はじめに

欧州連合(EU)首脳によるBREXIT期限の延期合意から早1か月が経過した。元来メイ英首相は6月31日までの延期を要求していたところ、来る10月31日(ブラッセル時間)までBREXITは延期する形となり、たとえば我が国に至っては急展開する米中関係などを理由にこの問題が議論されることはパッタリと止んでしまった。

(図表1 BREXITについて言及するメイ英首相)

BREXITについて言及するメイ英首相
(画像=英国政府(gov.uk))

しかし当然ながらこれによりBREXITリスクが消失したわけではない。それだけではない。実は英国はこれにより欧州議会選挙(European Parliamentary Election)への参画を余儀なくされてしまったのである。同選挙を巡っては右派政党と左派政党とが欧州各国間における国境を超えて激しい対立が生じている。

サルヴィーニ伊内務大臣兼副首相が率いる「同盟」がドイツの新興保守政党である「ドイツのための代替選択肢(Alternativ für Deutschland)」をも含めた欧州連合内の保守・極右政党を糾合している一方で、先月28日(マドリッド時間)に実施されたスペイン選挙で左翼政党が躍進したことで欧州議会選挙においても左翼政党が躍進する可能性が“喧伝”されている。右翼と左翼の間で激しく戦いが繰り広げられている。

他方で昨年9月、マニュエル・ヴァルス仏元首相が突如としてスペインのバルセロナ市長へ立候補した。制度上、国境を超えて域内で立候補すること自体は何ら問題が無いのは言うまでも無いが、過去首相という一国の中枢だった人間が他国に入るという特殊な事例がこれまでに生じてきた例は稀有であると言える。今度の欧州議会選挙ではギリシアのヴァルファキス元財務大臣がドイツから立候補することを表明しているのだ。

このように乱戦の様相を呈している欧州議会選挙に今度は英国が巻き込まれるという事態に至っているという訳だ。このとき仮に欧州議会選挙やそれ以後に欧州連合(EU)において何らかの問題が生じた場合、BREXITに対する世論は一転して離脱を支援する方向へと一転することとなる。したがって、欧州議会選挙の道程は欧州の未来を占う一つの試金石として重要視すべきなのだ。

他方で注目しなければならないのが、その後どうなるのか?である。欧州議会、ひいては欧州連合(EU)に万が一問題が生じた場合にはBREXITへ影響すると述べたが、逆にそれはドイツやフランスといった大陸欧州にネガティブ・インパクトを及ぼすというわけでもある。

欧州連合に離脱事例が生じるために非常に重要な事態であるのは事実ではあるものの、BREXITに至ったからといって、欧州各国と英国の関係が永遠に終焉するわけではない。他方で筆者が気にしているのが、かつて第二次世界大戦に至る前、チェンバレン英首相(当時)は宥和政策を通じてむしろドイツに遠慮する姿勢を示した後に、一挙に英独対立に至ったというわけだ。

このような欧州の未来を考える上で非常に興味深い文書がある。拙稿でかつて引用したことがあるが、シティ・オブ・ロンドンに所在する公的機関であるOMFIF(The Official Monetary and Financial Institutions Forum)が去る3月に公表した報告書「英独の将来の関係に再注目する:英独のより緊密な協力に向けた見通し(“UK-German futures Relations refocused: Britain and Germany — prospects for closer co-operation)」である。

本稿は混迷の中にある欧州関係の中でも英独関係の趨勢について上述した報告書を基に簡単に見ていくこととしたい。

OMFIFは何を考えているのか

早速この報告書(以降は本報告書と記載)を読むと注目したいのが、冒頭のこの一文である:

“どの様な未来が待っているにせよ、主要なこの事実は真実である:英国とドイツは極めて重要なパートナーであり続けるということだ(Whatever the future, one central fact holds true: Britain and Germany will remain pivotal partners)”

これはドイツが英国にとって第2位の輸出相手国であり、第1位の輸入相手国であるという事実からも明らかな話である。

(図表2 英国の輸出入相手国トップ20)

図表2 英国の輸出入相手国トップ20
(画像=英国家統計局)

本報告書は以下の10の項目を掲げており、要約すると以下を主張している:

●銀行と金融サービス(Banking and financial services)

ドイツの資本マーケットは欧州の中では低開発水準にある。英国や米国が債券によるファイナンスを行う一方で、ドイツは依然として貸出へ大きく依存している。英国としては「アクセスの円滑化に知見の共有、更にはデジタル化の深化(Smoothing access, sharing wisdom, deepening digitalisation)」の面で支援することが出来る

●年金と証券サービス(Pensions and stock markets)

ドイツは多額の経常収支黒字を抱え高い貯蓄率を誇るものの、相対的に限定的な州レベル・国家レベルの年金・貯蓄機関を有する。英国は「機関投資の強化、高年層の生活の向上(Strengthening institutional investment and making old age easier)」に寄与出来る

●インフラや発展のためのファイナンス(Infrastructure and development finance)

新たに開放されたファンディングや新たな戦略的アプローチは英国による開発や海外援助、インフラ問題に関するアプローチ方法における包括的なシフトをもたらしている。ドイツのグローバルにおける比重を考慮すると、「充実した共同事業を通じた第三者援助(Aiding third parties through fruitful joint work)」が可能である

●物品貿易(Trade in goods)

英国は英独間における製造と物品貿易の推進を継続しなければならない。「物品の自由貿易の維持(Maintaining the free exchange of goods)」が重要な課題である

●サービス貿易(Trade in services)

ドイツは英国にとって最大のサービス貿易相手国である。「サービス貿易の未来へ注力(Powering the future of services trade)」することが必要である

●デジタル化とAI(Digitalisation and AI)

英独は更にデジタル化した経済へ移行しつつあり、人工知能(AI)により複雑な試練がもたらされつつある。英国はドイツとの間で「デジタルの未来における成功の堅確化(Securing success in the digital future)」を推進する

●データとサイバーセキュリティ(Data and cybersecurity)

データ共有と技術的なインフラストラクチャーは英独間の経済関係を下支えする。「テクノロジーとデータ・フローのセキュリティと効率性へのへの保証(Guaranteeing security and efficiency of technology and data flows)」が肝要となる

●教育・研究ネットワーク(Education and research networks)

英独は研究や学習の最前線において重要なパートナーである。英独二国間における科学研究は両国の世界的に高等教育をリードする期間や新アイディアや技術の開放性、さらには産業界とのより緊密な協力により強化される

●気候変動と持続可能性(Climate change and sustainability)

気候変動が徐々に緊急の脅威になるにつれて、政府は排出ターゲットやその他のSDGsを達成すべくあらゆるレベルで協力しなければならない。「気候変動に立ち向かうべくリーダーシップを取りマーケットの力を利用(Using leadership and market power to tackle climate change)」することを追求する

●多様性と平等(Diversity and equality)

人口が拡大し移民が増大するにつれて、欧州は人口面や社会面で流動化している。「より公平でより均衡の取れた社会の創造(Creating fairer, more balanced societies)」を推進する

このようにグローバル規模で焦点になっている分野において二国間で積極的な関係深化を求めているが、冒頭3つの金融部分を見ると露骨なまでにドイツ・マーケットの構造を変化させるべく働きかける旨、英国が提言しているのである。

英国は伝統的に投資銀行ビジネスをベースに銀行が発達してきた一方で、フランスは預金銀行からその金融機関を始めてきており、ドイツはいわゆるユニバーサル・バンクといった、英仏とはまた異なる金融システムを有してきた。これ以外にも、英独の協力を通じて大きな躍進を求めているかのように“喧伝”している。

おわりに ~なぜ英国はドイツを重要視するのか~

以上簡単に見てきたとおり、英国はドイツとの関係性を重視し、それを更に緊密化させるべく具体的な分野での方針を指し示している。この報告書はBREXITを巡る議論が白熱化していた3月中に記されたものである以上、BREXITの趨勢を織り込んだものであるのは明らかである。すなわち、BREXITの進展如何にかかわらずこの方針で進めていくということである。

ここで注目したいのが、米独関係の悪化である。ロシアからの天然ガス・パイプライン「ノルド・ストリーム2」の敷設に当たり、米独は対立を深めてきた。ロシアではその建設がまさに始まっている。他方で拙稿において述べたとおり、米英関係の悪化もこれに並行して続いているのである。英国とアイルランドは先日8日(ダブリン時間)に両市民の往来の自由について保障する協定を結んでいる。したがって、米英関係も一服しているかのように見えなくもない。しかし、トランプ米政権とアイルランドの関係は良好であるとは言い難い中で、米英関係がこのままの趨勢で進展するのだろうか。

来る6月3日(BST)から2日間、トランプ米大統領は訪英し、メイ英首相のみならずエリザベス女王とも会談を持つ予定である。欧州連合(EU)およびBREXITの“角逐”が進んだ後には、「米国×英国×ドイツ」の三国関係が焦点になるということである。そのような中で、近年話題になっているのみならず、一度協力を始めれば中々断ち切る事の困難な分野での協力を求める当たり、「英独vs米国」という構図を想定しなければならない。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。