要旨
「ねんきん定期便」によって家計のライフプラン設計が改善するか分析した。米国における公的年金(Social Security)に関する通知では、年金受給に関する知識を向上させる効果が実証されている。独自のデータを利用した検証の結果、年金定期便を良く知っている人は、よく知らない人と比較して、自分が退職後に受け取る年金額について、より現実の額に近い予想をする傾向や、退職までに自分で貯めておく必要がある金融資産を高く見積もる傾向があった。年金定期便によりライフプラン設計が改善した可能性を示唆している。
はじめに
本レポートは、「ねんきん定期便」によって家計のライフプラン設計が改善するか予備的な分析を試みることにより、ねんきん定期便の効果を測る検証の可能性を示すことである。
ねんきん定期便は誕生日月に国民年金と厚生年金の加入者全員に、加入記録や年金見込み額等を通知する制度である。ねんきん定期便に関連する法律は2004年に整備された。2007年に年金記録問題が起こり、この問題への対応策として、ねんきん特別便が年金受給者・加入者全員に対して送付された。2009年には加入者全員に対してねんきん定期便が送付されるようになった。ねんきん定期便は2015年では6,419万件が送付され、約63億円の多額な費用がかかっている(厚生労働省, 2016)。2011年からは、はがきや封書の郵送による通知の他に、インターネット上で加入記録等を参照できるねんきんネットのサービスが開始された。将来的には、提供する情報の量・質の向上と郵送よりもコストの削減が期待できるが(中嶋,2017). それでも、多額な開発コスト等が必要なことが予想される。
ねんきん定期便の記載内容は、受け取る人の年齢により2つのタイプがある。50歳未満の場合の記載内容は、1.これまでの加入記録、2.これまで支払った保険料に基づく予測年金受給額、3.これまで支払った保険料総額、4.過去1年の保険料納付状況等である。50歳以上の場合、上記の1、2、4については同じであるが、3.60歳まで現在の給与が続いたと仮定した年金受給額の予測額が記載されている。この2つのグループの大きな違いは、50歳未満での予測年金受給額は、これまで支払った保険料だけに基づく(つまり、将来支払う保険料は考慮されない)ものであり、実際に受け取るはずの年金額からは乖離している額である。これに対して、50歳以上ではこれまで支払った保険料をベースに、将来支払う保険料も考慮して年金受給額が予測されている。もちろん、50歳以上の年金受給予測額の方がより実際に受け取る年金額に近いはずである。
米国においても1995年より米国社会保障局(Social Security Administration)が、60歳以上の労働者を対象に、公的年金(Social Security)の年金予測受給額の通知が始まった。通知を受ける人は徐々に拡大され、2000年には25歳以上になり、通常は、誕生日の1か月前に通知が送付される。主な通知の内容は、過去の収入の記録と62歳、65歳(FRA:通常退職年齢)、あるいは70歳から受給を開始した場合の年金額の予測額である。2014年からは、年1回から5年毎の通知に減らして、インターネットの利用を促進している(中嶋, 2017)。
Mastrobuni(2011)は、この米国における年金通知に効果があるかについて、1992年から2000年までのHealth and Retirement Survey (HRS)のパネルデータを利用して検証した。その結果、他にも情報があるにも関わらず、年金通知は労働者の年金受給に関する知識を向上させる効果があったことが確認された。しかし、一方で、労働者の退職・年金受給に関する行動には影響を及ぼさなかったとした。この理由として、労働者は既に合理的な行動をしているため、年金通知による新たな情報には反応しなかったのか、あるいは、年金通知の情報が十分ではなく、労働者は行動を変えられなかったのか、どちらが起こっているのか明らかにするまでには至らず、今後も研究の継続が必要だとしている。
そこで、本レポートは、日本のねんきん定期便が家計の行動に影響を与える可能性があるか、独自のデータを利用して分析する。具体的には、ねんきん定期便に関する知識の程度と、働いている人の主観的な公的年金の受給額及び、退職までにどのくらいの保有する必要があると考える金融資産額との関係を分析する。