経営者として独裁を貫いてきたトランプ大統領が世界に与える影響は非常に大きいと考えます。「アフター・トランプ」(AT)の時代を読むために、トランプ大統領が就任する前の「ビフォー・トランプ」(BT)の世界経済を振り返り、今後の未来予測のヒントをつかんでいきます。
(本記事は、大前 研一氏の著書『マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機』KADOKAWA(2017年6月16日)の中から一部を抜粋・編集しています)
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アフター・トランプの前提となるビフォー・トランプ
トランプ大統領の就任前の「ビフォー・トランプ」(BT)と、就任後の「アフター・トランプ」(AT)では、経済が大きく変わってくることも予見されます。まずは現状認識として、ビフォー・トランプにおける世界経済を振り返ってみましょう。
2015年から2016年にかけて世界の経済成長は鈍化しています。国別に見ると、全世界のGDP成長率の平均が3%以上伸びているのに対し、日本は0.5%と、世界平均を大きく下回っています。
アジアの途上国やASEANは世界平均を上回っており、とくにフィリピンは5%を超えています。CIS諸国と中南米、ロシア、ブラジルはマイナス成長。中国は6%台、インドは7%台ですが、中国のデータは信用性が低く、実態は3%程度とみられます。
インドは、2016年前半は非常に調子が良く、世界で最も成長率が高いと言われていましたが、モディ首相が不正蓄財や脱税の温床になっているという理由で高額紙幣の流通を止めたことで、経済活動は急速に鈍化しています。
私は毎朝インドのテレビ番組を見ていますが、50台のATMを調査すると1台しか動いてないとか、3時間待ってATMで預金を引き出そうとしたら前の人で用意されているお金がなくなってしまったなど、連日大騒ぎです。消費者はモノを買うお金がないし、店は買ってもらってもお釣りのお金がない、というような状況です。16年末時点のGDPはマイナス 30%程度まで下落しており、年間では3~3.5%程度の成長とみられます。
普通に考えれば取り付け騒動や暴動が起こりそうなものですが、モディ首相の政策は国民に理解されており、「金持ちの悪い奴が家に貯めこんでいる金を吐き出させるためだ」として支持している人が多いようです。株式市場ではトランプバブルといえる現象も起きていますが、トランプ氏の政策によっては世界経済に激震が及ぶことも考えられ、世界経済は見通しが非常に立てにくい状況といえます。
トルコ、フィリピン――新興国にも台頭する独裁者とポピュリスト
ポピュリズムや右傾化により、世界各国で独裁者が台頭しています。トランプ氏は自身の事業(ファミリービジネス)において経営者として独裁を貫いてきました。アメリカ大統領として独裁を貫くのは難しいと思いますが、共和党選挙ではブルドーザーで中央突破するかのような勢いで当選を果たしました。
トルコのエルドアン大統領は私の好きな政治家でしたが、今では完全な独裁者になってしまいました。
トルコは建国の父である初代大統領アタチュルクが打ち出した世俗主義、すなわち政教分離の原則を国是としてきました。エルドアン大統領は圧倒的な支持を受けて2003年に首相に選出され、デノミ(通貨単位の変更)と財政健全化で高インフレを収束させ、構造改革で世界からの投資を呼び込み、通貨危機後のトルコ経済を立て直しました。非の打ちどころがないリーダーぶりでしたが、3期目に入ったあたりから言論統制などの強権化が目立つようになります。
イスラム色の強い政策を推し進めるなどの政治姿勢に対する反発からクーデターが起きますが、これを抑えたあたりから向かうところ敵なしになりました。今では憲法を変えて、自らは三権を牛耳る大統領となり、2期10年はやっていこうという段取りです。
もともとトルコ人の多くはEU加盟を望んでいましたが、エルドアン大統領の主導により、国民の7割がEU加盟反対に転じるほど、右傾化が進んでいます。北朝鮮の金正恩第一書記の政権は、そう長くは続かないと思います。側近を粛清するなどの強権ですから、命を狙われるか、開発した核のボタンを自身で押すのか、ソウルに向けてミサイルを飛ばすのか。いずれにしても寿命をまっとうして4代目に引き継ぐことは難しいと考えられます。
フィリピンのドゥテルテ大統領は暴言が話題になることが多いですが、意外にも国民には人気があります。アメリカと中国を外交の天秤に掛けていますが、両国どちらとも友好な関係を築くのは芸当としては非常に難しいでしょう。トランプ氏とは喧嘩をしない、中国とも争わないと発言するなど、少し日和見的なところもあるようです。
そのほか、ベネズエラのマドゥロ大統領をはじめ、ベラルーシ、ウズベキスタン、エジプト、ジンバブエなど、独裁者が大統領という国はたくさんあります。日本の安倍首相も独裁的とは言えないまでも、歴史的な長期政権で、「一強体制」とも言われ、周辺が競って忖度をするなど、立派に独裁の素地が出ています。
イタリア、オランダ――ポピュリストが市民の不満を票にする
欧州では、ポピュリズム・反移民で極右の台頭など、右傾化が強まっています。
現状が理解できていない政治家と、啓発されてない市民はどこの国にもいます。啓発されてない市民が抱いている不満を巧みに利用し、支持をとりつけるのがポピュリストのやり方で、決していい政治家とはいえません。
元祖ポピュリストと言われるのが、ギリシャのアレクシス・チプラス首相です。
「ヨーロッパからの借金など返さなくていい」「EUの厳しい要求を拒否しよう」と叫んで当選しましたが、EUから「借金を返さなければ明日にもデフォルトさせる。ギリシャは破綻する」と詰め寄られ、3日目には、コストを3割カットする、役人を3分の1に減らすという約束にサインしました。国民は落胆しましたが、彼は外国からの借金は返さなければならないということを理解したのです。
国が破綻すれば、ギリシャはEUのメンバーから外れ、ユーロという通貨が使えなくなります。そうなればドラクマという昔のギリシャ通貨を使うことになりますが、ギリシャ政府がドラクマを刷っても、価値がない紙切れを印刷しているようなものです。ギリシャ人を含めて使う人、通貨として認める人はおらず、結局はギリシャ人もユーロにしがみつくことになります。そうなると分かったために、彼は借りてきた猫のように大人しくなったのです。
国民からの人気は急落しましたが、それがポピュリストと言われる人たちの成れの果てなのです。財政縮小などしなくていい、借金は放置すればいい、といったポピュリストの考えは通用せず、財政規律は必要なのです。
イタリアでは、ユーロ離脱の是非を問う国民投票の実施を公約に掲げる、五つ星運動創始者のベッペ・グリロ氏が選挙に勝つ可能性があります。
ドイツでは、ドイツのための選択肢のフラウケ・ペトリー党首が勢力を伸ばし、地方選で勝利しています。移民はあくまでもドイツ国内の必要に応じて受け入れを調整すべきとの立場で、ドイツ人労働者が優先される必要があると述べています。
オランダの極右政党・自由党党首のヘルト・ウィルダース氏も、先の総選挙で敗れはしましたが、イスラム移民排斥を提唱し、民族主義者との強い批判を受ける人物です。差別を扇動した罪で有罪判決を受けています。
イギリスの英国独立党党首ナイジェル・ファラージ氏は、EU離脱を推進したあと、党首を辞めて現場を放棄していますが、トランプ氏に何度も呼ばれており、トランプ氏の外交顧問になるようです。
問題はフランスです。サルコジ元大統領は、オランド大統領との選挙戦で、「雇用のためにお金を使うのは間違いで、経済成長すれば雇用は生まれるのだから成長戦略が重要だ」と主張。予算の再配分も重要視しました。しかしそういったことは国民に理解されにくく、社会主義的なオランド氏が勝利しましたが、その後、雇用は生まれていません。ポピュリストがいい結果を生むことはない、というわけです。
5月の大統領選ではオランド氏も全く勝てそうにないということで、ヴァルス氏という首相が立候補しましたが、予備選にもたどり着けませんでした。右派での候補者だったフィヨン氏はサルコジ政権で5年間首相を務めており、法人税の引き下げなどで経済再生を目指すことを目標としていました。同氏はかなり常識的な人物のように見えたのですが、不正給与疑惑のスキャンダルもあり、敗北しました。
一方、台風の目となったのは無党派層を固めたマクロン氏と極右の国民戦線で、親子2代の国民戦線の女性党首マリーヌ・ル・ペン氏です。ル・ペン氏はトランプ氏支持を公言する人物で、万一就任すればフランスでもEU離脱問題が起こるところでしたが、最終的に今回の大統領選は、親EU派のマクロン氏勝利で終わりました。
ポピュリストは偽物。いい結果を生まない
トランプ氏が選ばれた理由のひとつは国内の経済格差拡大ですが、その背景には移民問題、反グローバリズム、低成長があります。しかしチプラス首相の例を見ても、ポピュリストが口で言っていることを実行しようとしても実績を出せないのは明白であり、これまでに何度も証明されてきたことです。ギリシャはチプラス首相でみじめな結果を招きました。このままではイギリスやアメリカも同じ道をたどるでしょう。
一般大衆を扇動して投票に勝っても、それは本物の政治家ではない。ポピュリストがいい結果を生んだことはないのです。国民が偽物に気がつき、トランプ氏やテリーザ・メイ氏のような政治家がひっくり返れば、ポピュリズムの運動は止まると思います。
EU分裂の危険をはらむ欧州の国政選挙
2017年、欧州主要国ではこれから国政選挙が控えています。EU離脱を訴えるポピュリストが当選するようであれば、今後、EUが分裂する方向へ加速する可能性も否定できません。
2016年12月には2つの国政選挙があり、イタリアではレンツィ氏が敗れて辞任に追い込まれました。オーストリアは緑の党前党首で親EU派のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン氏が勝ちましたので、小康状態といえます。
2017年にはオランダ、フランスに続き、ドイツでも選挙があります。
ヨーロッパで唯一の安定剤はドイツのメルケル首相ですが、メルケル氏も窮地に追い込まれており、「過去2年間、自分は間違った意思決定をしたかもしれない」と発言するに至っています。移民問題でリベラルに対応したことが、ここまで国民から不評を買うとは予測していなかったのか、弱気な発言をしたのです。
いずれにしてもポピュリスト政党やその経済政策からは、しばらく目が離せません。
大前研一
株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長。1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。