今、お金も時間も気にしなくてよい状態になったら、あなたは何をするだろうか。サクッと起業して、サクッと売却すれば世界一周の旅に出ることも留学することもできる。この自由な感覚を、手に入れるための「起業」について学んでいこう。

(本記事は、正田圭氏の著書『サクッと起業してサクッと売却する就職でもなく自営業でもない新しい働き方』CCCメディアハウス、2018年1月31日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

【関連記事 『サクッと起業してサクッと売却する』より】
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・(2)学生起業家の最大の障害は「親」 お金も時間も自由に使う「人生の踊り場」をつくれ
・(3)起業のアイデアはコピペでいい 優れた起業家が恐れないものとは

サクッと起業してサクッと売却する
(画像=Webサイトより ※クリックするとAmazonに飛びます)

「熱中できることを探せ」のウソ

働くか働かないかという話題は最近多い。少し前には「ワークライフバランス」という言葉が流行っていた。

本来、仕事や労働は賃金を得るための生活の糧であるはずなのに、仕事のために私生活を犠牲にしてしまうのはおかしいという意見だ。

最近では「クオリティオブライフ」という考え方が流行っている気がする。「遊びを仕事にする」とか「好きなことを仕事にする」という考え方がそれだ。

ただ漫然と人生を過ごすのではなく、自分が素直に「好き」と思えることを追求していく。

それが結果として質の高い生活につながるということだ。「好きと思えることなら稼げなくてもよい。仕事に夢中になりすぎて時間を忘れてしまうくらい熱中したい」。つまり、公私混同こそがあるべき姿だという理屈である。

水を差すようで申し訳ないが、僕はこの「好きなことを仕事にする」という考え方があまり好きではない。

好きなことを見つけて仕事にするのは、もちろん良いことだ。もちろん素晴らしい。これを否定する気はさらさらない。

ただ、自分の人生の大部分を賭けてもよいと思えるほど「好き」と言えるものがある人は、この世にどのくらいいるのだろうか。悪いが、僕にはそんなものない。

例えば、僕は格闘技が好きだ。試合を見るのも好きだし、実際に体を動かすのも好きだ。おいしいものを食べることだって好きだ。コーヒーも好きだ。

だが、人より特別これらのことをうまくこなせるとは思えないし、自分よりもこれらを好きな人は数多くいると思う。

だから、これらを仕事にして、自分の一生を賭けようなんて思わない。僕が今の仕事を辞めて、格闘技ジムと飲食店と喫茶店を経営したら、とっくに潰れている。

僕は趣味の延長線上で、現役UFCファイターである中村K太郎についてセコンドに入ることがある(セコンドらしい働きはたいしてできていないが、試合前の話し相手くらいにはなっていると思う)。

試合会場が海外なら海外にも行く。2017年9月の日本大会もさいたまスーパーアリーナでセコンド入りした。

だからといって、これを自分もやってみようとか、自分もプロになりたいとかは思わない。

趣味だから楽しいのだ。趣味レベルのものとプロの世界は違う。僕が「格闘技が好きなんですよ」なんて言って本格的なトレーニングをしようと思ったら、これまで許されていたことが許されなくなる。

「体が痛いから今日休むわ」なんて許されない。今はお客さんとして通っているからケガをさせられることなんて偶然以外まずない。

それがプロを目指すとなれば、投げ飛ばされてケガだってするだろうし、挫折を感じることだって多くなる。稼ぎも減る。それで、まだ格闘技が好きでいられるだろうか?絶対に嫌いになる。

遊びだから楽しくできる。仕事だからきちんとできる。そういうことは多い。そもそも、好きなことが得意なことだとは限らない。

また、好きなものというのは「後付け」な要素もある。人よりうまくいくから面白くて好きになるのだ。

少年が、ある日突然サッカーが好きになり、その気持ちをずーっと忘れることなく偉大なサッカー選手に成長するのではないのだ。

ふとしたことからサッカーをやってみたらたまたまその子は人よりも少し足が速くてレギュラーに選ばれた。

もしかしたら、その子は特別足が速いわけではなく、たまたま4月生まれで同じ学年の子供よりも成長が速いだけだったのかもしれない。

しかしレギュラーに選ばれたことがうれしくて、その結果練習も楽しくなり、サッカーが上達した。

すると、ふとしたきっかけで上級生のチームに交じって練習させてもらえる機会があった。たまたま上級生メンバーの一人が風邪を引いたとか、ケガをしたとか、そんな理由だったかもしれない。

しかし、そのおかげで上級生たちの技術を学び、そのことでますます上達、練習にもさらに熱が入るようになった。

しまいには、その少年は自分でサッカー雑誌を読みあさり、サッカーの試合を分析するようになり、国体の選手に選ばれるまでに成長し、プロになった……。

そういうのがよくあるストーリーではないのだろうか。

これは、もともとその子がサッカーが好きで仕事にしたという単純な話ではない。

少しずつ、うまくいくから好きになっていったのだ。ある日突然、「実はこれが好きだったんです。今日から自分はこれを仕事にしていきます」なんてことにはならない。

うまくいくことじゃないと、人はなかなか好きになんてならない。

「好き」という感情は意外と弱い。「好き」だけでは、その後おとずれる様々な試練に太刀打ちできないのだ。

好きだからという理由よりも、幼少期に親に無理やりやらされたからというパターンのほうが、圧倒的に習熟度が高かったりもする。

やらないと晩飯抜きになるから、親に叩かれるからとか、そういう方がプロとして生きていく術が身に付きやすいというのは、良し悪しの問題ではなく、事実だ。

そんななかで人よりもうまくできるようになっていき、だんだんと好きという感情も芽生えてくるのだ。

楽しいことだけ経験して好きになっても、プロとしてやっていけるわけがない。「好きを仕事にする」なんて、自己肯定バイアスのたまものだ。

人生に「踊り場」を作る

サクッと起業してサクッと売却する
(画像=crazymedia/ShutterStock)

人生にはサイクルというものがある。ガムシャラに働く「動」の状態と、しっかり充電するための「静」の状態だ。

では、どうしたらこの「動」と「静」の状態を使い分けることができるのか?それは、人生の節目節目で「踊り場」を作ることだ。

ある意味、大学生という期間は一種の踊り場になっているのかもしれない(自分は大学に行っていないからよくわからないが)。

これまで右も左もわからず、半分くらいは親の意見に流されながら生きてきたのが、親の目からも少し離れ、受験に追われることもなく、自分を見つめなおす時間が取れる期間(なのじゃないかなと思う)。

「踊り場」とは、お金も時間もある状態のことだ。そういう状態のときに、初めてまともな意思決定ができる。

「貧すれば鈍する」なんて、非常に的を射た言葉だと思う。お金も時間もない時に、良い意思決定なんてできないのだ。

今、お金も時間も気にしなくてよい状態になったら、あなたは何をする?

心身の疲れを癒すために旅行へ出てもいいし、今まで我慢していた趣味にめいっぱい時間を充ててもいい。

サラリーマンとしてどこかの会社に勤め直すのも自由だし、奥さんとカフェを始めてもいい。家を買うのも自由だ。

家でのんびりしていても会社やクライアントから呼び出されることはないし、誰に気兼ねする必要もない。もちろん、次のビジネスの構想をじっくり練ることもできる。

この自由な感覚を、ぜひ多くの人に体験してほしい。そして、自分としっかり見つめ合う時間を取り、次にやることを自分の意志で決めてほしい。

そう思うから、僕は周りに、会社を作って売却することを勧めている。

自分が働くか働かないかを自分で意思決定するならば、長い人生のうち「働かない」という選択肢を選ぶ時期があってよいのだ。

僕はこれまで、働くか働かないかを自分で意思決定すべきだとは言ったが、「働かない」イコール「遊んでフラフラしろ」と言っているわけではない(もちろん、遊んでフラフラしてたっていいわけだが)。

働かない期間にはいろいろなことができる。遊ぶこともできるし、留学してスキルアップを図ることもできる。時間とお金がなくて諦めていたことにチャレンジするのも自由だ。

その中で自分の可能性ややりたいことが見つかったら、次に始動するときは方向転換すればいい。働かない期間を、自分の理想に近づくための準備期間ととらえるのだ。

だから、働かない「踊り場」の期間を、みんなもっと作るべきである。

会社を売って旅に出よう

サクッと起業して、サクッと売却した後は、世界一周の旅に出るのも自由だ。思う存分、自由な時間を満喫していると、そのうちにまたやりたいことが見つかるものだ。

僕自身、会社を売った後、海外旅行をすることが多い。香港、マカオ、ロサンゼルス、ニューヨーク、ドバイは、仕事でもプライベートでも何度も訪れた。

海外へ行くとあらゆることから刺激を受ける。買い物一つ、食べ物一つとっても、何から何までもの珍しい。

当たり前だと思っていた日本での前提知識が全く異なり、ハッとさせられることも多い。

ドバイからアブダビへ行くときのことだ。僕は、車で砂漠を横断すると聞いていたから、酔い止め薬をしこたま日本から持って行った。

僕は乗り物酔いしやすい。砂漠をガタンガタン揺られながら、ジープかなんかで何度も吐きそうになりながら横断すると思っていたため、アブダビへ行くのがすごく憂鬱だった。

酔い止め薬を忘れていないかどうか、飛行機に乗るまでに10回は確認したほどだ。

ところが、酔い止め薬の出番はなかった。そもそもジープではなくタクシーで行けた。しかも、日本のタクシーよりよほどきれいで、道路もきちんと舗装されていて、1ミリも揺れることなどなかった。

また、ドバイのエルメスで買い物をしたときのことだ。僕は妻がエルメスで物を買ったとき、あのオレンジの袋ではなく、無地の黒い袋に入れてもらうようにしている。引ったくりに遭うのが嫌だからだ。

ドバイのエルメスで黒い袋に入れてくれと言ったら、オレンジしかないと言われた。

僕はそのとき、やはりドバイでは日本のような気の利いたサービスは受けられないんだなと思い、嫌みの一つでも言ってやろうと考え、「日本だと必ず黒い袋も用意してくれているのに」と言った。

そう言った瞬間、ドバイのエルメスの店員に爆笑された。

「お客様、ここはドバイです。日本と違い、引ったくりなんていませんから安心してください」「日本は本当に先進国なのか?」と疑問を抱いてしまうほど、ドバイのほうが日本よりも何倍も清潔感があり、治安もよいのだった。

海外を見ると視野が広がり、日本からだけの一方的なものの見方をしなくなる。今まで微塵も疑うことのなかった常識を疑い始める。

こうした体験は、間接的にその後のビジネスに役立っていると思う。

人生は「変える」のではない、「買える」のだ

会社を売却したら、人生の選択肢がすごく増える。なぜかと言えば、時間とお金の両方が手元にあるからだ。

会社を売却すると、日々の経営で回している金額とはケタの違う大金が入ってくる(ことが圧倒的に多い)。

日々、事業を伸ばし、売上を上げるためにがむしゃらに働いていたが、ある日、M&Aの話がまとまる。

売却前には通常業務に加え、事業譲渡に関わる手続きなどで多忙をきわめるだろうが、やがてその多忙な日々も終わりを告げる。

会社はもう自分のものでなくなる。事業も従業員も買い手側に行ってしまう。

そして、自分の口座には見たこともない金額のお金が振り込まれる。

そして、徐々に「自分は会社を売ったのだ。自分が作った会社の価値が、この金額なのだ」という実感がわいてくる。

バカな浪費をしなければ、何年も仕事をせずとも困らないぐらいの金額が手に入るはずだ。

僕は10代の頃、バカな浪費をしたために、最初に会社を売却したときに手元に入ってきた1億5千万円は、年を越す前になくなった。

そんな馬鹿の話は置いといて、会社を作り、それを大きくして売るという経験があると、とにかく人生の選択肢が増えるのだ。人生が変わるといっても過言ではない。

人生が変わるというか、変えることができるようになるのだ。もっと生々しい表現をすると、人生を「買える」のだ。

会社を売却した後、留学することだってできる。僕も20代の頃、留学を考えたこともある(結局しなかったが)。

会社売却のタイミングで会社の売却後に留学するメリットは、自費で、自分のタイミングで行けることだ。

大企業に就職すると、会社の費用で海外留学できる制度もある。

ただ、この場合は自分を評価する立場にいる上司から色よい返事をもらえなかったり、同じく留学のチャンスをうかがう同僚にチャンスを奪われたりするなど、思わぬ外的要因に左右されてしまう可能性がある。

だが、自分で費用と時間の都合をつけられれば、好きなときに費用を気にせず留学できる。

僕の場合は留学には至らなかったが、旅のほかに、やりたかった勉強に集中して取り組んだ。

最初の会社経営において、ファイナンスや資本政策の知識の足りなさを痛感する場面が多々あったため、独学で勉強を始めたのだ。

本を数千冊買って、ホテルの一室で数カ月間読みふけることなんて、金がなきゃできない。

勉強はとにかく金がかかる。昔(平安時代とか)から、勉強は金持ちがやるものだ。

僕は公認会計士試験に必要な勉強を独学で行ったが(資格は取っていないし、試験も受けていない)、その教材は、近所の書店で参考書を数冊といったものではない。資格専門学校でしか買えない、約70万円もする高額なものである。

たいていの人は、こうした学校に2年間通って勉強しなければ合格できない。だから大学生がダブルスクールで勉強したり、大学卒業後も浪人して受験したり、とりあえず社会人となって働きながら勉強している人が多い。

ただ、働きながらの資格取得は、よほど意志の強い人でなければ難しいことも知られている。

公認会計士の勉強をしたとはいえ、僕の目的は資格取得ではなかった。会社経営に役立つ知識を得たいだけで、公認会計士の事務所を開きたいわけではない。

だから、テキストを買い、学校へは行かずに講義の動画をオンラインで見て、財務会計論、管理会計論、監査論、租税法、企業法、民法、統計学、経営学、経済学をひと通り学ぶことにした。

資格取得が目標なら、テストで高得点を取るためのテクニックも身につけなければならないが、僕にはそれは必要ない。そのため約半年で内容を理解し、勉強を終えることができた。

学生起業家の最大の障害は「親」

10代の起業における最難関は「親」である。ほとんどの10代は親離れできていないし、自立してもいない。逆もまたしかりで、10代の子供たちのほとんどの親は子離れできていない。

むしろ、親離れできていない子供よりも、子離れできていない親の方が多いと感じる。

10代の子どもの場合、親の発言力がどうしても強くなり、起業でなくても親に反対されたら諦めてしまうことが多いだろう。

しかし、それではもったいない。起業は何回もやればやるほど得意になっていく。

早い段階で始めて回数を重ねたほうが「強く」なれる。やりたいなら、一日も早く始めるべきだ。だが、親に「起業したい」と馬鹿正直に言ったところで十中八九、反対されるだろう。

10代後半に起業したいなんて言えば、「大学受験があるのに何を考えているのか」と猛烈に反対されるのが目に見えている。

高校2年、3年で部活動をしていても、親が学校に苦情を言うような時代である。反対されるに決まっている。

僕が15歳で起業したときも、似たようなことがあった。1学年下の友人と共同で会社をやることを考えていたのだが、彼は親の反対に遭ってしまい、共同経営を断念した。

彼は中堅のアパレル系企業として代々続く家の跡取りだった。親からすれば、大事な跡取り息子が失敗して経歴に傷がついては困る、というわけだ。

しかし、起業や会社経営に関して周りの言うことに振り回されていてはどうしようもない。自分の理想に向かって突き進んでいくのが起業であり、会社経営だからだ。

親くらい振り切れないで、この先やってはいけない。僕は、親には会社のことは一切黙っていた。

僕らが10代の子どもたちに提供できる一番大きなことは、ファイナンスや企業の知識ではなく、親の足かせを外すことなのかもしれない。

10代での起業をより活性化するには、子どもの教育よりも親の教育の方が必要だったりするのだ。10代で起業を考える時点で、その子はおそらく優秀だ。

僕自身、その優秀な子たちを教えるというよりも、どちらかと言えば彼らから学ばせてもらいたいという気持ちが強い。

彼ら、彼女らがどんな視点でビジネスモデルを構築し、実行していくのか、大変興味がある。

起業家は若い人ほど優秀だ。僕が連絡を取り合っている25歳前後の起業家たちは、みな大変優秀だ。

僕は、若い人たちから情報を取り入れるために、TLM1号投資事業有限責任組合というVCのリミテッドパートナーになっている。

ゼネラルパートナーである木暮圭佑氏は、国内で最年少の独立系ベンチャーキャピタリストであり、23歳の時に自身のファンドを立ち上げた。

TLMは、いわゆるベンチャー企業のシードラウンドに投資するファンドであり、「ヒカカク!」や「スマホのマーケット」を運営するジラフなど10社以上のベンチャー企業に出資している。

この木暮氏のプロダクト感覚や海外事例の知識には毎回驚かされる。

僕も本を読むのが好きだし、インターネットもよく見ており、情報収集は意識的にしているほうだと思う。

それでも、彼らと会って話をすると、知らない情報にたくさん触れることができる。キュレーションメディアに毎日目を通していても、取りこぼしている情報が多々あることに気づかされる。

TLMファンドに出資することは、僕にとっての「リアルキュレーション」なのだ。

実際にTLMファンドが出資していたり、接点を持っていたりする人たちとのやり取りに交ぜてもらうことで、今まさに流行っているもの、若い世代の間で話題になっていること、それに対する彼らの感想や意見を定期的に聞くことができるのだ。

そしてそれは、僕の知識や情報を最新版にアップデートするのに役立っている。

ぶっちゃけた話をすると、僕は中学生がビジネスで成功するとは考えていない。

起業ビギナーの中学生は、ビジネスの世界ではなかなか勝てない。僕もそうだった。

起業は年齢制限・階級制限なしの総合格闘技のようなものだ。

ロートル企業をベンチャー企業がまくりにいくという、番狂わせのジャイアントキリング(巨人を倒すこと)も稀にあるが、中学生起業家だからといって、競合他社が手を抜くことは一切ないのもまた真なりだ。

中学生に出資すると、会計的にはおそらく出資即減損の流れになるような気がする。これはこれで仕方のないことだ。そもそもこの「中学生起業家10億円プロジェクト」の第一目的は、中学生起業家が僕らみんなのお金を10億円溶かすために立ち上げるようなものなのだから。

しかし、ジャイアントキリングを狙っていないわけではない。番狂わせはあり得ると思っている。

基本的に、業界の外にいないと業界の構造を変化させるようなビジネスモデルは思いつかない。

例えば銀行員は、仮想通貨のビジネスなんて絶対に思いつかない。

そういう意味では、中学生起業家はどの業界にも属さないやつらなのだ。そもそも社会に出ていないのだから。

まだ社会に出ていない中学生起業家だからこそ、業界の創造的破壊をやりまくれるのではないかとも思っている。

最近では、16歳で1億円を調達したという山内奏人さんという起業家が話題になった。カード決済アプリの「ONEPAY」を作っているワンファイナンシャルというベンチャー企業だ。

こういう事例を見ると、僕は思わずニヤリとしてしまう。カード決済も満足に使ったことのない年齢の起業家が作ったカード決済アプリなんて、最高だ。

こういうサービスの中からこそ、革命的なサービスが生まれるのだろう。

正田 圭(まさだ・けい)
1986年生まれ。15歳で起業。インターネット事業を売却後、M&Aサービスを展開。事業再生の計画策定や企業価値評価業務に従事。2011年にTIGALA株式会社を設立し代表取締役に就任。テクノロジーを用いてストラクチャードファイナンスや企業グループ内再編等の投資銀行サービスを提供することを目的とする。現在は「15歳からのスタートアッププロジェクト」の発起人として、小中学生でも起業やお金について学べるような場を作ることにも取り組んでいる。