民法は今から120年以上前の1896年に制定された法律である。戦後、相続や親子関係を定めた家族法の分野が改正された以外、大きな改正はなかった。そのため、現代の社会生活、特に契約関係で実態に合わない条項があり、その点が長年大きな課題だった。

しかし、2017年5月に民法の改正が国会で可決され、2020年4月1日にいよいよ施行されことになった。この改正民法の中うち、インターネット上の契約などの際に、契約当事者間で交わされる「利用規約」について、きちんとルール作りされたことは、とても意義深い。ここでは、この改正によってネット取引がどのように変わっていくのか、考えてみたい。

今までの問題点とは?

民法改正,契約
(画像=PIXTA)

現在、インターネットでサービスを利用する際には、事業者が利用規約を画面に提示し、ユーザーがそれに同意する意思を示すために「はい」をクリックして、そこで契約が成立するという方法が取られている。

確かに事業者が提供するサービスはおおむね同一なので、不特定多数のユーザーに対しても、個々の事情、ニーズによって利用規約を変える必要性はない。

また通常の契約では、個々の条項について、契約の過程で契約当事者間が交渉を行う。この場合はその必要がないため、契約成立のスピードが速く、事業者にとっては早期にサービスの提供ができ、ユーザーにとっては早期にサービスを受けられるというメリットもある。

しかし、現在の民法では、このような取引、一つの規約を一括して承諾することが契約成立の要件だという規定が存在しない。あくまでも現在の利用規約は、ユーザーがサービスを受ける際の決まりを承諾するという考え方なのである。

また、現在の利用規約の場合、ユーザーが個別の条項について、懇切丁寧な説明を加えていない。事業者が提示した利用規約をユーザーが確認し、承諾した時点で契約成立となり、その時点ですべての規約の条項が有効となる。

だがユーザーによっては、「この第〇条はどういう意味なのか」という疑問を持ち、承諾に二の足を踏むケースも少なくないはずだ。疑問点がわかれば、契約が成立する場合もあるはずだが、その疑問について事業者が応答するシステムがないのである。

さらに今までの利用規約は事業者からの一方的なものであったため、一度契約が成立してしまうと、その後に契約内容を一部変更することは不可能であった。現実の契約社会では、契約成立後でも契約当事者間で合意すれば、変更の余地が残されている。利用規約にこの制度がないのは、お互い不合理なことである。

利用規約の中には、規約の変更について記載しているものもあるが、一般的に事業者からの一方的なものである。つまり、ユーザーにとっては、契約成立後にどの条項がいつから変更になるのかわからないという怖さがある。

以上の問題点を解消するため、今回の民法改正では、利用規約を新たに「定型約款」という名称で明文化した上で、「契約」の一業態として現状に対応できるようにしたのである。

定型約款とは何か?

今回、利用規約を定型約款として、初めて明文化し、規定を設けることになった。では、定型約款とはどういうものを指すのだろうか?

今まで保険契約をしたことがある人は、その契約書の裏面に細かい字で書かれた文章を見たことがあるはずだ。これが一般に「約款」と呼ばれるものである。契約当事者間の約束事ということだ。

言い換えれば、定型約款とは、定型取引の契約内容について、契約の相手方に準備した条項の総体のことである。ここで言う定型取引とは、ある事業者が不特定多数のユーザーを相手として行う取引のことで、その内容の全部か一部が画一的なものである。現在のインターネット上のサービスで使われている利用規約を思い浮かべると、イメージしやすい。

この定型約款の成立には、「みなし合意」が適用される。みなし合意とは、次のようなものであるので見ておこう。

契約当事者が、定型約款の各条項を契約内容であると合意し、さらに事業者があらかじめその定型約款が契約内容であるとユーザーに提示していた場合、ユーザーがその定型約款を承諾したときは、各条項が契約内容であると合意したものと「みなす」というものである。

ただしこの場合でも、ユーザーの権利を制限したり、ユーザーの義務を不当に重くしたりする条項があるときには、その条項については、合意しなかったものとされる。つまり、ユーザーにとって、一方的に不当な条項は無効となるのである。

ポイント1 契約の合意について

今回の民法改正で、定型約款が規定されたことによって、ユーザーにどのような影響が出くるのだろうか?大きく分けて、次の3つが考えられる。

一つ目は、契約の際の「合意」についてである。何度も繰り返すように、今まで定型約款という規定がなかったから、利用規約の位置づけが法律上曖昧であったことは否定できない。

もっとわかりやすく言えば、事業者が利用規約は契約の一つだ、だから違反すれば民事的な責任、つまり金銭的な賠償などが生じると主張しても、ユーザー側にとっては、一つの「取扱説明書」程度の認識に過ぎなかった。つまり、契約内容という意識が薄かったのである。この二者の意識の違いが、様々なトラブルを生む結果となっていた。

しかし今回、利用規約が定型約款となり、明確に規定されたことによって、例えばインターネット上で「はい」をクリックした場合には、定型約款に記載された条項が契約内容のすべてであり、それに合意したことになるのである。今まで、早くサービスを受けたいがために、気楽に「はい」をクリックしたユーザーは、意識を変えていく必要に迫られる。

もし、解約の際に解約金が生じる旨の記載があれば、それを読み落としていても、同意した以上、それに従わなければならない。つまり、いくら「その条項は読んでいなかった」と主張しても、ユーザー側から契約を解除する場合には、解約金を支払う義務が生じることになる。

ただし、記載されている条項の中で、ユーザーの権利を制限したり、義務を必要以上に重くしたりするものがあり、それが信義則に反する場合には、合意したものとみなされない。つまり、例外がある。

信義則とは、正式には信義誠実の原則と言われるもので、社会生活上一定の条件下で、相手のもつ正当な期待に沿うように一方の相手方が行動することである。

つまり、大きく常識から外れた規定は無効ということになる。ただし、ある条項が常識から大きくは外れているかどうかの判断は、個人個人で微妙に違ってくるはずである。従って、この例外規定の判断は、ユーザーにとっては難しくなってくるかもしれない。

このように、ますます一般的な契約と大差ない事態が予想されるため、定型約款の同意には慎重さが求められるに違いない。特に、使用料、違約金、解約金などの金銭に関する規定には、細心の注意を払わなければならない。

ポイント2 契約内容の表示

次にポイントとなるのは、契約内容の表示である。今までの利用規約だと、ユーザーが個々の条項について疑問点があっても、事業者にその内容について尋ねたり、確認したりすることは不可能だった。

しかし、利用規約が定型約款として民法で規定されたことで、厳密な契約という位置づけがなされるため、一つひとつの条項が大きな意味を持つようになる。今までのようにある程度理解すれば、「はい」をクリックしても支障がないということにはならなくなったわけだ。

そこで改正民法では、定型取引を行う場合、合意前または合意の後の相当期間内に、ユーザーから請求があった時には、事業者は内容を示さなければならないことになった。また、その請求を拒んだ場合、定型約款の個別の条項に合意したものとみされないことになる。

一般的な契約の場合、契約書に書かれた条項に疑問点があれば、相手方に質問をし、その回答に納得した上で、契約が成立する。しかし、今回の定型約款の場合、インターネットでの取引という性質を考慮して、合意後の一定期間に、内容を確認する制度を設けたことは、ユーザーにとっては、画期的なことである。

しかし一方で、その期間を過ぎてしまうと、ユーザーは契約内容について一切異議申立てを行うことはできないことになる。例えば、内容の説明を請求できる期間を過ぎて、もし違約金や解約金の金額、あるいは解約期間などの条項に大きな勘違いがあったことがわかっても、ユーザーはその条項に従うしかない。金銭的に大きな損害が出る可能性もある。

事業者に説明を求めることができるという、せっかくの権利を放棄したことになる。つまり、今よりもより慎重に個々の条項を確認する必要が出てくる。

ポイント3 契約の変更

3つ目のポイントは、契約内容の変更である。今までは、事業者が一方的に提示した利用規約についてユーザーが確認を行い、その内容を了承すれば、サービスが開始された。その後の規約の変更はほとんど不可能であった。

もし変更があっても、事業者から予告なしでできる一方的なものであった。しかもユーザーにとって不利な文言に変更されても、ユーザー側は従わざるを得なかった。

今回の改正では定型約款を明文化し契約の一つの形態としたことで、契約成立後の変更を想定する必要が出てきた。一般社会の契約では、契約成立後に諸事情によって、契約条項の一部を変更することは、決して珍しくないからである。

もちろんその場合も契約当事者が相手方に一方的に変更を迫ることは許されず、両者の協議、話し合いが大前提である。その協議の結果、両者が納得した上で、契約内容の変更が行われなければならない。

今回新たに規定される定型約款の変更についても、きちんとハードルが設けられている。相手方、つまりユーザーの一般的な利益に適合することと、契約目的に反しないことである。このような、一見ユーザーにとって有利な変更条件であるのは、今までの利用規約を想定すればわかることだが、合意後にお互いが話し合うことは、物理に不可能だからである。

従って、定型約款の変更についても事業者側が主導権を握ることになるため、自ずとユーザーの利益に配慮することになる。また、変更することで、契約の目的が変われば、ユーザーの利益を損なう可能性も出てくるので、その点も“しばり”を設けている。

さらに変更の方法や始期についても、明文化されている。事業者が定型約款の個別の条項を変更する際には、ユーザーに変更する時期と内容をインターネットなどで告知しなければならないとされている。

とはいえ懸念材料がないわけではない。それは、変更の規定を設けたことは画期的なことであるが、変更内容がユーザーの利益に適合するどうかは、あくまで事業者の判断という点である。

例えば、解約金の一方的な値上げはユーザーの利益に反するから変更はできないが、月々の使用料を減額する代わりに、解約金を上げる場合、事業者から見れば、ユーザーの利益に反していないかもしれない。しかし、使用料と解約金とは性質が違うため、この変更に納得できないユーザーも少なくないはずだ。

また変更の告知をユーザーが見落とすことも考えられる。通常の契約であれば、変更を協議したい旨を相手方に通知し、その上で協議、変更という手続きを取る。しかし定型約款の場合、主にインターネット上のサイトを通じて行うため、すべてのユーザーに周知徹底することは難しいと考える。

今まで曖昧な位置づけだった利用規約が、定型約款として、契約の一形態として明文化される。今後ユーザーも、「定型約款(利用規約)=契約」という意識で、インターネットを利用していく必要がある。(井上通夫、行政書士)