いかに相場の流れを読み、荒波を乗り越えて「億り人」になるのか――。相場に対する考え方や、投資で勝ち抜くための秘訣、資産を築くためのお金や時間の使い方などを、億り人が億り人に聞く連載『億り人の投資哲学 JACKが聞く「勝利の法則」』。今回の対談相手は大学時代から株式投資を始め、そのまま専業投資家として「億り人」となったtyunさん。
ゲーム好きの大学生がいかにして専業投資家となったのか、そして、投資で勝つための考え方、今の相場の見方などを聞いた。今回は、投資を始めたきっかけや投資に臨む考え方について。(聞き手:JACKさん、編集:押田裕太)
目次
小学生の頃から株に興味が。その意外な理由とは?
――まずは投資を始めたきっかけから、教えてもらえますか。
投資を始めるというか、投資に関心を持ったきっかけは、祖父でした。僕が小学生の頃から祖父が株をやっていまして。そういうのを間近で見ていたこともあって、早くから興味がありましたね。中学生ぐらいになると、友達と「為替が80円台になるかどうか」を賭けて遊んだりもしていました。
――スポーツに打ち込んだり、女の子に関心を持ったりとか、そちらへの興味はあまり湧かなかった?
通っていたのが男子校で、結構そういうマニアックな人が集まっていたので、あまりそうしたことには関心は向かなかったですね。ちょっと、投資の関心ばかりが伸びちゃった感じです。
――株価などの数字の値動きあたりが楽しかったのでしょうね。
そうです、そうです。小学生の頃は、ほとんど全部の数字が上がったかと思えば、全部が下がることもある、ということに興味を引かれて。最初はどうして、そうなるのかがわからなかったけれど、少しずつ知識が付いてくると、なんとなく分かってくるのがやっぱり楽しかったです。
実際に、投資にかかわり始めたのは大学生の頃で、最初はネットゲームがきっかけでした。ゲームの中に、バーチャルで株式取引をやって、ランキングを競うというものがあって。当時は1万5000人ぐらい参加していたのですが、やってみると、結構上位の成績、100位200位ぐらいとかをコンスタントにとれる。そんなこともあって、「これ、いけそうだな」と思ったのが、投資を始める直接のきっかけですね。
そこから、まずは元手を貯めるためにアルバイトを必死にやって、バイトのない日にもパチンコに行って景品を換金するとか。僕と同じ世代の人はだいたい、そうやって元手を貯めているのではないでしょうか。
――最初は、元手が必要ですからね、遺産とかが入ってくるわけではないから。でも、そうやって貯められたのは、スタートとして、よかったですね。
それができたのは、僕の世代がギリギリ最後ぐらいではないでしょうか。僕らより年下になると、射幸性を抑えるといってパチンコの出玉規制も厳しくなりました。男子大学生のアルバイトといったら、時給1000円ぐらいにしかなりませんでしたから。それだけでは厳しい。
サークル感覚で投資に没頭 人から得る情報とネット調べる情報の違い
――ゲームで始めた人たち同士での交流もあったの?
僕とほぼ同時期にゲームをきっかけに株を始めた人もいて、最初の頃からそういう人たちとコミュニティーができて、みんなで楽しくワイワイしながら、やっていました。みんなで飲んだり、麻雀やって楽しんだり、夜中に遊びに行ったりとか、そういったコミュニケーションがありました。
――大学のサークルみたいな、雰囲気っていうかね。投資家同士だから、やっぱりパイの奪い合いみたいなところもあるけど、お互いにいい関係でいられるというのはいいね。
投資始めて半年ぐらいで、そういったグループで積極的に遊ぶようになって。そこでやる気が維持されたというのも、すごく大きかったかもしれません。
――投資というのは基本的に1人でやるものだけど、すべて1人でやるには限界がある。そういう仲間と切磋琢磨し、互いに学びながらやっていくというのは、株に限らず大事なことでしょうね。
情報を取集するためだけだったら、TwitterとかSNSがありますけど、モチベーションの面で違う。そもそも「どの情報を参照すればよいのか」ということは、1人ではなかなか分からないので。
――人から話を聞くと、ただ情報を得るだけはなく、そこにアドバイスが入っていたり、その人なりのフィルターを通した情報になっていたりしますよね。そこが、ネットで拾ってくる情報とは違う。
それは本当に強く思います。だから当時の仲間には今も大変感謝しています。
一期一会じゃないけど、そうした出会いが意外に大きいよね。メンターとか、恩師だったり、友達だったり。別に後輩であっても。結局は人との出会いですよね。当時の仲間とは今も続いているわけでしょ?
仲間の顔ぶれもずいぶん、変わってしまって。当時の仲間は、誰が何をしているかぐらいは知っているという感じですかね。でも、株を辞めてしまった人でも、うまく成功している人が多くて、いろいろ面白い人がいます。保育園の経営始めて成功させた人や楽器商で成功している人もいます。
アルバイトとパチンコで貯めた100万円でスタート
――投資歴はどのぐらいになりますか。
2005年の末からだから、14年ですかね、あっという間ですね。もう、株仲間からも、若いとはなかなか言ってもらえなくなりましたね。今はアベノミクスから始めた人が多いので。
――ずっと専業で?
そうですね、そのまま。社会人経験がないまま専業でやってきて。今になって、なぜか会社の取締役に就いたりして、不思議な経歴になっています。
――「大学を出て、ちょっとこの企業で働いてみよう」とか「事業を始めてみよう」とか、そういう欲とか誘いとかもなかったの?大学生だと、当然、周囲は就職活動をしているわけでしょう。
事業を始めることは考えていた時期もありましたが、本当に人を使うのがすごく苦手で。たとえば、パチスロをするにしても、本当に効率を求める人は、儲かるシステムを作ってしまうじゃないですか。玉が出そうな台を自分で見定めて、人を雇って打たせるとか。そうやって事業みたいにしてしまう人が。
でも、そういう人やシステムをうまく使う能力が、僕にはあまりなかった。それに、自分でいろんなことを調べて、他人を使うのではなく、自分でやりたいという気持ちも強かったです。すると、僕に向いているのは、起業なのか、就職なのか、投資なのか、といろいろ考えてみた結果、「そうだ、株やってみよう」って思った。結構軽い考えではあったのですが、そんな感じですね。
――あんまり、いないかもしれないね、小学生、中学生頃から数字を知っていて、就職もしないで、という人は。
多分、変人なんですよ。その辺は(笑)。
――就職をしないと決めて、経済的な不安とかはなかったのですか? 親にさんざん言われるとか。
不安はありましたけど、僕の先輩の世代が、ちょうどロスジェネ世代にあたりましてね。先輩たちを見ていると、就職にもすごく苦労していて、そういう厳しさを見ていたので、逆に「もう恐れるものもないかな」という感じでしたね。
祖父が株をやっていたのをずっと見てきたというのもあって、一般の家庭よりはまだ理解があったと思います。それに、僕は小さな頃から数字に強かったので、「もしかしてやれるかもしれない」と思ってくれていたのではないかな。
ただ、それなりの目途が立つまでは相当言われましたね。
――たとえば「2年やってだめだったら辞めよう」とか、「1年だけ」とか、何か期限は設けなかったのですか?目安とか、目標とかも決めずに。
興味本位に始めてみたのが2005年の夏から秋ぐらいでして、相場がすごくいいときでした。だから、その年の間に1000万円ぐらいにあっという間に増えてしまったのです。今考えると、あの相場だから、うまくいったというだけですよね。違う時期に始めていたら、「もう、こんなのは辞めよう」ってあきらめていた可能性もあると思います。
――確かにね。「運」というのか「流れ」というのか、「巡り合わせ」というのか。その場に居合わせるということが、意外に重要ですね。株に限らず投資の世界って。
それは、とても重要だと思います。
――最初の投資資金っていうのは、どのぐらいの額で始めたのですか。
最初に入金したのは100万円だったんですけど、そのあと、ちょっと「いけるかな?」と思ったので、バイトとかで貯めたお金などを次々投入しました。そうやって、徐々に増やしていって、初年度はだいたい300万円ぐらい入れた感じですね。
元金入れたのは、もう最初の1年ぐらいですね。その後は、利益を回して回してっていう感じです。
――結構、順調に稼いでいけたという感じですね。
最初は本当についていましたね。あの後、ライブドアショックを浴びて、早々にビビってしまって。それからは、「ずっとパンパンで持っていよう」みたいなスタイルではなく、「売りも買いも両方してポジション持ちすぎないようにしよう、短めの時間軸にしよう」って、すぐに方向転換しました。
――そういう柔軟性があるというか、読みが当たったというかね。
当時は柔軟だったのかもしれないですが、そのせいでアベノミクスの出だしのときに全然伸びなかったような気もしますから、「良い面と悪い面の両方かな」と考えています。
――まあね、慎重になると、ついつい小銭で利益を確定させてしまうから、大きくはとれないという面はあるよね。
理想をいうとJACKさんのように引き出しが多ければいいのですが。JACKさんのやり方には、僕には思いつかないような発想があるので、「ああ、なるほど」と参考にというか、いただいちゃっています。すみません(笑)。
投資で一番面白さを感じる瞬間は「読み」が当たったとき
――尊敬している投資家はいますか。