シンカー:昨年のデフレ懸念が一転し、インフレ懸念が米国の長期金利を上昇させた。財政赤字が大きいが日銀によって抑制されている日本の長期金利が、日銀の手が緩んだとたんに急騰することを懸念する声があるようだ。いつもながら財政再建を急ぐべきであるという主張につながる。しかし、米国と日本は大きな違いがあることをしっかり認識すべきだろう。日本では、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)で政府の支出も弱く、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっていた。現在でも、まだネットの資金需要は小さく、マネーが拡大する力が弱く、インフレ懸念ではなくデフレ完全脱却を目指している段階である。一方米国は、リーマンショック後に企業のデバレッジが進行する中で、財政赤字を大きく拡大し、ネットの資金需要も大きく拡大した。それをFEDの大規模なQEでマネタイズし、マネーの拡大を促進し、長期金利の抑制とインフレ期待の維持により実質長期金利をマイナスにして、デフレに陥るのを阻止した。そして、現在もネットの資金需要は大きく、企業の投資行動や財政赤字が拡大すれば、ネットの資金需要は更に拡大し、マネーの勢いのある拡大がインフレにつながる道筋ができている。そして、FEDの手が緩めば、長期金利は上昇しやすい。状況がまったく違うにもかかわらず、長期金利の急騰を懸念して、日本が財政緊縮に向かえば、ネットの資金需要は破壊され、マネーの縮小の力がデフレ完全脱却を妨げてしまうことになろう。米国のマネーが拡大する中で、日本のマネーが縮小すれば、大幅な円高が日本を襲うだろう。日本には、ネットの資金需要を見ながら、バランスのとれた経済政策を行うことが政策当局に求められている。日銀の執行部人事は、黒田総裁の続投と雨宮副総裁の新任ということになりそうだが、現行の政策を推進してきた形が継続する。2%の物価目標は政府・日銀の共同のもので、日銀だけでその是非を判断して、撤回することはできない。一方、政府も財政緊縮により目標達成の足を引っ張ってきた反省もあり、2020年度までは生産性を向上させるための集中投資期間として財政緩和によりサポートする方針となった。グローバルなインフレ化では、強力なデフレ体質を持つに日本は最後まで緩和政策を維持することができる。状況が違うにもかかわらず、長期金利の急騰を妙に懸念して政策の逆噴射を掛けない限り、日本がデフレ完全脱却を成し遂げる可能性は高まったと考える。
最新のSGグローバル・レポートと要約
英国経済(2/9):タカ派的なMPC、追加利上げに向かう…政策金利の弊社予測を上方修正
MPC(金融政策委員会)は2月8日発表のインフレレポートで、今年中に金融引締めを進める意向だと繰り返した。実際にも、昨年11月のインフレレポート発表後に上昇している、OISカーブへの異論は述べていなかった。このため弊社は、「今年は政策金利の変更が無い」という従来見通しを、「8月に25bp利上げが実施される」に変更する。
ドイツ経済(2/8):IGメタルの賃金交渉、まずは労働時間短縮を重視
2月6日、長く待たれていたIGメタル(金属産業労組)の賃金交渉で、1点大きな進展があった。それは、先行して交渉していたバーデン=ヴュルテンベルク州での合意で、他の州にも広がる見込みだ。ただ、今後2年間での(狭義の)賃金伸び率(年率3.4%)が過度に高いとはみえないが、労働時間短縮(または延長)が可能となったことへの労働者の反応がどうなるかは、かなり不透明だ。このこと(労働者の反応)が、生産性や労働力供給に悪影響を及ぼす可能性もある。一方で2月6日の合意内容を基にすると、ドイツ賃金の弊社見通し(今年のドイツ全体の賃金伸び率を3.2%と予測)を変更する必要は無いとみられるが、リスクは現時点では上方に大きく傾いているかも知れない。重要な賃金交渉で次に妥結するのは公務員だが、2月6日の合意と同様に労働時間短縮が重視されるかどうかはまだ判らない。もし重視されなければ、名目賃金上昇率が上振れる可能性がある。なおECBにとっては、これによりユーロ圏のインフレ見通しを大きく変えることは無いとみられるが、フィリップス曲線がある程度機能していると示された、という意味で重要となる。
ストラテジー(2/7):Global Strategy Weekly: 米国の「ダブル・バブル・トラブル」
10年物米国債利回りが長期的な抵抗線をブレイクする中、株価も不安定になり始めている。筆者は、債券に対する弱気派の見方である「米国債利回りの上昇が続き、株式に対してより深刻な問題になる」には賛成するが、債券利回りが長期的なボトムをすでにつけた、とは考えていない。今回も、10年物米国債利回りがゼロ以下に低下するという筆者の予測を繰返したい。
米国経済(2/6):債務上限の悩みと、再度の政府閉鎖
米国政界の分断はさらに膠着化したようだ。短期的とはいえ政府閉鎖がつきまとう状況は、火遊びに例えられる。今週にはつなぎ予算の期限が切れる。財務省は、3月初めまで新規借入ができなくなる可能性があり、デフォルトの恐れに直面することも考えられる。
過去の翻訳レポートを弊社のリサーチサイト( https://insight.sgmarkets.com/#/page/japanese )に掲載しています。
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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司