要旨
●14 年の消費増税以降、消費は力強さを欠いた動きを続けてきた。消費停滞の理由を解明するための議論は活発に行われてきた一方で、家計は何にお金を使わなくなったのかという点に関してはあまり掘り下げられていない印象を受ける。
●家計の実質消費支出について調べてみると、14 年から17 年の減少率が一番大きかったのは「衣服及び履物」への支出であり、衣類への支出の抑制は幅広い年齢・所得層で確認することができる。家計は、食料などの必需品への支出はあまり切り詰めない代わりに、衣類を始めとした非必需品への抑制を行ってきたようだ。
●このような衣類への支出抑制は家計の節約志向の高まりを暗示しているとみられる。各品目の支出弾力性を見ると、衣類は2番目に弾性値が高く、必需品(基礎的支出)よりも節約がしやす贅沢品(選択的支出)に分類される。実際、アンケート調査でも節約したい品目として衣類が一番に挙がっていることに加え、衣類の平均購入価格からも家計の節約志向が強く表れていることを確認できる。つまり、衣類への支出額減少は家計の節約志向の高まりであり、逆に衣類への支出が増えているときは家計の懐に余裕がでてきたと捉えることができ、衣類は家計の懐事情を映し出しやすい品目であると考えられる。
●このようなことを踏まえて、足元の衣類への支出をみると、天候要因による下押しもあるが、持ち直している気配は見えない。この先についても、9月以降に発生した自然災害による生鮮食品の値上がりが見込まれる中で、家計の節約志向はより強まっていく可能性がある。今後消費が力強さを取り戻していくのかどうかにあたって家計の節約志向のバロメーターともいえる衣類への支出に注目だ。
家計は何に対する支出を抑えてきたのか
2014 年の消費増税が行われて以降、消費はその水準を切り下げ、回復感に乏しい動きを続けてきた(資料1)。消費停滞の理由として、消費増税による家計の実質購買力の低下、将来不安、賃金の伸び悩み、消費に占める年金を受給する高齢者世帯の増加等が挙げられているが、未だ議論の尽きないテーマである。一方、家計は何に対してお金を使わなくなったのかという点はあまり掘り下げられていない印象を受ける。本稿では、家計が何に対しての支出を抑制してきたのか、それが何を意味するのかを紐解いていく。
まず、家計調査で14 年から17 年の品目別の実質消費支出の変化を確認すると(実質化は筆者による)、減少額で一番大きいのは食料、次いで教養・娯楽、被服及び履物(以下では、履物や衣服など身につける物の総称として「衣類」という言葉を用いる)となっている(資料2)。ただ、増減率でみると、衣類が唯一の2桁マイナスとなっている。念のため15 年から17 年、14 年から16 年にかけての増減率も確認したが、衣類の減少率が一番大きいことに変わりはなかった。年収別にみると、低所得者層だけでなく、裁量的な支出の余地が大きい高所得者層でも減少率が大きい。また、年齢別の衣類の減少率を確認すると、40-49 歳においては減少率は小さいものの、幅広い年齢層で減少が確認できることから、特定の年齢層が衣類への支出全体を押し下げているという訳ではないようだ(資料3)。
あわせて、消費構造の変化を把握するために実質消費支出総額に占める各品目の割合についても確認すると、(資料4)食料品を始めとしたいくつかの品目では割合が上昇している一方で、衣類や教養娯楽の割合が低下している。これは、消費支出総額の減少に対して、食料などの生活に欠かせない品目についてはあまり切り詰めずに、その分、衣類等の非必需品への支出を抑えているということだ。では衣類への支出削減は何を意味しているのだろうか。
家計の節約志向を映し出す「衣類」
家計が衣類への出費を絞っているときは、節約志向が高まっているときと考えられる。消費支出が1%変化するときに各支出項目が何%変化するかを表す支出弾力性を見ると(資料5)、衣類は2番目に弾性値が高く、必需品(基礎的支出)と比べて節約のしやすい贅沢品(選択的支出)に分類される。一般的に贅沢品というと、高価な装飾品などを思い浮かべるかもしれないが、家計調査においては支出弾力性が1.00 未満の支出項目は必需品、1.00 以上の支出項目については贅沢品として分類される。
衣類は支出弾力性が高く、且つ、教育などと比べて日常生活において家計の懐事情に合わせて購入先、購入頻度から購入額まで自由に変えやすいことから、家計が節約をしようと考えたときに真っ先に支出削減の対象となる品目であると考えられる。実際、消費者庁が実施したアンケート調査からも家計の節約志向が他のどの品目よりも衣類(ファッション)に強く表れていることが窺える(資料6)。つまり、衣類への支出が減っているときは、家計の節約志向が高まっているときと捉えることができる。逆に、衣類への支出や売上が増えているときには家計の懐に余裕が出てきたと言うことができ、衣類は家計の懐事情を映し出しやすい品目であると考えられる。
また、衣類に強く表れる家計の節約志向の高まりは、支出額の増減だけでなく、平均購入価格とCPI の差からも読み取ることができる(資料7)。CPI では、基本的に同一財・サービスの価格推移を調べている一方で、家計調査の平均購入価格については、実際に家計が購入した金額を購入数量で割ることによって算出される。したがって、家計がより安価な商品を購入するようになれば、平均購入価格の伸び率はCPI を下回る。このため、CPI の上昇率と平均購入価格の伸び率の差は、家計の節約志向を示していると考えられる。平均購入価格上昇率>CPI 上昇率の場合は、家計の節約志向が和らいでいるとき、購入単価上昇率<CPI 上昇率の場合は、家計の節約志向が高まっているときと捉えることができる。衣類の平均購入価格上昇率とCPI の上昇率の推移を見てみると、2012~2014 年では、購入単価上昇率がCPI 上昇率を上回っていることから、この期間では家計の節約志向が和らいでいたということだ。しかし、2015 年からは、CPI 上昇率が平均購入価格上昇率が上回っており、家計の節約志向が高まっていることを示唆している。直近値である2017 年では、平均購入価格上昇率がCPI を大きく上回っていることから、家計の節約志向は以前と比べて一層高まっており、より安いものを選んで購入していることが分かる。手ごろな値段で流行を取り入れた衣類を手に入れられるファストファッションブランドが人気を博しているのも、家計の節約志向の表れと言えるだろう。また、インターネット通販の拡大も平均購入価格の伸び率とCPI の伸び率の差を大きくしている一因になっているとみられる。CPI では一部の品目を除き、基本的にインターネットの販売価格は調査の対象となっていないため、インターネットにおける衣類の価格が下落したとしても、CPI には反映されない。しかし、消費者がインターネットで安くなった衣類を購入すれば平均購入価格は下落し、CPI の伸び率を平均購入価格の伸び率が下回るようになるからである。
足元でも根強く残る節約志向
このように衣類は支出弾力性が高く、支出を柔軟に変えやすいことから、他のどの品目よりも家計の懐事情を映し出しやすい品目である。
以上のことを踏まえて、足元の衣類への支出や売上がどうなっているかを確認すると、天候要因等による下押しもあるが、家計調査で見る衣類への支出は弱い動きが続いている。また、百貨店・スーパーの衣類の販売額をみても、足元で持ち直している様子は確認できず、家計の節約志向は依然として根強く残っているようだ。原油価格の上昇などを起因としたコストプッシュインフレが家計の節約志向の高まりの裏にあると考えられる。また、この先、9月以降に相次いで発生した自然災害による生鮮食品価格の高止まりが見込まれ、これが家計の節約志向を一層強める可能性がある。消費に逆風が吹く中で、今後の消費が力強さを取り戻していくのかどうかにあたって家計の節約志向のバロメーターともいえる衣類の支出に要注目だ。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 エコノミスト 伊藤 佑隼
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