はじめに

診療報酬の審査
(画像=PIXTA)

日本では、近年の医療費の増加に注目が集まっている。医療費の増加は、社会保障費の増加を招き、保険料や税金の引き上げを通じて、国民負担増につながってくる。今後も、公的医療保険制度を安定して運営するためには、医療費のムダをなくしていくことが不可欠とされている。

医療費は、診療報酬の形で、全国一律の公定価格として定められている。診療報酬制度は、大きく医科、歯科、調剤の3つに分かれている。このうち医科では、医師等が行う診療行為について、約4,000の区分ごとに、報酬水準と請求要件が定められている(*1)。診療報酬は、偶数年度に見直されてきており、次回は、2018年4月に改定される予定である。その改定に向けて、まず、全体の改定率をどうするか。次に、個々の項目の報酬の水準と請求要件をどうするか。という2つのステップで議論が進められる。

この診療報酬制度が、適切に運営されていくためには、医療機関からの請求のルールを定めることと、請求を適切にチェックすることが必要となる。本稿では、診療報酬の審査運営について、概観することとしたい。また、併せて、今後のチェックのあり方についても、見ていくこととしたい。

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(*1)「世界の診療報酬」加藤智章編(法律文化社, 2016年)より。なお、同書によると、このように、診療行為の区分数が多いことは、日本の診療報酬点数表の大きな特徴の1つとされている。
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診療報酬制度のルールとチェック運営

まず、現行の診療報酬制度について、見ていくこととしよう。

◆診療報酬の請求ルールは、健康保険法などに基づき、療担に規定されている

診療報酬の請求ルールは、健康保険法等に基づいている。具体的な内容は、保険医療機関や保険医向けに1957年に定められた、「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(療担)に規定されている(*2)。療担では、保険医療機関は、懇切丁寧に療養の給付を担当しなければならない。担当する療養の給付は、患者の療養上妥当適切なものでなければならない。との、基本的な方針が示されている。

療担には、診療報酬の対象外とする医療行為が、いくつか示されている。例えば、健康診断や、研究目的の検査(ただし、治験に関する検査は対象とされる)、評価療養等の認められた範囲外の混合診療、90日を超えた薬の処方などである。

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(*2)保険薬局や保険薬剤師向けには、「保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則」が規定されている。
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◆診療報酬の請求は、審査支払機関によってチェックされている

療担のルールに従って、適切に医療費の請求が行われるためには、それをチェックする仕組みが必要となる。チェックは、医療費の請求を受ける保険者(被用者保険では、健保組合、協会けんぽ、共済組合等。国民健康保険(国保)では、市町村、国民健康保険組合。)が直接行うこともできるが、実際には、審査支払機関が行うことが一般的である。

審査支払機関として、主に被用者保険では「社会保険診療報酬支払基金」(支払基金)、国保では「国民健康保険団体連合会」(国保連)がある(*3)。いずれも、各都道府県に、支部が設置されており、支部でのチェックが基本となる。

医療費の支払いに関する、審査支払機関のチェックは、主に、医療機関等から請求時に提出される診療報酬明細書(レセプト)(*4)の審査と、医療機関等や医師等に対する指導・監査によって行われている。

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(3)ただし、保険者は他の審査機関を含めて、自由に選ぶことができる。
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4)患者が受けた保険診療について、医療機関等が保険者に請求する診療報酬の明細書。医療費のうち、患者が自己負担分として、医療機関等に支払った以外の部分が、請求される。レセプトは、被保険者毎に、月単位で作成される。ただし、保険薬局で、同一被保険者に対して、同一月に複数の医療機関が発行した処方箋に基づく調剤を行った場合は、発行元の医療機関ごとに分けて作成される。レセプトは、医療機関等から、支払審査機関に提出される。
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レセプトの審査

続いて、審査支払機関によるレセプトの審査について見ていこう。

◆不適切とされた請求については、全体の請求額から減額される

審査支払機関は、レセプトの審査を行っている。具体的には、請求内容と傷病名が整合的かどうか。診療の際の検査や薬剤の内容(量・回数・投与条件)は、適切かどうか。といったことが、細かくチェックされる。

チェックの結果、不適切とされた請求については、全体の請求額から減額される。これは、査定と呼ばれる(*5)。医療機関等にとっては、査定となった分の医療行為の対価は得られず、それに要した費用は損失となる。このため、医療機関等は、査定の内容に不服がある場合、再審査を申し出ることができる。一方、保険者も、審査内容について不服があれば、再審査を申し出ることができる。また、保険者が診療報酬明細書と調剤報酬明細書の突合を行った上で、再審査を申し出る突合再審査もある。更に、保険者から、医療機関等に受給資格がないとの申し出がなされて、資格返戻に至る場合もある。

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(*5)査定のうち、単月単位(明細書1 件単位)の審査によるものは、単月点検。診療報酬明細書と調剤報酬明細書の突合を行うものは、突合点検。複数月単位の審査を行うものは、縦覧点検と呼ばれる。
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◆査定金額割合は上昇しており、医療機関等の不正請求等に対して大きな牽制効果を持つ

再審査等を経て、保険の支払額が確定する。支払基金と国保連の、レセプト審査動向を見てみよう。

(1)支払基金
支払基金では、査定が増加している。査定の増加ペースは、請求の増加ペースを上回っており、請求に対する査定の割合は、徐々に上昇している。2016年度には、請求に対する査定の割合は、件数で1.3%、金額で0.29%となっている。

診療報酬の審査
(画像=ニッセイ基礎研究所)

(2)国保連
一方、国保連では、査定の増加が大きい。請求に対する査定の割合は、近年大きく上昇し、2016年度には、件数で1.2%、金額で0.24%となっている。査定金額割合の上昇は、医療機関等の不正請求等に対して大きな牽制効果を持つものと見られる。

診療報酬の審査
(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆高額のレセプトは特別に審査され、査定金額は、請求額全体の2%程度となっている

通常のレセプトの審査は、請求のあった各都道府県で行われる。ただし、高額のレセプト(医科では1件400万円以上(*6))の場合は、中央機関に設置される特別審査委員会で審査(特別審査と呼ばれる)される。この委員会では、高額のレセプトが慎重に審査されることが多く、査定につながりやすい。

支払基金の特別審査の推移を見ると、請求が増加する一方、査定は横這いで推移している。この結果、査定割合は低下傾向にある。2016年度には、件数で51.1%、金額で1.9%となっている。

診療報酬の審査
(画像=ニッセイ基礎研究所)

今後、高齢化の進展や、医療技術の向上とともに、高額のレセプトが更に増加することが考えられる。特別審査の重要性は、ますます高まっていくものと見られる。

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(*6)ただし、心・脈管に係る手術を含む診療分は、特定保険医療材料の金額を除く。なお、歯科では、1件200万円以上。投薬では、漢方製剤が過半数を占める医療機関における投薬料4万円以上が、特別審査の審査対象となる。
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医療機関等や医師等に対する指導・監査

続いて、医療機関等や医師等(医師、歯科医師、薬剤師)に対する指導・監査を見ていこう。まず、指導では、あらかじめ抽出した患者のレセプトと、その患者の医療記録との照合・点検が行われる。その中で、医師等に対して、その患者の病態の説明と記録の確認が、面接懇談を通じて行われる。また、併せて、事務職員に対して、医師等の保険資格や、看護師の勤務記録等の確認も行われる。

その結果、請求内容が不適切であると判断された場合、その患者に対する医療費の返還が命じられる。この場合、返還されるのは、請求内容が不適切であると判断された患者のものだけにとどまらない。過去半年から1年間に渡って、同様に請求を行ったケースについて、医療機関側で自主点検をして、不適切であると判明したものは全て、医療費返還の対象となる。

指導の過程で、医療機関等や医師等が、悪質な医療費給付請求を行っていたと判断されると、指導から監査に切り替わる。この場合、医療機関に対する保険診療の停止や、保険医の指定の取り消しといった処分が下されることもある。保険医療機関や保険医は、保険資格を失うと、5年間に渡り、事実上、診療行為を行えないこととなる。

2015年には、37の医療機関等、26人の保険医等が、取消もしくは取消相当となっている。このように、実際に、取消となった医療機関や医師等の数は、多くはない。しかし、医療費の悪質な給付請求に対して、一定の牽制効果を与えているものと考えられる。

診療報酬の審査
(画像=ニッセイ基礎研究所)
診療報酬の審査
(画像=ニッセイ基礎研究所)

これからの支払審査

医療の効率化とともに、審査についても効率化の動きがある。これまで、レセプトの電子化が進められてきた。2017年3月の診療分で、電子レセプトの普及状況は、件数ベースで98.1%、医療施設数ベースで92.9%に達している(7)。従来からの目視による確認に、コンピュータチェックを加えることで、効率的な審査事務が遂行されつつある。支払基金の当初査定では、コンピュータチェックを契機として査定に至った割合は、2016年度には全査定中の57.3%(金額ベース)となっている。ただし、支払基金が2011年に公表した「支払基金サービス向上計画(平成23~27年度)」では、この割合を、2015年度中に7割程度に増やすことを目指すとしていたが、その水準には達していない(8)。

診療報酬の審査
(画像=ニッセイ基礎研究所)

厚生労働省の「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」は、2016年4月から議論を行い、2017年1月に報告書を公表した。そこでは、審査支払機関における審査業務の効率化・審査基準の統一化が論じられた。新たなシステムの基本設計として、コンピュータチェックを医療機関等において行う仕組み、コンピュータチェックに適したレセプト形式の見直し、審査プロセス全体のオンライン化などが提言されている。また、審査の地域間差異や、支払基金と国保連の差異の見える化を進めて、審査基準の統一化を図るとしている。

現在、様々な分野で導入が模索されている人工知能(AI)を、レセプトの審査業務にも活用して、コンピュータチェックによる効率的な審査を進めることは、重要な鍵と言える。しかし、コンピュータだけに頼って、人の眼を一切介さずに、審査業務を進めれば、例えば、AI審査をパスするためのAIが開発されてペーパーコンプライアンスが横行する、等の懸念もある。人間の経験や感性と、AIのデータ処理・分析技術を、バランスよく組み合わせて、審査の実効性を高めることが必要となろう(*9)。

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(7)「電子レセプト請求の電子化普及状況等(平成29年3月診療分)について」(厚生労働省)より。
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8)これに関して、支払基金が2014年に公表した「『支払基金サービス向上計画』の第4次フォローアップ(平成26年度)」では、「支払基金サービス向上計画では、医科電子レセプトの原審査査定点数に占めるコンピュータチェックの寄与割合を平成27 年度には7 割程度としているところであるが、単に同割合の向上を目指すのではなく、コンピュータチェック全体の効率化等を考えながら、目標に向けて努力していくこととしている。」と記載されている。
(*9)なお、電子レセプトデータは、審査業務のみならず、健康診断などと組み合わせて、予防医療の推進に用いることも試みられている。電子レセプトや、健康診断等のデータを活用するデータヘルスは、病気になってから、診療を開始するという従来型の医療から、病気になる前に健康増進等の予防に努めるという新時代型の医療を推進するための、鍵となる。
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おわりに (私見)

診療報酬制度は、社会保障財政の確立と、サービス品質確保の両面で、日本の医療の根幹を支えている。その利害関係者は、医療機関・医療関係者や、保険者、患者にとどまらず、最終的には国民全体に及んでいる。この制度を適切に運営するために、審査支払機関による、レセプトの審査、医療機関に対する指導、監査の強化は、欠かせないものとなっている。AIによる電子レセプトのチェックを上手に活用しながら、効率的な審査を進めていくことが、今後の審査支払に求められることとなろう。

併せて、個々の医療機関等への牽制機能としての審査にとどまらずに、国レベルでの医療の効率化や、健康増進等を進める上で、審査業務で得られた知見を活用していく動きも求められてこよう。

診療報酬制度の運用や、制度見直しの動向には、今後も引き続き、注意が必要と考えられる。

篠原拓也(しのはら たくや)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

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