ZUU online)

大手証券会社等でエコノミストを経験し、米資産運用会社大手アライアンス・バーンスターンにおいてマーケット・ストラテジストを務める村上尚己氏。デフレが経済にもたらしてきた影響について、その知見を聞いた。(聞き手:ZUU online編集部 菅野陽平)※インタビューは2017年2月13日に行われました。

日本のデフレの主犯は他ならぬ日銀

——村上さんは今月(2017年2月)に新著『日本経済はなぜ最高の時代を迎えるのか?』を出版されました。そのなかに「デフレは人災である」と書かれていますね。

「アベノミクスの実体経済への好影響は皆無」もしくは「豊かになっているのは富裕層だけで庶民に恩恵が届いていない」といった意見を時折見かけます。しかし、脱デフレを掲げるアベノミクス発動以降、日本人の生活は明らかに改善しています。

失業率のデータを見ても明白です。失業率のことを言うと決まって「増えているのは非正規雇用ばかり」との反論がありますが、人々の生活を本気で考えるのであれば、職があることがまず重要です。デフレを容認、加速させてきた過去の政権下では、職につけない人が大勢いたのですから。また、労働市場の需給改善が続いたため、2016年にはパートなどの非正規社員と同様に、正規社員も数も増えています。

——著書のなかでは自殺者の推移も取り上げられています。

アベノミクスが発動した2013年以降、日本の自殺者は、3万人超に急増した1998年よりも前の水準にまで顕著に減少しています。自殺の理由には一定数の経済的困窮があると思いますが、アベノミクスによる経済政策の転換でその数が急減したことは明らかです。もちろん、依然として喜べる数字ではないですが、自ら命を経つ人が減っている意義は大きいです。

——厚生労働省が2017年1月20日に発表した2016年の年間自殺者数は21,764人で、2015年に比べて2,261人(約9.4%)減ったそうですね。

デフレは人災といえます。妥当な経済政策を行ってこなかったので、今まで多くの命が失われたとも言えます。失業率と自殺者の相関関係は、経済学の分野でも他国ではさかんに論じられてます。不思議ですが、日本の経済学の世界ではそうした分析はあまり多くないように思います。デフレをもたらした経済政策の不作為が、人命や人々の健康にどのような影響を及ぼすか、投資家の視点で私は非常に興味を持っています。

——デフレが人災であるならば、デフレの犯人はどこにあるとお考えですか?

インフレ率安定の責務を負うのは中央銀行であり、中央銀行の制度が整っている先進国では常識です。インフレになるかデフレになるかは、中央銀行だけが操作できる貨幣量が決定的に影響するからです。通貨の価値は「モノ・サービス・人の量」と「マネーの量」によって相対的に決まってきます。このふたつが常に天秤にかけられ、「モノの量」の方が多ければデフレ、「マネーの量」の方が多ければインフレになる。

であれば、第一義的には日本銀行の政策によって、デフレが20年以上続いてきた、というのが経済学的な通常の理解になります。アベノミクス発動まで、日本銀行は2%インフレ目標について政府・国民から与えられなかったので、インフレ率を高める政策を行わなくてもその責任を問われない体制だったのです。

アベノミクスが発動される前の日本銀行は、デフレを容認する金融政策を続けてきた。そうした状況を、安倍政権のリーダーシップによって、旧来の日本銀行を変え、そして明確なインフレ目標を日本銀行に課した。そして誕生したのが、現在の黒田総裁が率いる新生日本銀行です。

この政策転換の意味を理解しなければ、投資で利益をあげることは非常に難しいと思います。2012年末からのアベノミクス相場もそうでしたが、アベノミクスに批判的なメディアに耳を傾けてポジションを張っても、結果は芳しくないものになるでしょう。

——しかし「2年で物価上昇率2%」は未だに実現されていません。

もっとも大きな障害となったのは2014年4月の消費税増税です。黒田総裁は立場上はっきりと明言していませんが、日銀は、既に消費増税が景気を悪くしてデフレ脱却が遅れたことを公式見解として認めています。

極論ですが、消費税を5%に戻したら脱デフレと経済正常化は早期に実現するでしょう。かつては、本田元内閣府参与も減税に言及していました。いま米国株が最高値を更新している一つの理由は、米経済が減税によって成長率が高まるという期待です。今後、消費税引き下げまでできたら安倍首相は本当にすごいと思いますが、さすがに現実的には難しいでしょう。

長期的なリターンをエクイティから得るというのは、普通のことだと思います。先進各国のなかで、過去30年近くも株価指数が高値を更新できていない日本だけ異常だったのです。なぜならば、日本はデフレが長期化し、それが経済停滞をまねいてきたから。当局者の責任は大きいと思いますし、それを監視できなかった政治家・国民のリテラシー不足も問題です。


アベノミクスで日本経済は更に好転する

——著書では近年、株価と為替の関係性も変化したと書かれています。

昨今、株価(日経平均株価)と為替(ドル円レート)の関係性は、単純明快です。基本的には、円安になれば株高、円高になれば株安。しかし、この規則性が発揮されるようになったのは2000年代に入ってからであり、それ以前は必ずしも当てはまるわけではありません。

結局、金融緩和が十分行われると円安になって株高になる。逆に金融緩和が不十分だと円高になって株安になる、そのメカニズムによって、日本人のリスク資産のリターンはほぼ決まる。日本が「デフレから脱却する」という、大きな問題を克服するかどうかが、日本の投資家のリターンに直結するということです。

日本が米国に近い経済環境になって、もう金融緩和が必要ないという状況になってくれば、円高でも株が上がる事も有り得ます。そして、アベノミクスが完遂され、日本もいずれはそういう国になると予想します。ただ、その状況になるまで、もう数年はかかるでしょうから、もうしばらく株価と為替の連動性の高さは続くと考えています。

——最後に、御覧頂いている個人投資家の方へ、メッセージを頂けますか。

日銀と政権がタッグを組んでデフレ脱却を目指している。もうその構図自体が、デフレが続いた過去20年とは大きく異なります。デフレマインドが染みついてる人は勝てない相場でしょう。そういう人たちがリターンを高められない分、アベノミクスを理解している投資家は適切なリスクを取ることによってリターンを高めることができる環境だと思います。

安倍政権は基本的に金融政策、財政政策を拡大させる方向なので、それが続く限りは大丈夫です。でも政治だから変わることもある。それをちゃんと「自分の頭で考えましょう」と。僕を含めて、この世界は色々な意見を持つ人が情報発信しています。情報の質を見極める目や思考を身に着けることが必要だと思います。

「デフレは人災 アベノミクスで日本経済は好転」村上尚己(アライアンス・バーンスタイン ストラテジスト)

村上尚己(むらかみ・なおき)
東京大学経済学部卒業。生命保険会社、シンクタンク、外資証券で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でシニアエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフ・エコノミスト、2014年5月からアライアンス・バーンスタン(AB)において現職。2017年2月『日本経済はなぜ最高の時代を迎えるのか?』を上梓。