(本記事は、渡辺林治氏の著書『乱高下あり!バブルあり!2026年までの経済予測』集英社、2018年6月26日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
景気は循環する
経済全体の動きのことを「景気」と言います。景気の特徴は、循環することです。
景気循環とは、景気が底から回復→拡大→ピーク→減速→悪化→底→回復という動きを繰り返すことを意味します。
景気循環は、その長さによって、いくつかの呼び名があります。
短いものには、発見した経済学者の名前にちなんだ「キチン循環」があります。
キチン循環は、工場の生産や在庫と関係するものです。メーカーは、注文を受け、もしくは見込みで生産します。しかし、時に作りすぎて、その一部が在庫になります。在庫水準を適正に保つため、生産は調整されます。
この在庫調整の期間は、これまで40ヵ月程度と言われてきました。しかし、ITの発達によって、その期間は短くなっていると思われます。
約10年周期の景気循環は企業の設備投資によるものとされ、これも提唱者の名前にちなんで「ジュグラー循環」と呼ばれます。
さらに、約20年周期の循環は「クズネッツ循環」、約50年の長期循環は「コンドラチェフ循環」と呼ばれます。
こうした景気循環は基本的にそれぞれの国単位で見られるものです。
しかし、経済の国際化が進み、IT化の影響もあって、景気循環はいまや、地球規模での一体化と短期化が進んでいます。
注目すべき「政策」→「金融市場」→「実体経済」の政策波及プロセスとは?
このような従来の景気循環に加え、現代においては「政策」「金融市場」「実体経済」という3つの順に波及するプロセスが重要になってきています。
「政策」とは、国による金融や財政に関する方針・方策です。
例えば、中央銀行による金融緩和、政府による公共投資、議会がつくる金融規制などの法律。これらはすべて「政策」です。
「金融市場」とは、株式や国債、通貨、原油、金など様々な投資対象が取引されているマーケットを指します。
「実体経済」とは、まさに人々の経済活動そのものです。GDP、物価上昇率、失業率、消費支出額などで測ることができます。
海外の機関投資家が景気を予測する際、この「政策」→「金融市場」→「実体経済」というプロセスを重視します。そこでこれを「政策波及プロセス」と呼ぶことにします。
景気を動かす「政策」の重要性
「政策」→「金融市場」→「実体経済」という「政策波及プロセス」の中で、特に重要なのが「政策」です。
日本人は、政府が打ち出す様々な政策が経済に与える影響の大きさを過小評価しています。短期金利と資金供給量をコントロールし、政府予算を使い、税制をはじめ様々な法律をつくる。
こうした政府の動きは、景気に大きな影響を与えます。
政府や議会を直接動かしているのは、政治家です。多くの政治家は再選を望んでいます。再選の可能性は景気拡大している時のほうが高いです。
したがって政治家は景気拡大を目指します。これは世界の常識です。
海外の機関投資家は日本株に投資する場合、日本政府がどのような方針のもと、いかなる政策を打ち出すのかに注目しています。
2013年9月に安倍総理はニューヨーク証券取引所で日本経済の復活をアピールし、「Buy my Abenomics」と述べました。
日本国内ではやや冷やかに報道されましたが、アメリカの機関投資家は、安倍総理の本気の政策姿勢を評価し、その後日本株を積極的に買い進めました。
海外の機関投資家はほかにも、国債の発行額やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用方針、日銀の金融政策など、日本政府の様々な政策の動向に注目しています。
そして、海外の機関投資家の行動によって、日本の株価が大きく動くのです。
なぜなら、いまや日本の株式市場において、外国人投資家の保有シェアは約2割、売買シェアは実に7割に達するからです。
「政策」は、「実体経済」にも大きな影響を与えます。
例えば、リーマン・ショックが起きたのは、2008年秋です。
そして、消費が一番厳しかったのは、消費支出が前年より約6%減少した、2009年1月です。
景気の悪化を受け、当時の麻生太郎内閣は合計94兆円の経済対策を2回に分けて実施しました。これによって2010年3月には前年比プラス4.4%まで消費が回復しました。
2011年3月に東日本大震災が起きた時、当時の民主党政権は60兆円の経済対策を4回に分けて実施しました。経済対策によってその後、景気は安定を取り戻しました。
2014年4月、消費税率が5%から8%に引き上げられました。駆け込み需要は盛り上がりました。
しかし、その後15年3月に消費は対前年比10.6%減まで落ち込みました。そこで安倍政権は3.5兆円の経済対策を行い、その後再び消費は回復基調に戻りました。
2016年6月、イギリスがEUからの離脱を国民投票で決めた際には、金融市場に動揺が走り、日本政府は約兆円の経済対策を実施しました。
以上のように、消費など実体経済は「政策」と深く関係しています。
政府の役割は、国民生活を安定させ、将来への希望を国民に持たせることにあるからです。国民が困窮し、金融市場が動揺している時には、事態が回復するまで政策を打ち続けます。
だからこそ、政策の動向は重要なのです。
3つの要因をつなぐマネーの流れとは?
「政策」「金融市場」「実体経済」という3つの要因がサイクルになってつながり、景気の拡大や後退を生み出します。
このサイクルを動かすのが、マネー(お金)です。
世の中に出回っているマネーの総量は「ベースマネー」「マネーサプライ」「マネーストック」などと呼ばれます
2018年2月に世界で株価が急落しましたが、これはマネーの動きと関係しています。世界各国で資金供給量の増加率が減速していたのです。
アメリカは3ヵ月前より0.99ポイント減の6.7%、日本は同1.0ポイント減の6.4%、中国にいたっては8.5%と同4.2ポイントも減速していました。
日米の資金供給増加率を比較すると、日本の減速幅のほうがアメリカよりも大きく、円高要因になっていたと思われます。ドル円は3月に104円台まで円高が進みました。
マネーは、公共投資や民間の設備投資、給与、消費など実体経済に流れます。
金融市場にも流れますが、金融市場では、投資家が安全を重視すると、株式より債券に流れます。
逆に、リスクをとって投資をしようという機運が高まると、株式や商品市場へ流れ込むマネーが増えます。
ここでマネー、政策、そして不動産の関係を見てみましょう。
政策的に不動産開発への規制緩和が行われることがあります。
REIT(不動産投資信託)の市場がつくられた時期には、不動産市場に大量のマネーが流れ込みました。
2000年代に、アメリカでサブプライムローン問題が起きた時も、マネーの流れに構造的な変化がありました。
それまで住宅ローンを貸すにはリスクが高いとされてきた低所得者層(サブプライム層)に、どんどん住宅ローンを貸せる仕組みが導入されたのです。
しかし、この仕組みは不動産価格が下がり始めた途端、破綻してしまいました。
確かに、返済能力が低い人でも、不動産価格が上昇していれば転売によりローンを返済できます。しかし、不動産価格が下落すれば、転売は難しくなります。
住宅ローンは返済できなくなり、銀行には不良債権が増加します。そこに複雑な金融商品が絡み合って収拾がつかなくなります。
サブプライムローン・バブルが崩壊したというわけです。
このようにマネーの流れを追うということは、「政策」「金融市場」「実体経済」の動きを先読みするヒントになります。
実際の景気の動きはもっと複雑
景気のメカニズムを単純化して説明しましたが、実際の動きはもっと複雑です。
大事なことは柔軟に対応することです。
「いつでも絶対にこうなる」ということは世の中にありません。
これは景気が金融市場関係者の心理に影響を受けることも関係します。
例えば、金利が上昇すると株式相場は下がるとよく言われますが、実際はそう単純ではありません。
市場関係者の心理がリスクに敏感な時と鈍感な時とでは、同じように金利が動いても株価の動きは変わってしまうのです。
そのため、マクロ経済学者は理論的な説明に困ってしまいます。エコノミストやファンドマネジャーは投資判断に悩みます。
多くの経済理論は、経済の動きを単純化したモデルになっています。また思想や立場が違えば、理論の中身も変わります。
このため実際の経営判断や投資判断を、理論だけに頼って行うのは難しいでしょう。
理論を参考にしながらも、実際には経済のデータを分析し、投資家心理もよく考える必要があります。
データを冷静に見ることが重要です。