「一日ワンクリックの作業で月収100万円!」
「南国ビーチでのんびり過ごしながら自動的に稼ぐ!」

そんな景気のいい話にすっかり騙され、一度は人生を棒に振ったのが元ニートの「T氏」だ。彼は大学時代にコンビニでバイトをしたのを最後に、「人に使われて働くくらいなら自殺する」と公言し、それから一度も社会で働いたことがなく、親のすねをかじり続けて生活をしていた。

そんなT氏は20代も30代もまったく稼ぐ事ができなかった。だが、あるビジネスにより今や彼は投資銀行のトレーダー並の年収を稼ぎだし、お金持ちの仲間入りを果たした。彼を高額所得者に変えたものは何だったのだろうか。

ノウハウコレクターからスタート

ニート,アフィリエイト
(画像=PIXTA)

T氏は失敗から始まった。働きたくないあまり、実家でスネをかじりながら、親のお小遣いで情報商材を買い漁っていた。せどり、転売、輸出ビジネスと次々と手を出した。そのうち、「アフィリエイト」の存在を知ることになる。T氏は軌道に乗せれば半自動的に稼げるアフィリエイトに人生をかけることにしたという。

彼はアフィリエイトの稼ぎ方のノウハウを買いあさり、朝から夜まで記事を書いて挑戦をした。必死に頑張って稼げるようになったのは1ヶ月で4,000円。翌月はもっと頑張ったが、稼いだのは3,000円だった。

社会人として活躍をする周囲の友人に焦りを感じるT氏。日々、ネットビジネスに取り組み続けていつの間にか20代が終わり、30代前半に、そして半ば、30代後半へと年だけはドンドン取っていく。「働いたほうはるかに効率が良い」その事実と向き合うことを避けるために、T氏はめげずにアフィリエイトに挑戦し続けた。長年継続してきたことで、なんとかギリギリ親からのお小遣いをもらわないで済む金額を稼げるようになったが、月収は20万円前後で人生を後悔していたという。

人生を変えた情報との出会い

T氏の運命を変えたのはある情報との出会いだ。彼は1人でネットビジネスに挑戦していたが、ふとしたご縁で、ネットビジネスの成功者の集まるパーティーに参加した。普段はこうしたものには一切参加しないのだが、その時は「いってみよう。何か面白いものと出会えるかもしれない。」という不思議なインスピレーションが働いたという。

彼はそのインスピレーションは、まさに正解だった事を後に知ることになる。パーティー会場でトップアフィリエイターと話をしたときに、「Tさん、最強のビジネスは人の3大欲求に訴えるものだよ」と言われたという。「住む場所にも困らず、飢えることもない日本では、睡眠、食欲に強く訴求するビジネスはできない。砂漠で水を売るようなビジネスはこの国にはないように思える。だが、人間の3大欲求には”性欲”が残っている。うまくいっていないなら、最後のフロンティアに挑戦してみてはどうか?」と。

T氏はこの言葉に電撃を受けたような衝撃があったという。「ノウハウコレクターは卒業したつもりだが、一縷の望みにかけたい」そう思ったT氏は数万円の情報商材を買い、アダルト産業関連のアフィリエイトを始めた。

アフィリエイト業界の変化

「アフィリエイトを始める」というと、ほとんどの人は一般ジャンルに取り組む。主婦や学生、サラリーマンの副業などをする上で、書店に並べられているのはそうしたものだ。しかし、多くの稼げるジャンルはトップアフィリエイターか法人が抑えている。

特に近年において法人がアフィリエイト市場に参入し、またGoogleがアルゴリズムを変更したことで稼げない個人アフィリエイターが続出している。アフィリエイト市場は拡大しているが、それは「Winner takes all(勝者総取り)」の様相を呈しており、弱小アフィリエイターはどんどん隅に追いやられている。アフィリエイトというビジネス自体が、もはや誰でも簡単に稼げるものではなくなっているのだ。

一般ジャンルでパッとしなかったT氏は、そこから怒涛の快進撃を始める。半年で月収100万円を達成、1年後には200万円。今では20を超えるアフィリエイトサイトを運営し、調子が良ければ月収が500万円前後、過去最高で800万円を超えたこともあるという。T氏は極めて効率的に、そしてレバレッジを効かせることが可能なネットビジネスの利点を最大限に活かして、網羅的に利益をもぎ取っていた。

同じことを一般ジャンルのアフィリエイトでやっても、資本力と人海戦術で応じる法人アフィリエイター相手には、簡単にはいかないだろう。だが、アングラなジャンルであるが故に、法人アフィリエイターも企業イメージを損なうのでおいそれと参入はできず、T氏は今も安定的に稼ぎ続けている。たった1つの情報が、ニートを最強のアフィリエイターに変えてしまった。(黒坂岳央、高級フルーツギフトショップ「水菓子肥後庵」代表)