要旨

トランプ政権,EU,通商圧力
(画像=PIXTA)
  • トランプ政権が、通商圧力を強め、短期決戦で米国に貿易黒字を計上している国・地域から譲歩を引き出そうとしている。その戦略は一定の成果を挙げているようだ。

  • 中国と米国の貿易戦争への不安は中国が外資規制緩和や知的財産権保護の強化などの方針を表明したことで後退したが、今後も米中間の摩擦は燻りつづけるだろう。

  • 日本は米国と協議を開始することになったが、TPP復帰を期待する日本と二国間交渉で貿易不均衡と貿易障壁是正の具体的成果を求めるトランプ政権の隔たりは大きい。トランプ政権が成果を急ぐ背景には、11月に中間選挙に加え、TPP11と日EU・EPAの手続きが進み、日本市場へのアクセスで不利な状況に置かれるリスクが現実味を増したことがある。

  • トランプ大統領の通商政策への懸念と19年3月に迫る英国のEU離脱が、日本とEUをEPAの加速に動かした。

  • EUは、米国の鉄鋼・アルミニウムの追加関税はWTOルール違反との立場だ。他方で、適用除外の期限の5月1日が迫り、恒久化のために譲歩をするか、決断を迫られている。近く予定される米仏、米独首脳会談の結果が注目される。

  • トランプ大統領は、特にドイツに強い不満を抱いていると思われる。ドイツは通商交渉の権限も通貨主権もEUに委譲しているため、トランプ大統領が好む二国間の交渉とはなり得ない。米国は、EUの規格や基準認証制度などの貿易の技術的障壁を問題視している。棚上げとなっていたTTIPの交渉再開へと展開するかも注目点だ。

トランプ政権,EU,通商圧力
(画像=ニッセイ基礎研究所)

広がるトランプ政権の通商政策の波紋

トランプ政権が通商圧力を強めている。3月23日に発動した拡大通商法232条に基づく鉄鋼25%、アルミニウム10%の追加関税を交渉材料に、短期決戦で米国に貿易黒字を計上している国・地域から、譲歩を引き出そうとしている。

長年にわたる努力で積み上げられた世界貿易機構(WTO)のルールを尊重しない通商戦略だが、相手国・地域から譲歩を引き出すという意味では、一定の成果を挙げているようだ。

中国の外資規制緩和等の発表で米中貿易戦争への不安は後退したが、摩擦は燻り続ける

トランプ政権は、対米貿易黒字額で突出する中国に対しては、鉄鋼25%、アルミニウム10%の追加関税だけでなく、3月22日に通商法301条に基づく制裁措置の発動を決めた。

中国は、拡大通商法232条に対抗措置を発動、通商法301条の制裁リストにも対抗措置のリストを公表したことで、貿易戦争の様相を呈しかけた。しかし、4月10日には、習近平主席が講演で外資規制の緩和や、知的財産権の保護のための政府機関の増強や外資出資規制の緩和、自動車の関税引き下げ、輸入博覧会の実施などの方針を表明し、トランプ大統領がツィッターで歓迎の意を示したことで、不安は後退した。

しかし、今回の措置だけで、一気に終息とはいかず、米中間の摩擦は、今後も燻りつづけるだろう。一連の措置が、外国企業の活動や貿易不均衡に及ぼす効果は未知数である上に、米国は国家介入色の強い産業政策への警戒も抱いているからだ。米国が作成した通商法301条の制裁リストは、習近平政権の産業政策「中国製造2025」の十大産業に照準を合わせた。USTRが3月30日に発表した「貿易障壁報告書(注1)」では、「中国製造2025」について、広範囲の国家介入と外国企業への規制や差別を政策ツールとし、市場を歪め、供給過剰を招くおそれがあるとして、強い警戒感を抱いていることがわかる。

2001年のWTO加盟後の中国の世界経済におけるプレゼンスの拡大は、欧米の予想を遙かに超えるスピードとスケールで進んだ。米国が通商法301条の発動理由とした「知的財産権の侵害や技術移転の強要」は、米国だけでなく日本や欧州などの企業も問題意識を共有する問題だ。欧州でも、中国企業によるインフラ投資の拡大や、企業買収を通じた先端技術の流出、その背景にある中国政府の影響力の拡大への警戒は高まっている。

(注1) USTR, “2018 National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers”、中国については18年1月に”2017 Report to Congress On China’s WTO Compliance”という詳細なレポートも作成されている。 USTR, “2018 National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers”、中国については18年1月に”2017 Report to Congress On China’s WTO Compliance”という詳細なレポートも作成されている。

日本は米国と「自由で公平かつ相互的な貿易取引のための協議」に入る

拡大通商法232条の輸入制限措置は日本も対象だ。拡大通商法232条の名目は「安全保障上の理由」だが、訪米した安倍首相とトランプ大統領の共同記者会見でも、同盟国の日本を対象とした理由を問われたトランプ大統領は、通商交渉で有利な条件を引き出す交渉材料であることを認めている。

日本と米国は、日本側の提案で、茂木経済財政再生相とライトハイザーUSTR代表との間で「自由で公正かつ相互的な貿易のための協議」を開始することになったが、日本にとって厳しい協議となりそうだ。19日の日米首脳会談後の記者会見でも、トランプ大統領は、対日貿易不均衡の大きさと貿易障壁への不満を表明した。「TPPが日米両国にとって最善」という安倍首相と「二国間協定の方が良いと思っている」というトランプ大統領の隔たりは大きい。

USTRの「貿易障壁報告書」では、日本に農産品市場のさらなる開放や自動車の非関税障壁の撤廃などを求めている。トランプ政権は、これらの領域で短期間での具体的な成果求めてくるだろう。

トランプ政権が成果を急ぐ背景には2つの理由がある。1つは11月に中間選挙を控えていること。もう1つは、米国の離脱で、11カ国で始動することになった「環太平洋自由貿易協定(TPP11)」と日本とEUの「経済連携協定(EPA)」の手続きが進み、日本市場へのアクセスで米国が不利な状況に置かれるリスクが現実味を帯びたことだ。3月8日に署名を終えたTPP11は、6カ国以上が国内手続きを終えれば発効する。日本では4月17日には承認案が衆議院で審議入りした。日EUのEPAは、4月18日にEUの欧州委員会が協定の最終文書案を採択した。今年7月には署名、秋に日本とEUが承認手続き(注2)を終えて、英国がEU加盟国である19年3月29日までに発効するスケジュールも視野に入っている。

(注2) TPP11は、日EU・EPAのEU側の手続きは、加盟各国や一部の地方議会の承認を必要とする投資分野を分離したため、欧州議会による承認のみで発効できる。

トランプ政権の通商政策への懸念と英EU離脱が後押しした日EU経済連携協定

日本とEUのEPAは、2013年に交渉が始まったが、ここ1年で一気に加速、19年の発効が視野に入るまでになった。

トランプ大統領の通商政策への懸念と19年3月に迫る英国のEU離脱が、日本とEUをEPAの早期発効へと動かした。日本とEUは、民主主義、法の支配、基本的人権の尊重という価値観を共有し、ルールに基づく開放的で公正な世界貿易体制を尊重する立場で一致する。基本的価値観、ルールを重んじるEUにとって日本の重要性が一気に増した。

日本にとっても、米国の離脱で、TPPが11カ国への縮小を余儀無くされたことで、5億人の巨大な経済圏であるEUとのEPAの重みが増した。TPP11と日EU・EPAという大規模でレベルの高いFTAがほぼ同時期に動き出すことが、米国の多国間の枠組みへの復帰を促す材料になれば望ましい。

英国のEU離脱前の発効は日本にとって重要だ。日本企業は、英国を拠点にEU圏内でビジネスを展開しているケースが多い。今年3月のEU首脳会議で、英国のEU離脱後の19年3月30日から2020年末までを「移行期間」として現状を維持することで合意している。「移行期間」は今年秋までの合意を目指す「離脱協定」に盛り込まれるため、アイルランドの国境の管理など未合意の事項で妥協点を見出せなければ、「協定なし、移行期間なしの無秩序な離脱」となる可能性も残る。しかし、これまでの協議の進捗を見る限り、しかるべきタイミングで英国が譲歩しており、「無秩序な離脱」の可能性は大きく低下しているように感じる。英国のEU離脱前に発効すれば日EUのEPAも「移行期間」の適用対象となる。移行期間中に、日本と英国が、日EUのEPAをベースとするFTAを締結する目処も立ちやすい。

EUは米国の措置はWTOルール違反との立場

Uは、米国の拡大通商法232条の追加関税は、ルールに基づく世界貿易体制を損なうとして問題視している。鉄鋼・アルミニウムの供給過剰は、中国の巨額の補助金でもたらされているとの立場から、WTOのアンチダンピング手続きで対応してきた。不十分で実体に即していない補助金に関するWTOのルールを改善すべきとの立場だ。

米国の拡大通商法232条に対しては、WTOに提訴する方針を示すとともに、追加関税リストを用意している(注3)。農産物の他、ハーレーダビッドソンのバイクや、バーボンウイスキー、リーバイスのジーンズなど米国を象徴する、有力議員の地盤とする地域の産品を対象とした。

結果として、EUは、カナダ、メキシコ、豪州、アルゼンチン、韓国、ブラジルとともに5月1日まで追加関税の適用除外とされため、EUの制裁も発動されていない。しかし、3月26日には米国の鉄鋼輸入制限が、EUへの大量流入につながる懸念がないか、WTOが認めているセーフガードの発動を視野に入れた調査を開始している。

(注3)http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2018/march/tradoc_156648.pdf

EUは適用除外恒久化のための選択肢を検討中、独仏首脳は相次ぎ訪米を予定

日本が得られなかった適用除外の対象となったことでEUの戦略は成果を挙げたように見えるが、適用除外は時限措置に過ぎない。対象国は、名目上、「鉄鋼・アルミニウムの過剰生産や供給能力の削減などについて協議」し、結果次第では、追加関税の適用対象になる(注4)。EUも、輸入制限措置を材料の1つとして、貿易不均衡是正の交渉を迫られている点は日本と同じだ。

適用除外国のうち、韓国は最も早く具体的な協議に動いた。譲歩の内容は、米国基準に適合した車の輸入枠の倍増や、韓国産鉄鋼の輸入上限措置、通貨安誘導を防ぐ為替条項などとされる。合意内容と鉄鋼・アルミニウムとの関係には疑問が残る。

カナダとメキシコは、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉中だが、20日時点の報道では、数週間以内の合意の可能性が出てきたようだ。交渉の進展を妨げてきた自動車のゼロ関税を適用する域内3カ国での部材の調達率の62.5%から85%への引き上げを要求していた米国が態度を軟化させたようだ。

EUも、欧州委員会が、鉄鋼・アルミニウムの追加関税の適用除外の恒久化に向けて、様々な選択肢を検討しているようだ。米ニュースサイトのPOLITICOは(注4)、ドイツは、工業製品に関する関税撤廃と政府調達についての幾らかの譲歩を提案しているとされる。しかし、近年の通商協定では関税以外の領域が重みを増して入ることから、関税のみに対象を絞り込むことへの異論がある。

フランスのマクロン大統領は、EUの通商交渉は、トランプ大統領が離脱を決めた地球温暖化のためのパリ協定の締結国とだけ交渉すべきと主張しているとされる。

5月1日に拡大通商法232条の適用除外の期限に加え、5月12日にはイラン核合意の見直し期限(注6)を控えている。マクロン大統領が4月24日、メルケル首相が4月27日に訪米し、トランプ大統領と首脳会談する。どのようなメッセージが発せられるのか、注目したい。

(注4)Presidential Proclamation Adjusting Imports of Steel into the United States , March 22, 2018及びPresidential Proclamation Adjusting Imports of Aluminum into the United States , March 22, 2018 (注5)”Brussels mulls offer of trade deal to Trump, if he drops tariff threat”, POLITICO 4/13/18 (注6)15年7月に米国、英国、ドイツ、ロシア、フランス、中国の6カ国とイランが最終合意した行動計画で、16年1月の履行で経済政策が解除されたが、トランプ政権は、弾道ミサイル開発の制限が含まれていない点などを問題とし、5月12日の期日までに修正できなければ離脱する方針を表明している。

棚上げとなっている米EU間のTTIP交渉再開はあるのか

トランプ大統領が、EU、とりわけドイツとの貿易不均衡の大きさに強い不満を抱いていると思われる。

4月13日に米財務省が公表した「為替報告書」でもドイツは、中国、日本、韓国などとともに「為替監視対象国」となっている(表紙図表参照)。(1)対米貿易黒字が200億ドル超、(2)経常収支の名目GDP比が3%超、(3)年間で名目GDP比2%相当の為替介入(ネットの外貨購入)を行っているかという3つの基準のうち2つの基準に適合している国が対象国だ。3つに適合していれば「為替操作国」として制裁対象となる。「為替報告書」は年2回作成されるが、ドイツは、日本、韓国とともに16年4月の報告書から、2つの基準に抵触し、「為替監視対象国」となっている。中国が適合する項目は1つだけだが、対米貿易黒字が突出して大きいために対象国となっている。

米国は、すでに韓国と中国から譲歩を引き出し、日本とも協議の体制を固めた。日本と並ぶ巨額の対米黒字を計上しているドイツにも当然、圧力をかけたいところだろうが、ドイツは通商交渉の権限をEUに委譲しているため、トランプ大統領が好む二国間の通商交渉はできない。EUという多国間の枠組みが交渉相手となる。ドイツは、通貨主権を委譲しており、為替政策の面でも直接圧力をかけることができない。

USTRの「貿易障壁報告書」では、EUの規格や基準認証制度などの貿易の技術的障壁(TBT)に焦点を当てている。手続きが不透明で米国企業に不利益が生じていることや、WTOの要件に適合していないものもあるという。実際、米国のEUの規制の障壁への不満には理解できる面もある。EUには、「化学物質の登録、評価、認可および制限に関する規則(REACH)」のように、ビジネス・フレンドリーとは言えないものが少なくない。

TBTの撤廃によるEU市場へのアクセスの改善という観点から、米国とEUの交渉が、大西洋貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)の交渉再開へと展開するかも注目点だ。TTIPは、13年2月に交渉手続きを開始し、13年7月から16年10月までに15回の交渉が行われていたが、大統領選挙でのトランプ大統領勝利後、交渉は棚上げとなってきた。

TTIPでは、財、サービス、公共調達などの領域での相互の「市場アクセス」と共に規制の相互認証や調和などの「規制の協力」が柱となっており、関税以上にTBTに重きが置かれている。EU内では、米国との規制の協力によって、食の安全が脅かされる、消費者保護、環境規制の水準が引き下げられるとの懸念が強く、交渉が難航していた経緯がある。仮に、協議が再始動したとしても、規制面での米国への譲歩でのEU内での合意形成、市民の理解の獲得は、容易ではないだろう。

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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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