テクニカル分析などで為替レートの上昇トレンドや下降トレンドを判断するといった手法を取る投資家が少なからずいます。一方で、それを真っ向から否定するランダムウォーク仮説という考え方があります。本稿では、まずランダムウォーク仮説について説明し、実際の為替レートとランダムウォーク仮説に基づく為替レートを比較します。次に効率的市場仮説とランダムウォーク仮説の関係を整理し、為替レートの動きがある程度ランダムウォークに従って動く事を説明します。最後に、ランダムウォーク仮説を学べる書籍を紹介します。

ランダムウォーク仮説とは

ランダムウォーク仮説は、株価や為替レートにおける値動きがランダムであり、その予測が不可能であるとする仮説です。株価や為替レートの動きは、大雑把に考えれば「上がる」か「下がる」かですが、それぞれ1/2の確率(ランダム)で値動き(ウォーク)するという意味で名付けられています。

数学的には幾何ブラウン運動に従うと仮定されており、その仮定に基づくと、為替レートの変化率とその分布は対数正規分布になります。ここで幾何ブラウン運動についての確率方程式の証明などは行いませんが、対数正規分布についてだけ見ておきましょう。

対数正規分布とは、各変化率の値を対数で取った時に正規分布に従う確率分布を言います。為替レートの変動率を例に噛み砕いて言うと、為替レートの変動率が0%に近い状態に分布が偏り、絶対値が大きな変動率の出現確率が極めて小さくなるという分布です。株価に関してもそうですが、大暴落と言われるほどの大きな変動率は滅多に無く、小さな変動ほど頻繁に起こります。

下図1は、2009~2012年の円ドルの東京外国為替市場の営業日毎の変動率の絶対値が大きい順に両対数プロットしています。4年間のうち、1日の変動率が3%を超えた日は3日しかなく、1%以上でも100日ほどで全体の1割ほどしか該当せず、1%未満の変動率が全体の9割ほどを占めています。なお、両対数プロットした時に、200位くらいまで直線になっていますが、このように累乗に比例する関係を冪乗則(べきじょうそく)と言います。

図1:2009~2012年の円ドルレート変動率絶対値と順位の両対数グラフ

出典: Pacific Exchange Rate Service より筆者作成

為替レートとランダムウォーク仮説に基づく為替レートの比較

では、ランダムウォーク仮説に基づく仮想的な為替レートと実際の為替レートを比較してみましょう。ランダムウォーク仮説に基づく為替レートは、初期値を2009年1月2日の円ドルレート1ドル=91.167円に統一した上で、そこから対数正規分布を取る乱数を発生させ、その変動率を順に乗算していくというシミュレーションを1002営業日分行ないました。

図2は、実際の円ドルレートと、シミュレーション3セット分を同時にグラフに表示しています。どれが本物の円ドルレートか分かりますか。2012年末頃から急速に円安に振れている紫色の線の実際の円ドルレートで、他は筆者がシミュレーションで作った仮想的な為替レートです。

図2:現実の円ドルレートとランダムウォーク仮説に基づき作った為替レートのシミュレーション結果

出典:円ドルレートは同上、シミュレーション結果は筆者作成。

注:縦軸は円ドルレート(円)を表す。

どのシミュレーション結果も、何も言われなければ実際の為替チャート若しくは株価チャートのように見えると思います。値の方向はランダムなのですが、その変動率が対数正規分布になっている事により、トレンドのようなものを描く事も多々あります。

実際、現代の株価市場や外国為替市場の分析においてランダムウォーク仮説が採用される事が多いのは、現実のチャートの形状がランダムウォークと酷似しているからです。

効率的市場仮説との関係

ランダムウォーク仮説を理解する為に、その前提となる効率的市場仮説との関係を簡単に見ておきましょう。

効率的市場仮説は、利用可能な情報は全て価格に反映されており、その情報を使って市場平均よりも高い利益をあげる事は不可能であるという考え方です。ランダムウォーク仮説は、これを前提として、新しく情報が公開されると情報が価格に直ぐに反映され、その価格変化を予測する事は出来ないという意味になります。

つまり、ランダムウォーク仮説のランダムウォークは、下駄を投げた時のように出鱈目に価格が動くというわけではなく、「過去の値動きとは無関係に、新たに公開された情報が直ぐに価格に反映される」という意味です。前節のランダムウォーク仮説に基づいたチャートでも「トレンド」のようなものがありましたが、ランダムウォーク仮説が為替レートに成立しているとすると、過去のトレンドは未来の値動きとは無関係になります。冒頭で述べたように、「テクニカル分析を真っ向から否定する」というのは、そういう意味です。

ランダムウォーク仮説が成立する程度

しかし、実際にはランダムウォーク仮説が完全に成立しているとは言えません。株式投資におけるインサイダー取引もそうですし、多くの人が「トレンドを信じる」という事実があれば、過去のトレンドが意味を持つ場合もあります。投資家の情報探索能力やその利用能力は不完全であるので、完全にランダムウォーク仮説が成立しておらず、まだ市場に反映されていない情報は実際には存在していると思います。

とは言え、長期的には多くの公開情報が価格に反映され、概ねランダムウォーク仮説が成立していると考えるのが妥当でしょう。

もっと深く理解するための書籍

ランダムウォーク仮説はあくまでも仮説であり、その考え方に大きな影響を受けた書籍は多くありますが、仮説自体を主軸とした書籍はそう多くはありません。しかし、ランダムウォーク仮説を深く理解するための書籍を2冊紹介しておきましょう。

[1] バートン・マルキール(2011)『ウォール街のランダム・ウォーカー <原著第10版>―株式投資の不滅の真理』日本経済新聞出版社

言わずと知れた超ロングセラーであり、投資家で読んでいない人なら、まず読んでおくべき一冊です。ランダムウォーク仮説やその対立仮説などについても細かく議論されており、いかに「予測が難しいか」という事が論じられています。

[2] 津野義道(2002)『ランダム・ウォーク―乱れに潜む不思議な現象』牧野書店

ランダムウォーク仮説について数理的な理解をする上では最も分り易い書籍だと思われます。数学が苦手な人は苦労するかもしれませんが、高校数学の数3・数C程度が問題無く出来る人であれば、解説が極めて丁寧なのでオススメ出来ます。

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