ブルームバーグ2018年4月23日付記事によると、米国の沿岸地域ではハリケーンや洪水など災害の影響で不動産や住宅所有者保険が値上がりし、低・中所得層がほかの土地への移動を余儀なくされているという。

不動産や生活費の高騰により、多くの大都市が低・中所得層にとっては住みにくい環境になりつつある近年、気候変動が同様の現象を引き起こす「気候高級化(climate gentrification)」なる言葉も生まれている。

しかしいずれの高級化も、不動産の高騰を狙った再開発計画や高所得層を誘致する再建計画など、人為的なものであることは明らかだ。大都会や沿岸都市での生活は、やがて富裕層だけの特権となるかもしれない。

フロリダの住宅所有者保険は国内平均の2倍

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(画像=Alexander Demyanenko/Shutterstock.com)

2017年は「ハリー」と「イルマ」という2つの超大型ハリケーンに見舞われた米国。緊急事態管理庁の発表によると、9月、フロリダに上陸し猛威をふるったイルマは、ビッグ・パイン・キーだけでも25%以上の住宅を破壊し、65%以上の住宅に深刻なダメージをあたえた(BBC2017年9月17日付記事)。

フロリダは1992年に「アンドリュー」、2004年に「チャーリー」が上陸した後、建築基準が改正され、80%の住宅がハリケーンへの耐久性を考慮して建てられていた。それにもかかわらず、住宅所有者保険は国内で最も高く、例えば年間自己負担額1000ドル(約10.9万円)、20万ドル(約2186万円)の補償額に対し、掛け金は年間平均3755ドル(約41.2万円)。これは国内平均の2倍に値するという(The Balance2018年3月28日付記事)。

元々フロリダには、富裕層が集まる都市が数多くある。ブルームバーグが国税庁の2015年データを分析した結果、最も住民が豊かな都市、マイアミビーチ(郵便番号FL 33109)の住民の平均所得は250万ドル、パルムビーチ(郵便番号FL33480)は125万ドルだった。

家を失った人々に残された選択肢は3つしかない。壊れた家を修繕するか、もっと頑丈な住宅を探すか、あるいは災害の少ないほかの土地に引っ越すか—だ。修繕、買い替え・借り換えは相当のコストを要する。わざわざお金をかけて住める状態の家を手にいれても、また新たなハリケーンに見舞われるかもしれない。

こうした傾向は全米の沿岸都市に広がりつつある。

災害跡地を高級住宅で埋めたニュージャージー

低・中所得層の家計を圧迫しているのは保険料や修繕費だけではない。住宅価格の高騰が固定資産税を押し上げているのだ。

ニュージャージーのスタッフォード・タウンシップでは、2002年、「サンディ」が住宅3000軒を破壊した。開発者は被害に利益創出の機会をみいだし、災害以前よりも大型で、価格の高い住宅を建てた。その結果、低・中所得層に代わり、高所得層が流れこむこととなった。

スタッフォード・タウンシップ市長によると、かつて20万〜30万ドル(約2186万〜3280万円)あれば家が買えたが、現在は2.50〜3.75倍の資金が必要だという。

新たに建てられた住宅数は、災害で崩壊した家の70%相当—つまり災害前より住宅数は少ないはずだが、住宅価格が跳ね上がったため、固定資産税収は災害前と同じ水準に戻っている。

2017年の「ハービー」では、ヒューストンで1500戸の公共住宅が破壊された(住宅都市開発省調査)。地方住宅当局には修繕や再建の義務はなく、現在までに積極的な動きもみられない。このままなんの対応策も投じられないのではないかと推測される。

2008年、「ドリー」と「アイク」の被害を受けたテキサスでは、1260戸が修復・再建されたものの、569戸が崩壊したガルベストン市ではおよそ半分しか修復・再建されなかったという。

こうした状況下では、低・中小企業層はよりコストの低いほかの都市へと流れていくしかない。

「気候高級化」とは?

南カリフォルニア大学で気候変動を研究する経済学者、マシュー・カーン教授は、「気候高級化」について興味深い分析を行っている。「gentrification」とは、再開発を通して貧困層が多い地域に裕福な層を誘致した結果、地域経済や社会構成が変わる都市開発現象を指す。

通常の高級化は地方議会や都市開発業者が火付け役だが、カーン教授は同じ現象が気候によって生じていると指摘している。そして気候高級化は人々を魅了する沿岸地域にのみみられる現象で、人気のない沿岸地域では起こらないというのだ。

つまり高所得層が流入するか否かは、災害に見舞われるリスクよりも、その土地での生活が魅力的か否かに大きく左右される。高所得層は災害の懸念があっても、生活の贅沢を満喫するためなら投資を惜しまず、人気の沿岸都市はどんどん高級化されていく。やがて元から暮らしてきた低・中所得層は、より生活費の低い地域への移動を余儀なくされる。

この辺りは、ロンドンやニューヨークなどでみられる大都市高級化現象と共通するものがある。住宅費や生活費の高騰で、低・中所得層が郊外へと流され、都心に経済的に余裕のある富裕層が集まる現象だ。

フロリダの社会事業団体カタリスト・マイアミのグレッチェン・ビーシングCEOは、気候変動は環境だけではなく、貧困と個人の財政的保証にとって重要な問題である点を指摘している。

またハーバード大学の調査からは、洪水への懸念から、高い場所に建てられた住宅への需要が高まっていることも分かっている。今後「高い場所」で高級化が始まるかもしれない。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)