シンカー: グローバルに経済を観察すると、財政政策の動向が大きな役割を持つようになってきているようだ。財政政策が緊縮から緩和に転じ、総需要が拡大し、景気や物価に関するハードデータを支えている。一方で、財政政策の拡大余地が限られている国では、その副作用としての金利上昇や政治的な混乱が、消費者やマーケットの心理に関するソフトデータの下押しになっているようだ。インフレの進行とともに、グローバルに金融政策は引き締めに転じていくことになる。そして、金利上昇への警戒感が強くなれば、財政政策の抑制にもつながってくる。インフレと金利上昇が強い国、または国内貯蓄が不足している国は、経済パフォーマンスが弱体化してくリスクが大きくなろう。一方、産業革命の波にのり生産性の向上に成功した国、または国内貯蓄が過多である国は、インフレと金利上昇圧力は強くなく、財政政策の余地が大きいアドバンテージがある。インフレと金利上昇圧力に対する財政政策の余地とその活用が、今後十数年の各国の経済パフォーマンスの差として現れてくる可能性がある。財政政策の余地があるにもかかわらず、財政赤字と負債残高へのミクロ的視野の狭さからくる過度な懸念によりその活用が妨げられれば、日本はもともと総需要が弱い体質であるため、実力は先頭を走れたにもかかわらず、周回遅れとなってしまうリスクがある。経済パフォーマンスの悪化はポピュリズムを含む社会不安につながり、投資の抑制で生産性の向上が困難となれば、高齢化や所得の減少などにより国内貯蓄が不足し、いずれ悪い形での金利上昇が財政ファイナンスを不安定化するとともに、悪性のインフレに悩まされることになるだろう。財政政策の余地の活用の知恵がより重要で、目先の財政赤字削減に拘ることは長期的な損失を大きくするだろう。一方、財政政策のイノベーションを起こし、生産性と所得の向上に成功すれば、少子高齢化が進行する中でも、社会と財政の安定化が成し遂げられるだろう。来年の消費税率の引き上げが財政緊縮にならないように、どれだけ大規模な景気刺激策がとれるのか注目である。
最新のSGグローバル・レポートと要約
●米国経済(10/29):GDP…財政政策の寄与は今後低下する見込み
2018年第3四半期(Q3)の米国実質GDP成長率は、弊社見込みを上回る3.5%(前期比年率)となった。その結果、2018年の弊社予測は、通年が前年比2.9%に、Q4は前年同期比3.0%に、それぞれ自動的に押上げられた。最近の米国GDPの力強さは、財政刺激策(2018年は見込みより遥かに大きかった)による所が大きい。とはいえ、景気拡大に対する政府支出の貢献は、ピークが近づきつつある。
●欧州経済(10/29):英国:財政見通しの改善分が、全て支出拡大に回る方向
英国OBR(予算責任局)は、政策変更前ベースの財政赤字見通しを、今年度は119億ポンド、2022/23年までの合計では181億ポンド、それぞれ下方修正した。これによってハモンド財務相は、メイ首相が既に公約しているNHS(国民健康保険制度)基金の大幅増額の他に、政府の投資以外の支出を、計画の対象となる5年間で年平均1.2%拡大することが可能になる。OBR は、財政ルールは守られていると評価したが、2020年中頃までに財政を均衡させるという目標の達成は「難しい」としている。財務相はその(財政赤字見通しの改善)分を既に支出に回している。NHSへの支出増加は称賛できるが、ブレグジットを巡る不確実性から「将来への人質」ともいえる面がある。弊社も、ブレグジット交渉は合意に達すると見込んでいる。だが合意しない場合は、(財政赤字見通しの改善で生じた)「貯金」の少なくとも一部を残さなかったことを、ハモンド財務相は後悔することになるかも知れない。
●欧州経済(10/29):ドイツ:メルケル氏が党首辞任を決断…後任と次の展開
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、日曜日のヘッセン州選挙の結果が期待外れに終わった後の本日(29日)に、12月にCDU(キリスト教民主同盟)党首を辞任すると発表した。しかしメルケル氏には2021年末まで首相に留まる準備があり、徐々に権限を委譲する道を残した。またこれでCDUやドイツ政治が短期的に変わることは無いだろう。しかし次回連邦総選挙の時期や、その後の連立政権、政策について現時点でも不確実性が高まった。ドイツはそれまで、ユーロ圏統合を含めた重要な政策への取組みが制限される可能性がある。CDU(およびSPD=社会民主党)が緑の党とAFD=ドイツのための選択肢=の選挙戦から教訓を得られない、ひいては有権者の支持も取戻せないなら、ドイツの政治勢力は細分化された状況が続き、連立政権も不安定になるとみられる。現在のところは(連立政権に参加する各党は)大連立を継続する意向で、CDU/CSU(キリスト教社会同盟)内の緊張が緩和される可能性もあるが、こうした背景でCDUは新マニュフェスト作成に取組むことになる。CDUにとっての次の第一歩は、12月初めに次期党首を決定することだ。
●欧州経済(10/26):ECBは“顕著な”リスクにもかかわらず、QEを終了しようとしている
予想通りだが、本日のECB理事会とその後のドラギ氏の記者会見で、実質的に新しいことは何も明らかにならなかった。注目の経済状況について、ドラギ氏はモメンタムの弱さを認めながらも、上向きという見解のままのようだ。彼はさらに、12月に公表される新しい経済予測の重要性を指摘し、ECBはあらゆる可能性を排除していないことを示唆した。弊社は、12月にQEを終了する路線は、重大なショックがないかぎり変わらないとみている。とは言っても不確実な要素は多く、ECBは12月の理事会で、2019年6月 (ここで?400BN程度のTLTROの残存期間が1年を切る)に先立って新たなTLTROを含めたあらゆる選択肢について考える必要があるだろう。今のところ、ECBはネガティブなニュースについて、経済がより通常の状態に戻ってきていることや、各国の特殊要因(例えばドイツの自動車産業)を理由に挙げている。12月の経済予測は、2021年の見通しが初めて加わるということもあり、極めて重要だ。
●欧州経済(10/26):スペイン:2019年予算…賃金上昇に加速圧力がかかる
ペドロ・サンチェス首相が6月に就任してから、弊社は財政政策が緩和される可能性(リスク)を警告してきた。2019年予算案は、ある程度満足いくものだった。実際も政府は、政府支出の増加につながる策を何点か発表した。その財源は、新税(環境税、金融取引税、デジタルサービス税などや徴税の抜け穴をふさぐこと、および所得税増税である。
総じて言うと、政府は2019年にGDP比0.4%相当の財政引締めを目標にしている。しかし、税収の前提が楽観的で、支出サイドの詳細も示されていないことから、弊社ではほぼ中立的な財政スタンスになると見込んでいる。財政赤字は4月時点の計画を上回るとみられるが、(少なくとも当面は)欧州委員会や市場が懸念する材料にはならない。
スペイン政府は、2019年に最低賃金を25%引上げることも発表した。これは経済全体の賃金ダイナミクスの押上げ圧力になるが、スペイン企業の競争力を脅かすほどではない。ただし、最低賃金引上げで賃金交渉の結果も上振れるなら、インパクトが増幅する可能性もある。
●欧州経済(10/26):英国:秋季財政報告…前倒しで実施しても意義は薄い
英国のハモンド財務相は、秋季財政報告を前倒しで行うことを決めた。ブレグジットを巡る騒動がピークに達する前に行う意図があったとみられる。離脱協定が発表されるまでは、財政監視機関であるOBR(予算責任局)としても、ブレグジットが円滑に実施されるというシナリオに基づいて政府財政を予測するしかない。しかし、ハモンド財務相は合意が成立したすぐ後に、別の予算案を発表するとみられる。
このため10月29日に発表される予算案は、ほぼ意味が無いものとなる。とはいえ財務相は、(メイ首相の公約通りに)「財政引締めの終わり」の実効的な定義を示すことができる。これは、今後5年間での支出の大幅拡大(これを実施するには、ハモンド財務相が政府財政ルールをさらに緩和することが必要になる)を意味することになるとみられる。
ただし、市場がこれに注目するかと言えば、答えはおそらくNOだ。市場は、ブレグジットが大失敗に終わる可能性の方に気を取られている。
●欧州経済(10/24):英国:GDPと政策金利の弊社予測を見直し
十分なデータが集まり、英国の2018年第3四半期(Q3)GDPの弊社予測を見直す良い時期となった。7・8月の月次GDPが力強かったことで、弊社はQ3のGDP成長率予測を前期比0.4%から0.6%に上方修正、また0.7%に上振れるリスクも大きいとみている。だが、景気加速の大部分は今年の春と夏が異例なほど温暖だったことでもたらされる(と見込まれる)ため、Q4は弱い結果になる可能性がある。これと、Q1のGDP成長率が0.1%に下方修正されたことで、2018年通期GDP成長率の弊社予測は1.2%から1.3%への小幅変更(上方修正)に留まった。とはいえ、この結果2019年の弊社予測は、ほぼ自動的に0.9%から1.2%に上振れする形になった。
弊社は今回、金融政策予測も見直した。金融政策委員会(MPC)は、見込み通りに労働市場からインフレ圧力が発生し始めた、という自信を強めつつある。だが、ブレグジットに関する議論が過去にないほど熱を帯びていることで、英国がEUを正式に離脱して混乱が収まる前に、BOEが利上げを実施するとは考えづらくなっている。このため次回利上げ実施時期の弊社予測を、従来の(2019年)2月から5月に後送りする。
●債券市場(10/29):現実と向き合う時
最近の景気指標には物足りなさが感じられ、リスク資産市場の信頼感が弱まってきている。しかし、今後数日中に発表される経済指標は現実を認識させ、このところ顕著な不信感の修正につながる可能性がある。大西洋の両側において、景気や物価に関するハードデータは、今後も金融政策の正常化が続くことを気づかせてくれるはずだ。ここ数日間で後退した中央銀行の引き締め観測は再燃が予想され、それが債券市場の比較的長期のセクターに再び売り圧力をもたらす見通しである。
イタリアの2019年度予算案をユーロ参加条件と調和させることは、すでに多くの人々が難しいと考えている。2019年は日々の予算執行とその管理に焦点が当たるとみられ、現実と向き合うことが求められるだろう。2019年初めに向けて、今は債券相場の膠着状態に耐える時である。
過去の翻訳レポートを弊社のリサーチサイト( https://insight.sgmarkets.com/#/page/japanese )に掲載しています。
また、原文の英語レポートもご覧いただけます。
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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司