反エスタブリッシュメント現象にどう向き合うか

変える力,政策シンクタンクの役割
(画像=PHP総研 金子将史(PHP総研首席研究員))

金子:最近横江さんが出した『崩壊するアメリカ』でトランプ現象について分析していますが、ああいう現象は、エスタブリッシュメント批判なわけですね。

米国のシンクタンクはまさにエスタブリッシュメントで、だからDCの人たちがみんなトランプ嫌いでも、トランプ候補が勝ち残ってしまうわけですよね。イギリスも、エスタブリッシュメントが残留をいかに訴えても離脱派が勝ってしまったわけです。

こういう時代、日本はともかく米欧のシンクタンクは、ある種エスタブリッシュメントの片棒を担いでいるというふうに思われてしまう可能性もありますよね。そういう中でシンクタンクはどうすればいいのか。

横江:共和党系のシンクタンクは冷戦時代に力をつけたので、今の時代に合わせるために、苦労しているところがあります。しかし、オバマ大統領と関係が深い民主党系の米国進歩センター(Center for American Progress)は、これまでになく強くなっています。シンクタンク全般の問題ではなく、共和党、保守派のシンクタンクが多様性の波に乗れていない。ヘリテージ財団もAEI(American Enterprise Institute)もレーガン政権時代に影響力を持つようになりました。そういう共和党、レーガンの時代は、2008年でオバマ大統領が誕生したことで流れが変わってしまった。トランプのような人が出てきたのは、時代の変化を意味しているといえるでしょう。

鈴木:米国では、新しい産業が出てくる時に、企業が幾つかのシンクタンクにお金を出して、規制を変えてもらうような研究をやってもらうようなこともありますよね。

政策シンクタンクは新しいフロンティアをつくっていく時の役割も実は果たしていたりするので、そこを見ないといけないのではないかという気がします。

金子:新しさへの適応という、ある種知的なところはできるかなと思います。しかし、反エスタブリッシュメント的な動きにはどう適応するのでしょうか。

鈴木:今はエスタブリッシュメントではないですが、これからエスタブリッシュメントになろうとする人に対しては多分かなりの力を発揮すると思うんですよ。

反エスタブリッシュメントに対しては、アメリカの場合はもっとグラスルーツとか、いろいろな違った動きがあるので、多分そっちがカバーしていくと思うんですよね。

金子:ここで私はPHPの創設者である松下幸之助のことを考えるんです。松下さんは苦労人だから、こういう時に多分、反エスタブリッシュメントのほうも納得するし、だけど、別にそっちにこび売っているわけでもないというようなコミュニケーションができたんじゃないかなという感じがするんですよね。そういうところも大事なのではないかなと。

知的なほうで洗練していくのも必要なのですが、もう少し肉体言語的なところがないと結局ああいう流れは変えられないのかなという感じもするのです。説得してどうこうではないのかなという感じ。

鈴木:それは難しい質問ですね。多分、民主主義のはらむ問題でしょう。政治や政策は単なる論理だけではなく、情念だったり、社会の雰囲気だったりを抜きに考えられないところがあるので。そういう時にシンクタンクがどれだけ力を持てるか持てないかというのは非常に重要なテーマでしょうね。

金子:もっと参加の側面がないと、押しつけられているだけという感じになってしまうのかなと思います。

鈴木:繰り返しになりますが、民主主義って、政治的要請である「民意」と複数の政策的な「専門性」をどうやってバランスをとりうまくマネージしながらやっていくかという問題なので、それが場合によってはトランプに行ってしまったり、場合によってはナチズムに行ったりするわけですよね。非常に難しい、人類の英知ではまだ完全に解決できていない問題だと思いますね。

ただ、少なくとも、ある程度民主主義的な社会において、政策形成をある程度合理的にやっていくための一つのツールとしてのシンクタンクは意味があると思いますよ。それは否定できない。

横江:アメリカのシンクタンクはいつも同じレベルでいい状態にあるわけではなくて、時代遅れになると倒産しそうになるんですよ。で、時代に合うとまたお金がどっと入ってくる。今は共和党系はシンクタンクも時代に取り残されていますが、反対に言うと、そこからまた新しい時代にあった価値が生まれる可能性はあると思います。そうなると、多分、共和党も変わっていくことになるでしょう。共和党同様、保守系シンクタンクも今ここで落ち込んで、そこから変化して、うまく次の新しい概念をつくっていくのだと思います。

共和党は今、ものすごく悩んでいるわけです。だから、選挙がああいう状態になっている。今までのレーガン的な、小さな政府、世界の警察的な強い軍事、キリスト教的価値観に基づいた社会政策、これが今、どれも票がとれなくなってしまった。だから、時代に合った新しい価値を考えるわけです。そういう時代なのだろうと思います。

鈴木:その絡みで申し上げると、個々の政策シンクタンクにはもちろん栄枯盛衰がありますが、一番重要なポイントは様々なシンクタンクがあることで、それによって社会のいろいろな意見や考え方をうまく政策形成に乗せられるということなのではないかと思います。そういう意味では、シンクタンクは産業として捉えるべきなんです。