賃貸物件を借りると、家賃以外に多くの金銭的負担がかかる。その中でも、火災保険は保険料がやや高額なこともあり、借主が加入を渋る場合も少なくない。しかし、多くの人が生活するマンションやアパートだから、大家としてはもしものときに備えるために、借主に納得した上で火災保険に加入してもらいたいと考えている。借主が火災保険の加入を渋った際の対処法を考えてみたい。

借主が負担する費用とは

火災保険,大家,災害,不動産管理
(画像=PIXTA)

火災保険を説明する前に、借主が家賃以外に負担する費用について考えてみよう。

借主の負担する費用としては、賃貸契約を結ぶ際の敷金、礼金、仲介手数料があり、契約後には共益費、契約更新料、火災保険などがある。

賃貸契約を結ぶ際に借主が負担する費用であるが、敷金は賃貸契約を解除して物件を大家に引き渡すときに、原状回復の費用に充てられるものである。

もちろん経年劣化(時間の経過とともに損傷などすること)した箇所については、大家の責任で修繕を行うが、借主の故意または重大な過失によって損傷したような箇所の修繕には、この敷金が充てられる。通常、家賃の3~4ヵ月程度である。

礼金は賃貸契約を結んだ大家にお礼として支払うものである。通常、家賃の1ヵ月程度である。

仲介手数料は、借主と大家の間を仲介した不動産管理会社などの手数料である。これも、通常家賃の1ヵ月程度である。

次に契約後に借主が負担する費用であるが、共益費は建物の玄関、廊下、エレベーターなど、共用部分の維持費に充てられる。具体的には、これらの箇所の修理費や電気代として使われる場合が多い。

契約更新料は、賃貸契約の期間が満了になった際に、再度契約を更新するために支払うものである。賃貸契約書には、契約期間が明記されていて、この期間が終われば、賃貸契約も終了することになる。

契約書には、「契約更新をしないときは、契約満了の1ヵ月前までに借主から大家に通知すること」と記載されていることが多いので、借主は契約を更新しない場合には、大家にその旨を通知することになる。

一方、大家や不動産管理会社などからは、契約期間満了の2、3ヵ月前に契約更新の案内と更新料の振込用紙が送られてくる場合が多い。また、このときに同時に火災保険の案内も送られてくる。

【合わせて読みたい】
保険を見直す際の注意点 「損をしない」ために必要なこと
「いま保険を解約すると損?」あなたの深層心理に潜む呪縛とは
保険の見直しの「最大のハードル」 あなたは毅然とした態度で「解約」出来ますか?

火災保険とは 家財保険・借家人賠償責任保険・個人賠償責任保険

不動産賃貸契約では、多くの場合、火災保険に加入することが義務付けられている。一般的に、賃貸契約を結ぶ際、また賃貸契約を更新する際に、保険料1万円前後を支払うことになる。

ところで、一口に「火災保険」と言うがそこに大きく分けて3つの要素があることは、あまり知られていない。

一つ目は、「家財保険」である。社会生活で故意または過失により他人に損害を与えた場合には、加害者が与えた損害を被害者に対して賠償しなければならない。このことは、民法第709条に「不法行為による損害賠償」として規定されている。

しかしこれには例外がある。火災の場合、失火ノ責任ニ関スル法律という法律で、加害者に重大な過失があるときに限り、加害者が責任を取ることになっている。従って、重大とは言えない過失、不注意程度は、火事を起こして損害を与えたとしても、責任を問われないことになる。

そうなってくると、他人が不注意で起こした火災で損害を被った場合、補償されないことになる。そのため、自分の財産は自分で守るという意味から、家財保険に前もって加入しておく必要があるのだ。

ニつ目は「借家人賠償責任保険」である。賃貸契約が終了した段階で、借主は借りていた物件を原状回させて、大家に引き渡さなければならない(原状回復義務)。

経年劣化や通常の使用によって生じる損傷などは、基本的に借主の責任は生じない。しかし、貸主の故意または過失によって生じた損傷などは、借主の金銭的負担で、原状回復しなければならない。

そのために、賃貸契約の際に敷金を支払っているのだが、仮に借主が火災を起こし、物件を焼いてしまったときには、敷金の範囲で原状回復するのは難しくなる

そのために、借家人賠償責任保険に加入しておいて、借主が火事を起こし物件を焼いてしまった場合に備えるのである。

三つ目は「個人賠償責任保険」である。これは、マンションやアパートなどの集合住宅で発生するトラブルに備えた保険である。

例えば、借主がうっかりして、お風呂のお湯を出しっ放しにしてしまい、下の階に住んでいる人に損害を与えたとする。この場合、上の階の借主が下の階の住人の損害を賠償することになる。このときに適用されるのが、個人賠償責任保険である。

この三つから構成される火災保険だから、借主の加入が基本的に義務付けられていると考えられる。

火災保険は強制か任意か

先程の項目で、火災保険の加入は「基本的に義務付けられている」とした。ここでは、借主が火災保険に加入することは強制なのか、それとも任意なのかという問題を考えてみたい。

結論から申し上げると、火災保険を義務付けた法律は存在しない。つまり、あくまでも加入は借主の任意ということになる。

やや難しい話になるが、大家が賃貸契約を結ぶとき、あるいは契約更新を行う際に、特定の火災保険の契約書を送り、契約を強要することは、独占禁止法という法律に違反する可能性が出てくる。

独占禁止法とは、公正かつ自由な競争を促進することを目的とした法律である。この法律の趣旨は、消費者のそれぞれのニーズに合った商品を選択できる状況を作り、各事業者間の競争によって消費者の利益を保護しようというものである。

例えば、ビール会社が一社しかなかった場合、ビールを飲みたい人はそのメーカーのビールを買わざるを得なくなる、そうなると、競争相手がいないため、品質を向上させたり価格を抑えたりするなどの企業努力をしなくなる可能性が出てくる。それは、消費者にとって、不利益になってしまうのである。

この考え方で言えば、大家が特定の保険会社の火災保険への加入を強制することは、あまさに独占禁止法に違反する可能性が出てくる。

しかし、火災保険が強制できないとなると、火災が発生した場合、大家はもちろん、借主にとっても莫大な損害を被ることになるのである。

従って、半ば強制的に火災保険の加入を「お願い」しているというのが現状である。ただ、借主の中には、強制でないことを盾に加入を渋る人がいることも事実である。そのような時の対処法を次の項目からか考えてみたい。

借主への対処法(1) 大家または専門家からその重要性を伝える

まず、大家から借主に対して火災保険の重要性を説く方法が考えられる。実際には、大家ではなく、不動産について専門的知識がある不動産管理会社の担当者から、借主に説明してもらったほうが良いと思われる。

例えば、車を購入した人の多くは、自賠責保険以外に自分で自動車保険に加入している。これは、仮に交通事故が起きたときには、自賠責保険だけでは補償をカバーできないためである。

一般的な火災保険が年間1万円程度で、自動車保険よりもかなり低額なのに、自動車保険のように、火災保険に加入しようとしないのには、頻度的なことが考えられる。つまり、交通事故は発生回数が多く、実際過去に自分が遭遇した経験を持つ人も少なくないが、火災は交通事故よりも非日常的だと捉える人が多いためである。

しかし、借主が火災を起こした場合、とても自分の金銭的負担で補償できるものではない。一方、火災保険に加入していれば、カバーできる損害は予想以上に広いのである。また、火災から身を守ることは、結局自分自身が意識して行うしかない。

借主の本音としては、起こるかどうかわからない火災に備えて、一度に保険料1万円を負担することに抵抗があるかもしれない。

しかし、この1万円を12ヵ月で割れば800円程度になることを伝え、その程度の毎月の負担額で自分の財産を守ったり、周りに迷惑をかける可能性が減ったりすることを説明してはどうだろうか。

借主への対処法(2) 安い火災保険を勧めてみる

2つ目の対処法としては、最低限必要とされる火災保険への加入を勧めることであるだが、ポイントとしては比較的安価で最低限必要な補償をしてくれる火災保険、例えば「都道府県民共済」などを勧めてみることだ。

おそらく借主が火災保険の加入を渋る大きな理由の一つは、その保険金額だろう。火災保険の必要性を理解しても、多くの人は、一度に1万円前後の出費は痛いと感じることは、容易に相続できるからだ。共済であれば、各都道府県、保険内容によっても保険料は違ってくるが、通常の火災保険の半分程度の値段で加入できる。

借主に火災保険へ加入してほしい大家さんと、金銭的負担をできるだけ軽減したい借主の双方にメリットがある。

これも、前項と同様、不動産管理会社の担当者から伝えてもらったほうが良いだろう。

借主への対処法(3) 契約書に明記しておく

3つ目の対処法としては、不動産賃貸契約書に明記することである。

この文言を見て、借主に火災保険の加入を強制できないのでは、と思われるかもしれない。確かに、火災保険の加入を条件にして、不動産賃貸契約を結ぶことは、借主(消費者)が不利益を被ることになる可能性がある。

これは、契約について消費者を保護する目的で制定されている消費者契約法に違反するのでは、と思う人もいるかもしれない。その中でも、以下の条文に違反しないかを検討してみよう。

消費者契約法(第10条)「民法 、商法 (明治32年法律第48号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」

特にこの条文の「消費者の義務を加重する」という部分が、借主に火災保険の加入を条件とする賃貸契約を行った際に違反するのではないかと、感じる人が多いと思う。

しかし、一般的に建物の本体への火災保険の加入は大家が負担し、建物内部の家財などへの火災保険の加入は借主が負担することを考えれば、決して借主(消費者)の義務を加重することには当たらない。むしろ、借主にとってはメリットがあることだ。

そこで、不動産賃貸契約書では、火災保険の加入を条件とした上で、借主の金銭的負担を考慮して、特定の保険商品ではなく、個々の事情に合わせた火災保険の加入を促すことは、可能である。

賃貸住宅を借りることは、借主には予想以上に金銭的な負担となる。しかし、大家の立場としては、火災を始めとした災害に備えるために、借主には火災保険に加入してもらいたいという考えは、当然理解できる。結局借主に、火災保険によって自分の財産を守ることを自覚してもらうことが近道と言える。(井上通夫、行政書士)

【合わせて読みたい】
保険を見直す際の注意点 「損をしない」ために必要なこと
「いま保険を解約すると損?」あなたの深層心理に潜む呪縛とは
保険の見直しの「最大のハードル」 あなたは毅然とした態度で「解約」出来ますか?