離脱交渉開始を目前に控え、ポンドの再暴落への懸念が市場で高まり始めた。可能性については様々な憶測が飛び交っているが、「今月開始が予定されているBrexit交渉次第」との見方が強い。

しかしこの段階にきてEUが巨額の「離脱金」を英政府に要求するなど、交渉の難航や「Hard Brexit(強行離脱)」を予感させる気配が濃厚だ。ポンド変動のリスクに備え、十分な心の準備をしておく方が懸命だろう。

「英国は交渉開始前に離脱金支払いを承諾せよ」強硬な姿勢のEU

英国EU離脱決定以降、ジャン・クロード・ユンケルEU委員長の「我々の友人である英国は、巨大な代償を支払わずに得られるものはないということを理解する必要がある」との言葉どおり、強硬な姿勢を一貫してつらぬいているEU。

Brexit交渉の首席交渉官に任命されたミッシェル・バルニエ元EU副委員長は、キャメロン前首相が2013年に同意した7年公約に従い、「英国政府には2019年/2020年度の予算124億ポンド(約1兆7377億円)の支払い義務がある」との見解を示していた。

しかし今年2月に入り、EU委員会は「Brexit bill」と呼ばれるいわゆる「離脱金」600億ユーロ(約7兆2634億円)を英国側に請求。離脱交渉開始前に支払いに同意するよう求めている。

この金額はEU加盟条約で交わされたプロジェクトおよびプログラムの費用の英国負担分、そして英国がEUに加盟していた期間(1973年から交渉開始予定の2017年まで)に就任していたEU加盟28カ国首脳、職員の年金負担分を算出したものだ。

それに加え、英国で暮らすEU移民およびEU圏で暮らす英移民の在留継続資格、北アイルランドとアイルランド間の国境問題などについて、交渉開始前に明確化することなども求めている。

「要求に応じる法的義務はない」英上院が反論

この要求に対し英国側は「離脱金や移民の在留継続資格などについては、交渉開始後に協議する」との意向を維持。すでに真っ向から衝突していたところ、3月2日には英上院が「EU側の要求をのむ法的義務はない」との報告書を発表し、大論議をかもし出した。

英貴族院議会のEU財務業務小委員会のアナリストは、プロジェクト費用などがデヴィッド・キャメロン前政権によって決定された事実などを挙げ、EUの要求に反発。しかしその一方で「EU市場へのアクセス権など交渉面で便宜の享受を期待するのであれば、EU側の要求を検討する必要がある」と、打開案の利点も示唆している。

インゲボルグ・グラッスル独欧州議会議員は、離脱金が「お金の問題ではない。(英国のEU加盟国としての)責任感の問題だ」と、英ガーディアン紙に語った。EU側が英国民の下した選択を、「一旦交わした条約を無責任に投げだした」と受けとめていることは疑う余地がない。7兆円という金額は「違約金」だと考えると「妥当な金額」と主張している。

離脱決定後のポンド上昇は一時的現象、交渉開始後は変動と予測

EUの要求と英上院の反論、英政府はどちらに傾いているのだろうか。

テリーザ・メイ首相は1月に行ったBrexitをめぐる演説の中で、「可能なかぎりEUとの貿易を望む」意思を表明すると同時に、当時最も注目されていた単一市場へのアクセス権を放棄する発言で、持ちなおし始めていたポンドを再び下落させた。

またその演説では「EUが去りゆく英国を罰するようなことがあれば、それは同盟国として自傷行為となる」と威嚇する一方、「英国がEUに巨額の資金を提供する日々は終わりを告げる」と、自国が進むべき方向を明確に示した。

ポンドの下落をあおる「Hard Brexit」の要因はほかにも考えられる。EU側も懸念しているEUおよび英移民在留継続問題だ。英政府は離脱決定直後から一貫して、「在EU英市民の在留許可が離脱後も保証される場合にのみ、在英EU市民の在留を許可する」と主張している。

英国で生活基盤を築いたEU移民を追いだす意図ではなく、EU圏の英国移民の権利を確保する苦肉の策だ。しかしEU側から同意を示す気配がないだけではなく、英政府内部でも「大衆の生活する権利を政治的な駆け引きに利用するべきではない」と、意見が対立している。

3月1日には上院によって、離脱通知の権限を与える法案に「在英EU市民の権利」を盛りこむ修正案が可決されたものの、英政府の強行離脱路線を押しとどめる権限はない。

現在は140円台をキープしているポンドだが、繰り返す上昇を「あくまで一時的なもの」とする専門家も多い。交渉が始まったが最後、さらなるポンドのジェットコースターが数年続くことになっても、けっして不思議ではないだろう。(アレン琴子、英国在住フリーランスライター)

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