株主優待にもESGの波ーー5月5日付の日本経済新聞でそんなタイトルを目にしました。ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字を合わせた用語であり、この3つの要素に着目して投資することを「ESG投資」ともいいます。近年、ESGは企業を評価する物差しとして重視されていますが、その影響は株主優待にも広がっているそうです。
たとえば通常の株主優待では自社製品などを贈ることが多いのですが、最近では「社会貢献型」の株主優待も増えているとか。たとえばメニコン <7780> は絶滅が危惧されるトキの保護基金への寄付をメニューに盛り込んでいるほか、JT(日本たばこ産業) <2914> も優待商品に代えて、東日本大震災及び熊本地震の復興支援に対する寄付を選択することが可能です。野村インベスター・リレーションズの調べによると、株主優待制度を実施する上場企業は1441社、その中で公益法人などに対して寄付をする「社会貢献型」は126社を数え、5年前に比べると7割も増加しているそうです。
株式投資と寄付。この2つは異なる行為のように見えるかもしれませんが、実は共通する部分もあるのです。
「こうなればいいな」を実現するために
そもそも「寄付」とはどのような行為なのでしょうか。「見返りを求めず、善意で金品を贈ること」というのも一つの考え方です。物事には人それぞれ感じ方、考え方がありますが、私自身は寄付とは「こうなればいいな」と思う社会を実現するための行為と考えています。
たとえば、障害者の方々でも安心して暮らせる社会、災害に遭われた人々が希望をもって前向きに暮らせる社会、差別のない社会、ブラック企業のない社会など……読者のみなさんが「こうなればいいな」を実現するための一つの行為、それが寄付です。理想の社会を目指すには、まず「できること」から始めるのが基本です。その「できること」の一つに寄付があると私は考えます。つまり、寄付とは社会参加の一種と考えても差し支えないでしょう。
「理想の社会」を目指す、という意味からすれば企業活動(仕事)も同じです。毎日汗を流して一生懸命働いた成果として「理想の社会」が実現するのであれば、これほど素敵な話はありません。株式投資についても同じことがいえます。理想の社会を実現するために「この会社に頑張って欲しい」、誰もがそんな想いを込めてその会社の株を購入するようになれば、理想の社会は意外と簡単に実現できるのかもしれません。
しかし、現実はどうでしょう? 「寄付とは単にお金を渡すこと」「企業活動(仕事)はお金を儲けること」「株式投資はお金を儲けること」と解釈している人が圧倒的に多いのではないでしょうか。私には理想の社会づくりという最も大切な精神が欠落してしているように思えてならないのです。
東日本大震災を境に寄付市場は拡大
理想の社会を目指すという観点からすると、寄付は仕事や投資に次ぐ「第3の手段」と位置づけることができるでしょう。ちなみに、日本ファンドレイジング協会の『寄付白書2015』によると個人の寄付金は、東日本大震災が発生する以前は年間5000億円前後で推移していました。それが東日本大震災が発生した2011年に1兆円と急増し、その後2012〜2016年も年間7000億円前後で推移しています。つまり、日本の寄付市場は東日本大震災を境に拡大しているのです。
寄付は政党団体や災害支援、環境保全、教育、スポーツなど社会的課題に対する援助のほか、近年はふるさと納税やクラウドファンディングなども登場しています。ふるさと納税は返礼品の話題が先行して、寄付というイメージが少ないのですが、これも立派な寄付なのです。
クラウドファンディングには「投資型」や「購入型」「寄付型」があります。「投資型」は調達した資金でプロジェクトを推進し、それで得た収益を見返りとして配分するというものです。「購入型」は調達した資金で製品やサービスを完成させて、その見返りとしてそれら製品・サービスを受け取るというものです。そして「寄付型」は資金提供に対する見返りは少ないケースが多く、そこで集まった資金は文字通り人々の「共感」や「善意」「支援の気持ち」の結晶といえるでしょう。実例を挙げると「フィリピンの盲学校への支援プロジェクト」「ホームレスのための住宅供給プロジェクト」などがあります。
理想の社会を目指して
先に述べたように、日本の寄付市場は東日本大震災を境に拡大しましたが、それでも世界的に見るとまだ小規模です。たとえば日本の個人寄付金の中央値は年間2300円ですが、米国は同26万円で100倍以上の差があります。これは両国の寄付の経験の差はもちろん、文化的な違いも大きいのかもしれません。こうした状況を加味すると、日本で寄付文化が根付くにはまだまだ時間がかかりそうです。
とはいえ、日本でもふるさと納税やクラウドファンディングなど寄付のすそ野が広がっていることも事実です。繰り返しますが、ひとり一人が高い志を胸に抱きながら仕事や投資、寄付と向き合うようになれば「理想の社会」は意外と簡単に実現するのかもしれません。ちなみに私は5年前からバングラデシュの子供たちを支援しています。毎月負担にならない程度のささやかな金額を継続して寄付しています。もちろん、寄付金控除を使った節税も忘れていません。
長尾義弘(ながお・よしひろ)
NEO企画代表。ファイナンシャル・プランナー、AFP。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『お金に困らなくなる黄金の法則』『保険はこの5つから選びなさい』(河出書房新社)、『保険ぎらいは本当は正しい』(SBクリエイティブ)。監修には別冊宝島の年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。