シンカー:中央銀行のハト派的スタンスが強まっている。グローバルな貿易摩擦やブレギジットを含む政治問題が長期化する中、実体経済への悪影響に対する警戒感が強まっているようだ。同時に今までの景気拡大サイクルがピークアウトし、循環的な景気減速局面が近づいていることも、中銀関係者をハト派的にしている理由だろう。ただ、7-9月期に弱まったハードデータは10-12月期にリバウンドの兆候を見せていることから、政策関係者も直ちに金融政策を緩和的にし、実質経済をサポートする必要は無いとは見ているようだ。ただ、先行きに対する楽観によるタカ派スタンスは景気減速を早めてしまうリスクも意識しているようであり、ハードデータが明確に転換していないか見極めるために様子見姿勢は当面続くと考えられる。マーケットではハト派的な政策スタンスが好感され、リスク資産価格は昨年末の大幅な下落から回復してきている。しかし、景気減速に対する警戒感はまだ強く、反発も限定的でミクロ要因の影響を受けやすい状態が続いている。市場参加者もマクロデータの転換を見極めるための様子見姿勢を維持する状態は当面続くことになるだろう。

金融政策見通しの変要

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

1月FOMCの声明では、FRBが「辛抱する」ことを明示し、「ある程度の追加利上げを徐々に進める」という文言が削除され、Fedの様子見姿勢が強まったことが示された。2019年には2回(6月と9月、従来予想の3月と6月から後ズレ)の利上げに踏み切ると今のところ考えているが、3月の経済見通し次第では、利上げ回数が1回または無しとなる可能性が高まっただろう。また、FRBはバランスシート正常化に関して独立した声明を発表した。FRB声明のインプリケーションは、パウエル議長も述べたように「ポートフォリオ規模の正常化が、従来推定より早く、また規模が大きい状況で完了する」であると考えられ、Fedのバランスシート縮小は従来マーケットが予想していたより早期に終了する可能性がある。

昨年末から欧州の経済指標に弱さが目立つ中、ドラギ総裁は、今後もECBがTLTROも含む他の金融政策ツールを引続き検討すると述べている。2019年6月に?400bn程度のTLTROの残存期間が1年を切ることに先立ち、新たなTLTROを含めたあらゆる選択肢について考える必要があるだろう。次回の政策会合までの指標が判断材料となり、3・4月にこうした議論が活発化すると見込んでいる。政策金利に関しては、引き続き、2019年9月に預金金利のみに15bpの利上げ、その後12月と翌3月に全ての政策金利に25bpの利上げが実施されるとみている。その後は米国のリセッション入りにより、追加利上げは停止する見込みだ。

日銀が、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続することになろう。デフレ完全脱却に向けて財政政策を緩和するとみられる政府とポリシーミックスの共同歩調をとるため、政府・日銀ともに2019年10月の消費税率引き上げに対する警戒と景気下押し緩和対策の必要性が認識されていることもあり、日銀の長期金利の誘導目標自体の引き上げは消費税率引き上げによる景気底割れが回避されたことが確認できるまで先送りされることになるだろう。

PBoCは景気減速を避けるために緩和を行いながらも、金融規制の見直しを続けていくだろう。景気後退懸念が高まる中、RRR(預金準備率)引き下げを行ったが、さらに金融システミック・リスクの回避のために複数のツールを使い追加緩和政策を行う可能性がある。貿易戦争懸念とFRBとPBoCの金融政策の違いにより、人民元への低下圧力は続くだろう。

BOEのカーニー総裁を含むMPC参加者はブレギジットを50日後に控える中、EUとの合意に達していない状況に危機感を強めているようだ。「ブレグジットに伴う混乱が完全に影響するため、バランスは下方に強く傾いており、現時点で政策を引締めることは全く愚か」という結論に達しているようであり、MPCが今後利上げに踏み切るハードルは高まっているようだ。

米国(Fed)

●FFレート(1月末時点:2.25%-2.50%):

予想:2019年に6月と9月に25bpの利上げを予想しているが、利上げが1回または無しになるリスクは高まっている

12月の利上げでFFレートの誘導目標は2.25%-2.50%になった。1月FOMCの声明では、FRBが「辛抱する」ことを明示して、「ある程度の追加利上げを徐々に進める」という文言が削除され、Fedの様子見姿勢が強まったことが示された。2019年には2回(6月と9月、従来予想の3月と6月から後ズレ)の利上げに踏み切ると今のところ考えているが、3月の経済見通し次第では、利上げ回数が1回または無しとなる可能性が高まっただろう。

12月のFOMC後のマーケットの反応はFedが想定していたものよりネガティブだったため、FRB関係者は今後の利上げは経済指標次第であり、Fedは「辛抱強くなる」とのメッセージを発信し続けていた。1月のFOMCの声明文はそのメッセージをより強める意図があったと考えられる。リスクバランスに関しても、「総じてバランスしている」という節が削除され、リスクバランスが下方に傾いたと示唆する文言が新しく挿入された。しかし、実際は、経済活動の拡大や力強い労働市場が持続され、インフレ率が目標の2%近くになることが「最も可能性が高い結果」というスタンスには変更は無いようだ。パウエル議長は今年中に追加利上げを行うという見込みを完全には否定していないが、追加利上げが疑問視するようになったことは、ほぼ確実だ。

●バランスシート縮小(12月時点:約4.111兆円)

予想:バランスシート縮小が従来より早く終わる可能性が高まった

FRBはバランスシート正常化に関して独立した声明を発表した。FRB声明のインプリケーションは、パウエル議長も述べたように「ポートフォリオ規模の正常化が、従来推定より早く、また規模が大きい状況で完了する」だろう。同氏が「推定」と言ったのは、「各種調査や市場全体の見方」を指している考えられる。ニューヨーク連銀がプライマリーディーラーを対象に行ったアンケートでは「2020年末のバランスシート規模をどう見込むか」(2018年末時点では4.123兆円)の回答が2018年3月時点では3兆-3.5兆ドルが51%、3.5兆-4.0兆ドルはわずか18%だったが、2018年9月時点では、3兆-3.5兆ドルのレンジが34%に低下する一方、3.5兆-4.0兆ドルのレンジは31%に上昇していた。

●FOMCメンバー(2018年末時点で理事空席が2席)

予想:空席が残るがFRBの政策に大きな変化はないだろう

4月にFRBのコミュニティバンク担当理事に指名されたミシェル・バウマン氏は上院から承認され、11月からFOMCメンバーに加わった。一方で、2017年11月に理事へと指名を受けたマービン・グッドフレンド氏は未だ議会で承認されておらず、9月に指名されたネリー・チャン氏は今年に入って指名を辞退した。2019年からはFOMCで投票権を持つメンバーとして、よりハト派的な連銀総裁(セントルイス連銀のブラード総裁)とよりタカ派的なの連銀総裁(カンザスシティー連銀ジョージ総裁)が同時に参加したことで、FOMC参加者構成で政策スタンスが大幅にどちらかに傾くことは無いだろう。

ユーロ圏(ECB)

●金融緩和政策(TLTROが2019年6月で終了)

予想:ECBは3月・4月の会合でTLTROの議論が行われるだろう。再投資は初回利上げ後も長期間継続されるだろう

ECBは2018年10月の政策会合で示した通り2018年12月にQEを終了した。今後の再投資の満期、行うタイミング、資産クラスの変更は主にテクニカルなもので、各国への影響はほとんど無いと考えられているが、キャピタルキーが基準の一つになるだろう。昨年末から欧州の経済指標に弱さが目立つ中、ドラギ総裁は、今後もECBがTLTROも含む他の金融政策ツールを引続き検討すると述べている。2019年6月に?400bn程度のTLTROの残存期間が1年を切ることに先立ち、新たなTLTROを含めたあらゆる選択肢について考える必要があるだろう。次回の政策会合までの指標が判断材料となり、3・4月にこうした議論が活発化すると見込んでいる。

12月のECBスタッフ予測で、比較的強気な景気見通しに大幅変更は無かった。コアインフレ率の修正幅は少し大きめで、現時点(修正後)では2020年が1.6%、2021年が1.8%となっている。その後の経済指標に弱さが目立つ中、1月の政策会合では欧州経済のリスク判断が下方修正され、ECBの足許の景気動向に対する楽観は残っているものの、先行きに関しては警戒感を強めていることが示された。内需にリスクがあることで、ECBが流動性支援策の実施や、金利フォワードガイダンスの変更(利上げ時期を遅らせると示す)を強いられる可能性があることも認識しないといけないだろう。また、TLTROの詳細デザインが難しくなる可能性があり、3月にTLTROの実施を発表した後に、テクニカルな詳細を4月に示すことが必要になるかも知れない。

●政策金利(12月時点:預金ファシリティ金利:-0.40%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:2019年9月には預金金利の利上げを行い、12月と翌3月にすべての政策金利の利上げに踏み切るだろう

経済に対するリスクが高まっている中、今後ECBの利上げをめぐる議論が再び白熱しても驚きではない。初回利上げが近づくにつれ、ECBが考える金利パス(金利の道筋)の見通しがますます興味深くなるだろう。ECBは2019年9月に預金金利(現在-0.4%)のみ15bpの利上げを行うだろう。その後、2019年12月には全ての種類の政策金利(リファイナンス金利が0.0%、限界貸出金利が0.25%)が25bp引上げられ、中銀預金金利は従来と同じゼロに達する可能性があるだろう。その後2020年にもう一度全政策金利に25bpの利上げがあった後、米国のリセッション入りによりこれ以上の追加利上げはないとみている。

日本(日銀)

●誘導目標(12月時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:次の政策変更は消費増税の影響を確認した後に長期金利の誘導目標を引き上げ

日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。2019年度の成長率については9人の政策委員の内5人が、物価についても8人が下振れリスクをみているため、「経済・物価ともに下振れリスクが大きい」との判断が維持され、しばらくは中立化することはないだろう。「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続することになろう。デフレ完全脱却に向けて財政政策を緩和するとみられる政府とポリシーミックスの共同歩調をとるため、政府・日銀ともに2019年10月の消費税率引き上げに対する警戒と景気下押し緩和対策の必要性が認識されていることもあり、日銀の長期金利の誘導目標自体の引き上げは消費税率引き上げによる景気底割れが回避されたことが確認できるまで先送りされることになるだろう。

●マイナス金利政策(12月時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約25兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除

日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。

中国(PBOC)

●政策金利(預金準備率(RRR):13.50%、7日間リバースレポレート目標:2.55%)

予想:緩和は既に始まっており、追加の緩和策も見込まれる

景気減速の懸念が高まる中、システミックな金融危機の回避がPBoCの優先事項の1つであり、そのためには、銀行にとっての比較的安定した流動性状況を維持する必要がある。RRRはすでに引き下げられ、信用拡大を支えるために、銀行間金利の低下が実施(誘導)される可能性もある。PBoCは更に800億元のMLF(中期貸出ファシリティ)の拡大にも踏み切る。

今後、さらに、様々なツール(リバースレポ、SLF/常設貸出ファシリティ)での緩和策を実施するかもしれない。民間および中小企業向けの貸出を支援する目的での追加緩和(再貸出割当ての拡大、MLF担保を拡大して対象となる民間債券を増やすなど)や、四半期MPA(マクロプルーデント評価)を通じた貸出インセンティブ民間銀行へのインセンティブ提供なども考えられる。その結果今年は、銀行融資伸び率が現状よりも高くなると弊社は見込んでいる。

中国の景気減速が進む中、金融・財政政策のサポートは強くなるだろう。減税や料金引下げを通じた拡大的な財政政策も進められているが、効果が実感されるには比較的時間がかかるだろう。インフラ投資を通じた景気刺激策も拡大されるだろうが、地方政府のシャドー借入れに対する規制強化によって、規模が限定されることにもなろう。

●為替政策

予想:人民元は下落圧力を受けることになるだろう

FRBとPBoCの金融政策に差があること、市場が貿易戦争(への発展)を恐れていることが背景に挙げられる。PBoCは為替ボラティリティ上昇を許容する意向を示してはいるが、政策コミュニケーションと市場介入を通じた、人民元に対する強い下落圧力を緩和する取組みを今後も続けると見込まれる中国が報復手段として通貨切下げを使う可能性は、引き続き非常に低いと考えている。

英国(BOE)

●政策金利(12月時点:0.75%)

予想:次回の利上げは2019年11月だが、BoEが利上げに踏み切るためのハードルは高まっただろう

12月の政策会合で、MPCは予想通り政策金利を0.75%で据え置くを決定した。2月の政策会合でも政策据え置きが満場一致で決定された。カーニー総裁を含むMPC参加者はブレギジットを50日後に控える中、EUとの合意に達していない状況に危機感を強めているようだ。「ブレグジットに伴う混乱が完全に影響するため、バランスは下方に強く傾いており、現時点で政策を引締めることは全く愚か」という結論に達しているようであり、MPCが今後利上げに踏み切るためのハードルは高まっただろう。

2月の政策会合では新しいインフレ・レポート(経済・物価見通し)が発表され、予想は大幅に引き下げられた。引き下げ幅は2016年のブレギジット投票以来の下方修正され、新しい経済見通しでは2019年予想が1.2%(11月時点では1.7%)となった。また、英国経済がリセッション入りする可能性も高まったことが示され、インフレ上昇率も従来より緩やかになるとの見方に変わっきているようだ。ブレギジットに関しても、合意なき離脱となると、景気後退リスクは更に高まるリスクも意識されているようだ。ただ、中央銀行の政策ガイダンスは維持され、今後のブレギジットに関する進展などに対する様子見姿勢を強まったことが確認された。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司