12日から13日にかけてフランス・パリで開催されたパリ平和フォーラム(Paris Peace Forum)に出席してきた。今年(2018年)は第一次世界大戦が終結してから100周年である。これを記念してフランスが鳴り物入りで立ち上げた全く新しいタイプの国際会議、いやグローバル・イベントであった。

パリ平和フォーラム
(画像=筆者撮影)

直近において弊研究所が公表した音声レポートでも詳しくご説明したとおり、このパリ平和フォーラムは派手さこそないものの実に様々な気づきを与えてくれる会合であった。私は今回、所属している国際商業会議所(ICC)の中核的な委員会である「G20 CEOアドバイザリー・グループ」のメンバーという立場でこれに招待されたわけだが、会場ではほとんど全く同胞である日本人の出席者の姿を見ることが出来なかった。そこでこのコラムを通じて、パリの現場で何が起こっていたのかを端的にお知らせ出来ればと考えている。

この手の国際会議というとたいていの場合、「本会合」と「分科会」に分かれている。そしてそれらにおいては常に「基調講演者」と「パネリスト」という話す側とそれ以外の参加者から成る聞く側の間に明確な線引きが為されているものだ。今回も恐らくはそうなのであろうと思いきや、全く違っていた点に度肝を抜かれたことを告白しておきたい。

「話す者」と「聞く者」という二分を前提としたいわば対面方式による「本会合」ではなく、円形の舞台をコロセウムの様に聴衆の座席が取り囲んでいた。登壇する者の背後にも聴衆の目があり、油断出来ず、大変な緊張を強いる演出だ。聴衆はQAセッション以外に発言の機会を本会合においては得られなかったが、しかしこの様な特別な演出は通常、この種の会合においてありがちな「話す者だけが持つ圧倒的な優位」を大きく減らすべく貢献しているように見受けれた。

だが、それ以上に大変興味深かったのが、その会場には100を超える「平和」関連の団体・組織・プロジェクトの関係者が全世界から招待され、ブースを開設していたことだ。そしてその間においていくつものミニ・セッション会場があり、「アゴラ」と呼ばれていた。そこでは常に何かがわさわさと議論がなされ、プロジェクトの説明がなされたりもしていたのである。その心地よい騒然とした様子を目の当たりにし、「ここから何かが生まれるように演出がなされている」とフランス政府の意図を強く感じた次第である。

さらに人目を引いたのが、このイベントの目玉として「ハッカソン(Hackathon)」が大々に行われていた点だ。フランス外務省からの出向者が取り仕切る事務局が提示する「課題」に対して、世界中から集まった若いプログラマーやエンジニアたちがデジタル・ツールを用いた解を提示する。そして優秀な解は選ばれ、十分な資金が与えられた上でその実現が確保されるのである。最終日である13日の最終セッションでその最優秀賞が選ばれた時には、私服姿で大勢集まった若いIT関係者たちで巨大な会場はすし詰めになっていた。そしてネクタイにスーツ姿といかにもその出自(フランス外務省)が分かるこのイベントの事務当局における最高幹部らが「選ばれしプロジェクト」を発表する度に大いなる盛り上がりを見せていたのである。その意味では明らかに「お偉いさん」方だけが集まることを許された通常のグローバル・フォーラムとは大いに異なるイベントであったのだ。

フランスは強力な権限を持つ大統領の率いる国家として知られている。文字どおりの「トップ・ダウン」の国なわけであるが、そのフランスの政府当局の意向により「世界の近未来」を話し合うこのイベントではむしろ「修正されたトップ・ダウン」と、その他大量の「ボトム・アップ」がハイライトされていた。ますます積み重なる困難をグローバル社会が抱え込む中、これを解決すべく今必要なのは「集合知(collective wisdom)」であるというのが、「西洋の没落」という流行語が一斉を風靡した第一次世界大戦の時代から100年が経った今現在に立ち向かうフランス、そして欧州社会のリーダーシップが導き出した暫定的な結論であるということを実感した次第である。

さて、先ほど述べたとおり「ハッカソン」を通じて選ばれた最優秀プロジェクトの結果に読者は大いなる関心を寄せているのではないかと拝察する。現場で私もそうであったのだが、その結果がプレゼンテーションされるのを聞いて仰天してことを告白しておきたい。なぜならばそこで選ばれたプロジェクトの題目は、我が国において2020年に開催される「東京オリンピック」を巡る現状に対するアンチテーゼとでもいうべきものだったからである。――――栄えある第1回「パリ平和フォーラム」で最優秀として選ばれたデジタル・プロジェクト。それは「2024年パリ・オリンピックにおける調達を全てオンラインで行うべし」というプロジェクトであった。そのプロジェクト・リーダーたちが語ったプロジェクト概要のポイントはこうである:

●オリンピックにかかるコストが高くなりすぎている。これを効果的に削減するためにそこで必要とされる財・サービスの提供者を募るオンライン・プラットフォームを立ち上げることとする
●このオンライン・プラットフォームには大企業ではなく、むしろ優秀な能力を持った個人や中小企業(SME)の登録が促される
●その結果、大企業の陰で埋もれがちな能力が効果的に発掘され、2024年パリ・オリンピックとの間でマッチングされる。オンライン・プラットフォームは完全なる透明性を保ちつつ運営されるので、その結果、落札価格はより低くなり、しかし同時に客観的に見てふさわしい者が落札することになる

私はこうしたプレゼンテーションを目の当たりにした瞬間に、遠く離れた我が国における現実を思い起こし、身震いすら覚えてしまった。なぜならば今から2年後に開催される東京オリンピックを巡っては我が国の会計検査院のみならず、国際オリンピック委員会までもが「不要な費用をかけすぎているのではないか」と批判の声を強めているからである。しかし当事者である我が国の担当部局はというと、無論表面的にはこれに対応するそぶりを見せつつも、問題の抜本的な解決にはおよそ踏み出していないのが現実なのである。そうした中で我が国国民の間では「しらけムード」だけが早くも漂い始めているのであって、オリンピック開催に向けて必要不可欠なボランティア人材すら集まらないのではないかと危惧され始めているのだ。そうした中で我が国は着実に公的債務残高(国の借金)を加速度的に積み上げてきているのである。最後の最後は後者がハイパーインフレーションを引き起こし、もはや「五輪どころではない」という状況が生じる可能性が現実味を帯び始めているというのが弊研究所のかねてからの分析である。そしてそのことがもたらすインパクトとその語の展開可能性については、弊研究所が半年に1回公表している予測分析シナリオであらかじめ描き出してきたとおりなのである。

「トップ・ダウン」によってオリンピックを相も変わらず利権構造の巣窟として平然としている東京。「ボトム・アップ」により徹底したコストダウンを図り、同時に透明性を確保することにより、一般市民レヴェルの手でオリンピックを再構築させるための仕組みを早くも打ち出し始めたパリ。これら二つのコントラストが秋空のパリの下ではっきりと見えた瞬間、私の脳裏にはもう一つの悲劇的な近未来が浮かんだのである。

「トーキョーでの大失敗の後だからこそ、パリでの大成功はより一層引き立つことになる。我が国は無論、世界の笑いものになり、欧州、ひいては西洋全体の優位が強く印象付けられることになる」

私たち日本人が全く気づかない間に、世界史は着実に動かされ始めている。近未来の新しい枠組みに向けて、である。国際社会全体から嘲笑されるという汚辱を避けるためには、最後の最後にデフォルト(国家債務不履行)という引き金が引かれなければならないのかもしれない。そう強く想ったパリでのひと時であった。ニッポンが、危ない。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

原田武夫 (はらだ・たけお)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所代表取締役 (CEO)。社会活動家。
1993年東京大学法学部在学中に外交官試験に合格、外務省入省。アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を最後に2005年3月自主退職。2007年4月同研究所を設立登記、代表取締役に就任。多数の国際会議にパネリストとして招かれる。2017年5月よりICC(国際商業会議所) G20 CEO Advisory Groupメンバー。「Pax Japonica」(Lid Publishing)など日独英で著書・翻訳書多数。