シンカー:毎月勤労統計の調査方法の問題が、統計に対する信頼度を低下させているようだ。すべての統計には何らかの調査バイアスがあるとみられ、エコノミストは他の関連統計との整合性を必ずチェックしなければならない。今回は、昨今の総賃金の結果が、調査方法の問題による誤ったものなのか、他の関連統計でも整合的なものなのか判断する必要がある。総賃金のトレンドは、失業率(労働需給)を左右する中小企業貸出態度DIの「見えざる手」と、企業と政府の支出する力であるネットの資金需要の「見える手」で、うまく説明できることが分かっている。2018年7-9月期の総賃金の前年同期比は4四半期移動平均で+2.6%となっている。モデルによる推計値も+2.7%となっており整合的である。毎月勤労統計の調査方法の問題が、賃金拡大の結果を覆すことにはならないだろう。またはこれまで毎月勤労統計の下方バイアスで賃金上昇が弱くアベノミクスはうまくいっていないという判断を下してしまっていたのであれば、今後は整合性のチェックをしっかりする必要があるだろう。2014年度以降の経済ファンダメンタルズの改善対比で過度な財政緊縮がネットの資金需要をまた消滅させ、総賃金の拡大も抑制し、アベノミクスのデフレ完全脱却への動きを鈍らせてしまっていると考えられる。アベノミクスの中での最大のネットの資金需要であった-3%が継続し、そのリフレの力でDIも+25まで上昇していれば、推計値は+4.2%となり、家計が景気拡大をもっと強く実感できていたであろう。
毎月勤労統計の調査方法の問題が、統計に対する信頼度を低下させているようだ。
すべての統計には何らかの調査バイアスがあるとみられ、エコノミストは他の関連統計との整合性を必ずチェックしなければならない。
今回は、昨今の総賃金の結果が、調査方法の問題による誤ったものなのか、他の関連統計でも整合的なものなのか判断する必要がある。
アベノミクス以前は、日本経済の総賃金は縮小傾向にあり、高齢化などの人口動態によりしかたがないものとみなされてきた。
しかし、アベノミクスによる景気拡大とリフレの結果、総賃金はしっかりとした拡大に転じた。
人口動態には大きな変化はないため、それ以外の要因が総賃金を拡大させたとみるべきだろう。
マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。
1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。
恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(財政赤字を過度に懸念する政策)で政府の支出は過小で、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がほぼゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっていた。
1990年頃はしっかりとしたネットの資金需要(GDP対比、マイナスが強い)が存在し、家計に所得が回るメカニズムが存在した。
しかし、それ以降にネットの資金需要が消滅に向かい、そのメカニズムが毀損したことが、総賃金の縮小トレンドにつながったとみられる。
総賃金のトレンドは、失業率(労働需給)を左右する中小企業貸出態度DIの「見えざる手」と、企業と政府の支出する力であるネットの資金需要の「見える手」で、うまく説明できることが分かっている(1996年からのデータ)。
総賃金=-0.33+0.19中小企業貸出態度DI(2四半期先行)-0.23ネットの資金需要-0.44総賃金の4四半期ラグ、R2= 0.79
総賃金の縮小トレンドは、ながらく少子高齢化を含む人口動態が原因と考えられてきたが、その影響は実際には大きくなく(定数の-3.5%程度)、ネットの資金需要を膨らますリフレ政策により十分にオフセットできることが分かった。
2000年代に失業率が大きく低下しても総賃金が縮小トレンドから脱却できなかったのは、ネットの資金需要が消滅していたからであると考えられる。
失業率の低下とともにネットの資金需要が復活したアベノミクス前後から、総賃金が拡大トレンドに転じたことも説明できる。
しかし、2014年度以降の経済ファンダメンタルズの改善対比で過度な財政緊縮がネットの資金需要をまた消滅させ、総賃金の拡大も抑制し、アベノミクスのデフレ完全脱却への動きを鈍らせてしまっていると考えられる。
2018年7-9月期の総賃金の前年同期比は4四半期移動平均で+2.6%となっている。
モデルによる推計値も+2.7%となっており整合的である。
毎月勤労統計の調査方法の問題が、賃金拡大の結果を覆すことにはならないだろう。
またはこれまで毎月勤労統計の下方バイアスで賃金上昇が弱くアベノミクスはうまくいっていないという判断を下してしまっていたのであれば、今後は整合性のチェックをしっかりする必要があるだろう。
アベノミクスの中での最大のネットの資金需要であった-3%が継続し、そのリフレの力でDIも+25まで上昇していれば、推計値は+4.2%となり、家計が景気拡大をもっと強く実感できていたであろう。
図)総賃金
図)失業率と日銀短観中小企業金融機関貸出態度DI
図)ネットの資金需要
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司