憲法改正修正案が3月11日、賛成2958票、反対2票、棄権3票で決定された。修正内容をみると、序言部分で「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、“三つの代表”重要思想の指導の下で」といった部分の後半に、「科学発展観、習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」が加わったり、「社会主義の愛国者、祖国統一の考えを持つ広範な愛国統一戦線」といった部分の後半に、「中国民族の偉大な復興に尽くす愛国者」が加わったりしている。
また、国家機関として、国務院、中央軍事委員会、最高人民法院・最高人民検察院と同格となる監察委員会が設立されたことに伴い、その記述が加わった。また、それに関する各条文の細かい修正が行われている。そのほか、細かい文言の修正もあるが、もっとも注目されたのは、「中華人民共和国国家主席、副主席の任期は全人代の任期(五年、今回は2018年から2022年)と同じで、連続して2期を超えることはできない」といった部分の後半が無くなっている点である。これによって、国家主席、副主席の任期制限がなくなった。
年配男性、習近平国家主席を支持
この点について、中国で暮らし、現地の中国人と日頃接している皮膚感覚で言えば、確かに大学生など、若い人の間には、憲法が簡単に改正されてしまうこと、習近平国家主席への権力集中が加速するだろうことについて危惧する意見もある。ちょうど春節が過ぎ、農歴でも新しい年になったばかりだということもあるだろう。「戊戌戊戌」などといって、干支の一回り前である1958年の大躍進、二回り前である1898年に起きた政変が話題になっている。
今年は社会的な災いの再来だと揶揄する者がいる。習近平国家主席は全人代期間中、山東省代表団と郷村振興について話し合ったが、「将来、職業農民を導入しなければならない。大学生、特に海外留学組を主体的に農村に戻し、農業を成長力のある産業にしなければならない」といった発言をしたそうだ。これでは、文革時代の下放政策ではないか。“重農重兵”は戦国時代からの策略と変わらないではないかと揶揄する声もある。
ただし、こうしたことをネット上などでやり取りする若者たちが社会運動を起こすような熱い気持ちを持っているかといえば、それは皆無に近い。若者の興味は自分のことに尽きる。徹底した個人主義者である。わざわざ共産党に睨まれるようなことを自ら進んでするほど、純朴であったり、貧しくて人生に絶望していたりするわけではない。
40代以上の人々、特に人口では多数を占める農村地区男性はもともと毛沢東主席が大好きである。“リーダーは強くあるべきだ。でなければ老百姓(人民の意)は守れない”“習近平国家主席は徹底的に汚職の撲滅を進める現代の英雄である”誰に聞いてもこうした答えが返ってくる。
日本のマスコミが度々報じているような“共産党に不満を持つ中国人がたくさんいて、社会が不安定化している”などとはとても思えない。現状では、人民は習近平国家主席を全面的に支持しているとみてよいだろう。
ただし、将来のことはわからない。中国社会は徹底的な個人主義者の集団である。自分たちの利益が拡大している間、つまり、経済が成長している間は独裁であろうが、何であろうが文句はない。社会が不安定になるとすれば、経済の成長が止まった時である。
国家主導のイノベーションが進む
全人代で決まった2018年の主要経済目標は以下の通り。 ・実質経済成長率6.5%前後 ・CPI3%前後 ・都市部新規就業者数1100万人以上 ・個人所得の伸びを経済成長と同じ程度にする ・貿易を安定的に伸ばし、国際収支を基本的に均衡させる ・GDPに対するエネルギー消費量を3%以上引き下げ、主要汚染物質の放出量を引き続き引き下げる ・供給側構造性改革を実質的に進展させる ・財政赤字を2兆3800億元とし、赤字率を2.6%程度(前年は3.0%程度)とする ・全国財政支出を21兆元とする ・M2、信用貸出、社会融資規模を合理的な伸び率に抑える ・資金の多くを小規模企業、“三農”・貧困地区に誘導する
何をするのかについては以下の通り。 ・供給側構造性改革を深く推し進める ・イノベーション型国家の建設を加速する ・基礎的な部分に関連する領域の改革を深める ・金融リスクの解消、貧困からの脱却、環境汚染防止といった三つの重大な問題の解決にあたる ・農村振興戦略を大々的に実施する ・区域間の協調発展戦略を着実に推し進める ・積極的に消費を拡大させる ・全面的開放の新たな局面を推し進める ・民生水準の保障を引き上げ、改善する
これらの中で、「イノベーション型国家の建設を加速する」という点が、多くの投資家の興味を集めている。「世界で新たに起きている科学技術革命、産業変革の大勢を把握し、イノベーションが駆動する発展戦略を深く推し進め、経済のイノベーションを進める力、競争力を不断に増強する」としている。
そのために、「基礎研究、応用研究を強化。重大プロジェクトを指定して、国家によるラボラトリーを建設する。企業に対しては、重大プロジェクトを実施、研究機関、大学、企業の研究部門の関係を密接にする。イノベーションが進むような激励政策、ベンチャーの起業を促進させるような政策を打ち出す。国家が主導権を取りながら、クリエイティブ型国家を作り上げよう」としている。
国家発展改革委員会が今年はユニコーン企業を支援すると発表、市場では今年、戦略的振興産業の育成発展が進むといった見方が強まっている。証券監督管理委員会は異例の早さで鴻海精密工業の主要企業の一つでアップルのiPhoneの組み立てなどを行う富士康工業互聯網のA株上場審査を通過させている。
国家が率先して新規事業を育てようとするやり方は、民間経済の自由な活動に頼る自由主義諸国にとって相当手強い。憲法改正で注目しなければならないのは、経済面での効果ではなかろうか?権力集中が社会主義現代化強国を作り上げる。自由主義はそれに打ち勝てるだろうか?
田代尚機(たしろ・なおき) TS・チャイナ・リサーチ株式会社 代表取締役 大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:http://china-research.co.jp/