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はじめに

シリアからの米軍撤退が宣言され、俄かに中東情勢が変化を迎えている。たとえば別稿で詳述したのだが、カスピ海沿岸地域において新たな経済圏の創出とでも呼ぶべき動きが生じている。ロシアに始まり、中央アジアのカザフスタンやトルクメニスタン、更にはアゼルバイジャンやイランが経済連携を強め始めている。更には黒海とカスピ海を連結するということでイランやジョージアらに加え、ハンガリーもその動きに追随しつつある。他方で、ナゴルノ・カラバフ問題を巡りアゼルバイジャンとアルメニアの対立も深まりつつあるという事情もある。

こうした動き、更にはシリア問題に直接関わってきたという意味で影響を受けているのがトルコである。トルコは、BRICSの次として2000年代中盤から注目が集めてきた。欧州と中東の結節点であり、トルコ自体のマーケット規模も大きい。それが、一昨年からエルドアン大統領が独裁とでも呼ぶべき体制へと国家を変えつつある。

またカショギ事件を巡り、一旦米国と対立し、トルコ・リラが暴落したことは記憶に新しい。しかし、同事件の結果、最終的にはサウジアラビアがターゲットとなり、米トルコ関係は一時の安寧を迎えたように見えた。しかし、米トルコ関係がまた俄かに動きつつある。

本稿はトルコ経済の行く末を考えるべく、特に米国との間で今何が起こっているのか、何が生じる可能性が在るのかを考えていく。

トルコの今 ~何が起こっているのか~

トルコへはかつて多数の投資が集まってきたという経緯が在る。その様な中で、昨年(2018年)は非常に冴えない動きをしてきた。たとえば図表1はトルコの代表的な株価指数であるイスタンブール100種指数の直近5年間における推移である。これを見ると、昨年は大いに下落してきたことが分かる。

(図表1 トルコ・イスタンブール100種指数の直近5年間における推移)

図表1

その背景にはトルコで猛烈なインフレーションが猛威を振るったことが記憶に新しい。エルドアン政権が権力を増大させる中で、外国人投資家が逃避してきたというのが一つの理由である。ではなぜエルドアン政権はそうせざるを得ないのか。単なる野心からなのか。筆者は単なる野心などという見解を否定したい。

トルコを考えるに当たって重要なのが米国との関係である。冷戦時代、中東における重要なパートナーとして、トルコは米国との蜜月関係を“演出”してきた。トルコに配置した中長距離ミサイルがソ連との係争になってきたのがその典型である。

しかし、それが変遷を迎えている。米トルコ関係について筆者が非常に興味を抱いているのが、イスラム国が占拠していた、シリアに在るバグーズという都市から、米軍が50トン規模の金塊を回収した旨、イラン・メディアやトルコ・メディアが報道しているという。これを報道しているイスラエル・メディアは「陰謀論」と一蹴している。本件の真偽というよりも、これをトルコ・メディアが報道している事実に注目すべきだというのが筆者の見解である。

なぜならば、そもそもイスラム国(IS)の創設や拡大に当たっては米国ら複数の国家が関与・支援してきたという批判が在るからである。これを真であると仮定し、さらに上述したことを踏まえると、米国がイスラム国(IS)の中東での活動に対し資金引き揚げを行なったとトルコやイランが認識しているという可能性があるということを意味するわけだ。

トルコはかつて、欧米にイスラム国(IS)から原油を密輸入することで間接的に支援しているとして非難を浴びたことがあった。それに対する意趣返しであるとも言えなくもない。しかし、イスラム諸国がシリアからの帰還兵にイスラム国(IS)の兵士が混じっていたとして危機感を募らせている中で、今年1月にはカザフスタンでそうした兵士が混じっていた旨、公表しているのだ

米兵が撤退し、戦闘が一巡したために当然だというのももっともではある。しかし、かつてアル=バグダディ師を爆殺したと米国が“喧伝”した一方で、その数か月後に同師が生きている旨、ロシアが報道したことがあった。その後、イスラム国(IS)がシリアで勢力を盛り返し、戦闘が再度激化した。

このように、イスラム国(IS)はいわば亡霊のように、一つの「イコン(icon)」として用いられているわけで、「掃討→テロ→復活→掃討→…」という繰り返しの中にいたことを忘れてはならない。そう考えると、欧米やイスラム国家において再びイスラム国(IS)によるテロ・リスクが生じつつあるということを意味する訳で、憂慮すべき状況にあるという訳だ。

トルコに話を戻すと、シリアの隣国である以上、当然警戒すべきであるが、それ以上に厄介なのがクルド人問題である。トルコがクルド人と係争を抱えてきたのは有名な事実である。米トルコ関係とも関係して注意しなければならないのが、イスラム国(IS)との係争を巡り米国がクルド人を支援してきたという点である。特にクルド人勢力へ武器を提供してきたことを忘れてはならない。トルコにとって見れば、イスラム国(IS)とクルド人が戦闘していた時点では良かったものの、いざイスラム国(IS)との戦闘が止めば、敵対する勢力が武装を強化したまま隣国ないし自国領に存在しているという脅威があることとなる。

2000年代、北大西洋条約機構(NATO)軍の高級将校の間で2020年以降に向けた新しい中東国家の勢力図として流布されてきた地図が下掲する図表2である。

(図表2 The New Middle East)

図表2
(画像=Global Research)

こう見ると、クルド人の独立国であるクルディスタンが伸張する一方でトルコは領土を減じている。ここから、トルコとクルド人との間での戦闘が発生するリスクがあるということが浮かび上がってくるというわけだ。

米国との関係で、さらに付言すると、ギュレン運動を巡る米トルコ間での“角逐”が存在することである。ギュレンとはトルコの宗教指導者であり、同師が率いた運動がギュレン運動なのだが、かつて弊研究所がマンスリー・レポートの形で上梓したとおり、ギュレン運動の背景には米中央情報局(CIA)の陰がちらついているのだ。

トルコ当局は依然としてギュレン運動参加者への弾圧を行っている。これは無論人権問題やさまざまな問題を内包している一方で、上述の戦争リスクが高まる中で防諜活動を強めているとも評価出来るわけである。

おわりに ~~

以上、トルコと米国の関係は再度、悪化に進みつつある。カショギ事件前後にトランプ政権が経済制裁の可能性に言及したことで、トルコ・マーケットが大きなインパクトを受けたことを想起して欲しい。

その様な中、トランプ政権は先に新たな施策を打った。トルコ(およびインド)を一般特恵関税制度から除外する旨、公表したのである。インドについてはかつてこのZUU Onlineで言及したように戦争へと進みつつある。他方で、トルコもトルコで同じ道を辿りつつある中で、今回の施策があると考える方が妥当である。トルコも着実に戦争経済の道へと進みつつあるのだということに注意しなければならない。このようなグローバル規模での動きが金融マーケットや我が国の今後に与えるインパクトについて、4月13日(土)に東京・日本橋でお話しします。誰でもご参加いただけます。詳しくはこちら(青字部分をクリック)を御覧下さい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。