「小麦そのものを味わってほしい」という目的で作られた4皿目はパスタ。もともと冷製パスタの予定だったが、台風接近のため、気温が低く湿度が高かったことから「今日は温かいカルボナーラのほうがいい」と判断したそうだ。「店側の都合だけ考えると、急にメニューを変えるのは大変だし、やらないほうがいい。今朝もカルボナーラにするぞって言ったとたん、『卵がない!』とスタッフが大慌てでした。でも、何日も前から予約して着てくれるお客様に対して120%の力を出したい。お客様のことを考えたらやるしかないですよね」と鳥羽シェフ。
卵、パルミジャーノチーズ、パンチェッタを使ったカルボナーラは、シンプルだが素材の旨みがしっかり引き出されている。「チーズは少しだけなのに、なんでこんなに濃厚なんですか」と聞くと、三ツ星醤油が隠し味になっているからだと言う。三ツ星醤油とは、昔ながらの製法で天然醸造された、「堀河屋」の濃口醤油。「ほんの数滴たらしただけで香りが引き立ち、コクが出るんです」と教えてくれた。料理を通して優れた作り手を紹介するのは、生産者を大切にしている鳥羽シェフらしいと感じた。ペアリングはジャスミンティー。通常の3倍の花を使って抽出しているらしく、華やかな香りが小麦の味わいを引き立ててくれた。
5皿目「肉」
ゆったりとお茶を飲んでいると、隣の席の人が「鳥羽さん、その靴ビルケンですよね?」と話しかけていた。鳥羽さんは「うちのスタッフはみんなビルケン履いているんですよ」と答えている。頭にビリケンさんしか浮かばないので、検索してみると「ビルケンシュトック=ファッション界の先駆者として240年以上の歴史をもつ世界トップ5の靴ブランド」と書いてあった。なにやらとてもおしゃれな靴らしい。
「僕らはファッションも含めて、居心地よく、付加価値のある空間を作りたいんです。例えば美容院で自分がおしゃれだなぁと思う美容師にカットされるのと、服の趣味が違う美容師に切られるの、同じ値段でも納得感が違いますよね」と鳥羽シェフ。「レストランでも有線放送がかかっているとガッカリするので、うちでは踊れるほどカッコイイBGMにしているんですよ。感度の高い人ならオッと思うはずです」とのこと。
会話に聞き耳を立てていると、岩中豚の肩ロースのソテーが運ばれてきた。「アツアツの状態でお召し上がりください」とのことなので、急いでフォークとナイフを手に取る。220度のオーブンで火入れした後、コンロの上に網を置いてあぶっているため、分厚い肉の外側がカリッと焼けて香ばしい。「しっかり噛んでほしいので、少し固めに仕上げている」そうだ。低温でじっくりと火が通されており、肉の旨みが凝縮されているのがわかる。噛みしめると、旨みがじゅわっと染み出てきた。回鍋肉(ホイコーロー)をイメージし、ソースは蜂蜜と甜麺醤(テンメンジャン)で甘めにしているそうだ。塩の効いた肉やキャベツと絡めると、確かにとびきり上質なホイコーローの味である。
ペアリングは大禹嶺(ダイウリョウ)。台湾で一番標高が高いところで栽培されている茶葉が使われている。寒暖の差の激しいところで育っているため、旨みが凝縮されているのが特徴だ。また、タンニンとミネラルが豊富に含まれており、それが肉の脂と反応して甘くなる。口の中もサッパリするため、肉料理のお供に最適だ。
オプション「チーズ」
「お次はデザートですが、よろしければオプションのチーズはいかがですか?」と聞かれた。いろいろ種類があるようなので「今日一番のおすすめ」を頼んでみた。直径30cmくらいの皿の上に、サン・フェリシアンというチーズが運ばれてくる。フランス・リヨンの名物である。枝付きのレーズンや、ドライイチジク、ゴボウのチップ、麦のクッキーをちりばめたチーズは、秋の森でかくれんぼをしているかのようだ。添えられたハチミツやフランボワーズのソースはきらきら輝く泉のようである。
「鳥羽さん、チーズひと切れ頼んだだけなのに、なんだか物語を感じる一皿になっていますね」と声をかけると、「一生懸命作られたチーズをどれだけ美味しく食べてもらうか。そこに価値を生み出すのが料理人のセンスだと思います」という答えが返ってきた。なるほど。盛り付けを崩さず、じっくり眺めていたいほどアートな一皿だった。
ペアリングは、ほんのりミルクの香りがする金萱芳香(キンカンホウカ)に、エルダーフラワーシロップを加えたもの。シェフの繊細な料理には台湾茶のやさしい味がぴったりである。