民法は、我々の日常生活の規則を定めた法律だが、120年以上前の1896年に制定されたこともあり、現代に合わない部分がある。そこで民法の改正が検討された結果、2017年5月に民法の改正が国会で審議、可決された。6月2日に公布され、そこから3年以内に施行され、適用されることになる。
今回の改正では、特に債権法分野(契約の部分)が大幅に変更される。この結果、日常生活の契約に大きな影響を与えることになりそうである。売買契約の中で重要な部分を占める「瑕疵担保責任」の改正について説明しよう。
そもそも瑕疵担保責任とは何か?
まず瑕疵担保責任とは何だろうか。
瑕疵担保責任の「瑕疵」はキズ、「担保」は保証するという意味である。わかりやすく言えば、物を売買した際に、売った物に隠れた瑕疵(キズ、欠陥)があった場合、売主が買主に対して負う責任のことである。
例えば家を売ったところ、家の土台が腐食していて修理や補修工事が必要だった場合、買主が修理代金や補修工事に係る代金を売主に請求できるというものだ。隠れた瑕疵とは、通常では人が発見できないような欠陥のことで、その隠れた瑕疵があるため販売した物が持つ性質を欠くことが、瑕疵担保責任の要件である。
つまり家の土台が腐食してこのままでは、家としての本来の目的が達成できない場合、さらに買主が売買の際に隠れた瑕疵の存在を知らなかった場合、売主に対して損害賠償を請求することができるということである。また買主が隠れた瑕疵の存在を知らず、知らないことに過失がなかった場合には、契約を解除できる。
瑕疵担保責任とは、あくまでも隠れた瑕疵に対するものであり、しかも知らないことに買主の責任がないということが要件だから、通常の買い物、例えばスーパーで野菜を買ったり、日用品を買ったりすることを想定していない。
野菜や日用品では、そのようなことは起こりにくいからだ。仮にそのような場合でも、買主に代替品を提供すれば納得してもらえるはずである。従って、瑕疵担保責任は基本的に、家や土地などの不動産を購入する場合に適用することを想定している。
つまり、家や土地などの大きな財産は、資産価値が高い上に、購入時に瑕疵があることがわかりにくいという特徴がある。しかも、この家の代わりに別の家を提供するというわけにはいかない。従って、瑕疵担保責任を課すことで、販売者の責任を明確にし、購入者を保護していこうという趣旨である。
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改正のポイントはどこか?
今回の民法改正点を一言で説明すると、特定物の売買契約にあった瑕疵担保責任がなくなり、特定物、不特定物に関係なく、契約不適合担保責任が問われることである。
現在は、今まで説明したとおり隠れた瑕疵に対する売主の責任、瑕疵担保責任が規定されている。この責任は、売買の目的物が特定物、例えば「この家を売ってほしい」、「この土地を買いたい」というように、その目的物を他のものに代えることができないものについて適用されている。
現在の瑕疵担保責任の考え方では、売買の対象物(目的物)が特定されている場合、売主が買主にその目的物を引き渡せば、売主の債務を履行した、つまり売買契約における売主の責任を果たしたと解釈されてきていた。
しかも、目的物を売主が引き渡すことで責任を果たしたのだから、もし目的物に瑕疵(欠陥)があっても、買主が売主に対して、売買契約に違反したということで、責任を追及ができなかったのである。売買契約に違反したことを専門用語で、債務不履行と言うが、その責任を負わせることができずにいたのである。
しかし、買主が売主に債務不履行の責任を問われないとなると、あまりにも買主にとって理不尽である。確かに、特定物の売買契約の場合、目的物を引き渡し、代金を支払えば、契約は完了する。しかし、目的物に瑕疵があれば、理論上その損害を買主が一方的に負担することになるからだ。そのような買主を救済する制度が。瑕疵担保責任である。
ただ現在の瑕疵担保責任だと、特定物の売買の場合、目的物に瑕疵があっても、そのものを引き渡すことによって、売主の債務が履行されことになるため、債務不履行の責任が問えないことになっている。つまり、きちんとした目的物を引き渡さなかったという約束違反について、責任を問えないのだ。
従って、現状の瑕疵担保責任だと、瑕疵を補修、修理するために請求する損害賠償や契約の解除権にとどまる。例えば不特定物の売買の場合に、代金の減額を請求するような権限は認められていなかった。
そこで改正民法では、売買契約のおける目的物が特定、不特定に関係なく、瑕疵(不具合)があった場合には、「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」と表現した上で、買主が売主に責任を問えるとしたのである。つまり、契約が不適合だから適合するように保証しなければならないということである(これを契約不適合担保責任という)。
具体的には、売買契約で目的物に瑕疵があった場合、履行追完請求権や代金減額請求権も認められるようになった。これは特定物、不特定物の両方に適用される。
履行追完請求権とは、目的物に瑕疵があった場合、まだ契約が完了していないとみなし、完全に履行するように請求できる権利である。例えば、目的物の補修、代替物の引き渡し、不足分の引き渡し等を要求できる。
また、上記のような追完ができないのであれば、代金減額の要求ができるとした。さらに、契約に適合しない目的物が、売主から買主に引き渡されたことについて、債務不履行責任を問うために、損害賠償の請求や契約の解除権を認めることもできるとしている。
買主に与える影響は?
以上のように、瑕疵担保責任から契約不適合担保責任へ変更されることによって、特に特定物の売買契約では、買主の選択肢が大幅に増えることになる。
例えば、家を購入した後に、家の土台が腐食していたことが初めて分かったとする。この場合、現行の民法では、売主の瑕疵担保責任が問われる。もちろん、買主は購入時にそのことを知らなかった、つまり隠れた瑕疵であることが大前提だ。
そこで買主は、土台の腐食を補修するための代金を売主に請求できることになる。家に瑕疵があるから、その瑕疵を改善する責任を売主に課すのである。ただこの時点では、売買契約は既に成立している。つまり、売主は代金を受領する代わりに、買主に家を引き渡している。
そこで現在の民法では、売主が買主に対して、瑕疵を知らなかったことに対する損害を賠償する責任を負うに過ぎない。従って、それ以外の、例えば補修工事を行っている時期に別にアパートを借りる費用などについては、弁護士を立てるなどして、別途請求するしかなかった。
しかし改正民法では、損害賠償を請求する権利の中に、得られたはずの利益を賠償請求する権利も含むことになるから、補修工事中の賃貸住宅の家賃なども請求できることになる。あるいは、購入予定の家で得たはずの利益、例えば会社や学校までの差額の交通費や新居に住むことができないという精神的苦痛に対する慰謝料も、理論上は請求できることになる。
また今まで認められていた契約の解除権は、隠れた瑕疵を知らなかったと同時に、知らないことに責任がなかった場合に限られていた。つまり売主が、注意すれば瑕疵に気付いたはずだということを証明できれば、解除することができなかったのである。
しかし改正民法では、「隠れた瑕疵を知らないことに責任がない」という要件がなくなったため、契約の解除が困難ではなくなる。また、追完請求権や代金減額請求権が認められることになり、より買主を保護する環境に変わることになる。
さらに現行の民法では、権利の消滅を防ぐ方法として、買主が瑕疵を知ってから1年以内に、瑕疵があること、損害賠償を請求すること、損害賠償の根拠を伝える必要があった。つまり瑕疵を発見しても、補修工事のプロでない限り的確な請求ができる環境になかったのである。
しかし改正民法では、瑕疵担保責任が契約不適合担保責任になったから、契約の内容に適合していないことを知ってから1年以内に、契約の内容と適合していないことを証明すれば、損害賠償や代金減額の請求ができることになる。つまり、契約の内容の根幹となる、売買目的物の種類、品質、数量が適合していない旨を売主に伝えればいいのである。
以上のように、改正民法では売買契約において買主の保護がさらに強化されることになる。これは時代の流れだと言える。
一度行った契約を一方的に解除できるクーリングオフ制度は、今ではすっかり定着した。この制度の根拠となるのが、特定商取引に関する法律、通称特定商取引法である。
通常の取引では、一旦契約を結んだ場合、一方的に契約を破棄したり、内容を変更したりできないことが大原則である。そうでないと、契約をした当事者は、いつ契約の相手方が契約の破棄や変更を言ってくるのかわからず、取引の安全や安定性が損なわれてしまうからである。
しかし、この原則を貫いてしまうと、商取引に長けた業者から立場の弱い消費者が騙されてしまうことも少なくない。そこで、消費者を保護する目的から、特定の商品、期間などの縛りを設けて、一方的に解約できる制度を作ったのである。
これと同じ考え方なのが、今回の民法の改正、瑕疵担保責任から契約不適合担保責任への変更である。契約の当事者は会社、個人様々とであるが、特に不動産などの高額の資産を購入する場合、個人の買主は売主よりも不動産や法的な知識が乏しいため、この度の改正が行われたと考えていいと思う。
売主に与える影響は?
以上のように、今回の改正民法によって、買主に対する保護がより強化された印象は否めない。そうなると、売主は売買契約において、より慎重な対応が求められることになる。販売目的物が契約内容と異なっている場合、多大な賠償責任を負うことになるからだ。
そこでポイントとなるのが、契約書の作成である。改正民法が施行されると、仮に契約書がなくても、紛争解決の多くのルールが適用される。そのまま適用されれば、売主に煩雑な手続き、多額の出費が課される可能性があるため、契約不適合性責任の範囲をできるだけ狭める工夫が必要になってくる。
もちろん、極端に買主に不利な契約を締結することは、改正民法に抵触する可能性があり、無効になる恐れがある。また一方的に買主に不利な条件での契約であれば、契約は不成立になる可能性も出てくる。
そこで、契約書の記載内容については、賠償額の上限を決めるなどの工夫が有効となってくる。そうしないと、買主が根拠を示した賠償額を支払わざるを得ない状況が出てくる可能性もある。
今回の改正民法は、2019年秋から2020年春頃に施行されると言われている。契約不適合担保責任の意味を十分理解し、対応したいところである。(井上通夫、行政書士)