米商務省は2月16日、通商拡大法232条に基づく報告書を発表した。中国など複数の国・地域から鉄鋼、アルミ製品がアメリカに輸入されているが、その輸入量の増加が「国家安全保障上の脅威になる」として、トランプ大統領に輸入制限の発動を勧告。鉄鋼、アルミニウムについて、すべての国を対象に関税をかけるよう要請した。
現在の設備稼働率は鉄鋼が76%、アルミニウムが48%であるが、ロス商務長官は、これらの稼働率を80%付近まで引き上げることを目標としていると説明している。
この勧告を受けて、トランプ大統領は鉄鋼に関しては4月11日まで、アルミニウムに関しては4月20日までに輸入制限を実施するかどうかの決定を迫られていたが、鉄鋼には25%、アルミには10%の関税をかける方針を3月1日に表明した。
トランプ大統領は今年の秋に行われる中間選挙に向けてアメリカ第一主義、貿易保護主義を強めるのではないかとみる市場関係者は多い。貿易戦争が勃発、世界経済は混乱に陥るのではないかといった悲観的な見方をする関係者すらいるようだ。
本土株、米輸入制限に反応せず
アメリカのこうした一方的な政策方針の発表に対する本土市場の反応をみると、比較的落ち着いたものであった。影響が表れた3月2日、5日の2日間の動きをみると、32社で構成される鉄鋼セクター指数(同花順)は順に▲2.71%安、▲1.82%安であった。アルミ関連企業は多くないのでセクター指数はない。
売上高、総資産などで競合他社を圧倒する中国アルミ(601600)は2月26日に約5ヵ月ぶりに取引再開されたばかりで、企業リストラの影響で株価は急落過程にある。売上高は中国アルミの10分の1強だが、A株上場企業としては業界第2位である雲南アルミ(000807)の株価は順に▲1.30%安、▲5.85%安と売られている。しかし、両セクターの下げが市場全体に影響を及ぼしたわけではない。上海総合指数は順に▲0.59%安、0.07%高となっている。
本土のマスコミ報道を見ても、株式関係者が日常的にチェックしている情報媒体上では輸入関税追加に関する記事は全くと言っていいほど見当たらない。少なくともマスコミも含め多くの市場関係者は、この問題が重大な貿易摩擦を引き起こすとまでは考えていないと言えそうだ。
中国の輸出依存度は世界116位
そもそも、中国経済の成長は、設備投資と消費に依存しており、今や輸出は経済の主要エンジンとは言えない。2017年こそ輸出(人民元ベース)は10.8%増となったが、2016年は▲1.9%減、2015年は▲1.9%減、2014年は4.9%増に過ぎない。2017年については二桁の伸びではあるが、名目GDPはそれを上回る11.2%増加している。
また、中国の輸出依存度(輸出/名目GDP)は2016年、17.48%で世界第116位(GLOBAL NOTEより、以下同様)である。ちなみに、日本は12.90%で第142位、アメリカは7.82%で第168位である。一方、台湾は59.07%で第12位、ドイツは38.52%で第34位、韓国は36.74%で第41位である。
日本やアメリカほどではないが、中国も輸出依存度は十分低い方である。さらに、中国は主要原材料を輸入して、それを加工して輸出するといった加工貿易(来料加工装配+進料)輸出の割合は33.5%を占め、他国と比べ相対的に高いことを考え合わせれば、輸出減が経済に与える影響はそれなりである。
2017年の中国における品目別の輸出額(人民元ベース)をみると、鉄鋼、鉄鋼製品は全体の4.4%、アルミ、アルミ製品は1.0%に過ぎない。これらの品目の輸出量が多少減ったところで、輸出全体への影響は軽微である。それに、鉄鋼、アルミニウムがアメリカに売れなければ、ほかに売るだけだ。
それに、鉄鋼、アルミニウムは政治的に、国家の戦略輸出製品ではない。共産党が現在、最も力を入れて行っている改革は供給側改革である。その対象となるセクターは、鉄鋼、石炭、非鉄金属などである。鉄鋼、アルミ産業に対しては、遅れた設備の淘汰を進め、供給力を削減しようとしている。
外交戦略に関しては、習近平国家主席が自ら提唱している一帯一路戦略が最重要視されている。これは海のシルクロード、陸のシルクロードの開発を各国と共に協力して行うといった大戦略である。この戦略実行による鉄鋼需要、アルミ需要の長期的な拡大については期待しているだろうが、敏感な貿易摩擦問題が存在するアメリカに対して輸出を増やそうとは考えていない。鉄鋼も、アルミニウムもアメリカに大量に売りたいなどとは考えていない。
対中強固策はアメリカに不利益
鉄鋼、アルミニウムのアメリカ向け輸出が減ったところで、中国は実体経済の面でも、政治的な面でも大した影響はない。だから、本土の市場関係者はこの問題に関して興味がないのだろう。
もし、中国がアメリカから農産物の輸入を制限したり、アメリカへのスマホの輸出を制限したり、或いはアメリカ国債を売り浴びせたりすれば、アメリカ経済が受ける影響は大きい。アメリカ国内でも、保護貿易でデメリットを受ける産業は少なくない。
今後も、アメリカの保護貿易政策が重ねて打ち出される可能性はないとは言えないが、そうだとしても、見た目ほどには中国への影響は大きくないはずだ。それこそ、アメリカ第一主義に反するからだ。世界経済全体がブロック貿易に向かうなどということを心配する必要は全くないだろう。
田代尚機(たしろ・なおき)
TS・チャイナ・リサーチ 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:http://china-research.co.jp/