はじめに

来る7日(BST)、メイ英首相が保守党・党首の座を下りる。後継者が定まり次第、首相の座も下りるのだという。サッチャー元首相以来、第二の「鉄の女」とも言えるほどの毅然とした態度でBREXITを進めてきたメイ首相がその座を下りる以上、BREXITは後退したのだろうか。

(図表1 辞任表明を行うメイ首相)

メイ首相
(画像=日本経済新聞)

いや、むしろBREXITを巡る動静が次の段階へと“進んだ”というのが卑見である。なぜか。これと並行するように進んでいた欧州議会選挙が驚きの結果を迎えたからである。本稿はBREXITの趨勢を占うべく欧州情勢を概観する。そしてBREXITの行く末についての展開可能性について卑見を述べる。

欧州議会の帰結 ~何が変わったのか~

欧州議会選挙は大筋としてリベラル政党の勝利が“喧伝”されてきた。特にドイツでは「緑の党」が躍進するという結果となった。これはこれで非常に注目すべき事態ではある。しかし、詳細を見ていくにつれて決して安心することが出来ないのだということを忘れてはならない。すなわち、大陸欧州、特に南欧における“デフォルト(国家債務不履行)”騒動が再燃する蓋然性がむしろ高まったというのが卑見である。

まずギリシャである。与党の急進左派連合(SYRIZA)が欧州議会選挙で敗退したため、総選挙を前倒して6月末に実施する旨公表したのだが、この欧州議会で密かに注目されていたのが、いわゆるリーマン・ショック後のギリシャにおいてその収拾に努めたヴァルファキス元財務大臣がなぜかドイツで欧州議会議員に立候補した点である。同元大臣はこの選挙では敗退したのだが、今度は前倒しされたギリシャ国内での総選挙に立候補すると公言したのだ。

ギリシャを巡って更に不可思議なのが、つい2か月前の4月にはギリシャの好況が“喧伝”されていたのにもかかわらず、その“喧伝”から1か月経つと途端に真反対のこと、すなわちギリシャの銀行セクターにおける景況悪化を突如として報道し始めたのだ。単に統計情報の更新タイミングがズレたことでこの「意趣返し」が生じたと言えばそれまでだが、ギリシャ危機の最中で“デフォルト(国家債務不履行)”を叫んできたヴァルファキス元財務大臣が再び表舞台に立とうとしている現状に照らし合わせると、ギリシャが再び“火種”になる可能性を無視するわけにはいかないというのが卑見である。

次に注目したいのがイタリアである。イタリアにおいて現在、「ミニBOT」と呼ばれる、短期財務証券を新規に発行し政府の支払に充てるという構想が検討されている。サルヴィーニ副首相が率いる「同盟」がこの構想を主導していたが、連立先である「5つ星運動」がそれに積極的ではなかったという背景が在る。そのような中で今回の欧州議会選挙では「同盟」の大勝および「5つ星運動」の敗退が鮮明となったのだ。すなわちイタリアもまた南欧で荒れつつあるのだ。

スペインはこれら2国とは対照的に騒動が一巡しつつあるかのように“喧伝”されている。4月28日のスペイン総選挙で社会労働党が躍進したため、その直後には欧州議会選挙でも右翼政党の躍進が生じる見通しはあまり無いと報道されてきたのは記憶に新しいが、欧州議会選挙でも同党が躍進した。しかし、スペインでも新たな火種が噴出している。それはこの欧州議会選挙でプチデモン元カタルーニャ州知事が当選したのだ。欧州議会議員になれば、欧州連合(EU)での自由な移動、例外も当然あるものの不逮捕特権、更には加盟国の大使館への自由な滞在など、様々な特権が付与される。すなわちプチデモン“新”議員は欧州で独立運動を“喧伝”する俳優になれるわけだ。そのプチデモン議員の当選について社会労働党がそれを差し止めようと躍起になっており、その結果欧州議会は手続的な理由で同議員の当選を保留にしているのだ。政治的な“角逐”が再び表になりつつある。

前稿で述べたとおり、アルゼンチンを始めとする中南米事情の変更もまた、非常に着目すべき事象である。なぜならば繰り返しになるが中南米へ投資してきたのはドイツもさることながら、移民や宗主国=植民地関係といった歴史的つながりに起因して南欧諸国だからである。

すなわち大陸欧州で“デフォルト(国家債務不履行)”騒動が再燃しつつあるという訳なのだ。

おわりに ~BREXITへの追い風が吹く欧州情勢~

このように大陸欧州、特に南欧が再び低迷しつつある中で、BREXITは大陸欧州という“爆弾”から対比するという意味でむしろ歓迎されるべき状況になりつつあるのだ。リーマン・ショックのときも自身の被害が大きかったこともあるが、英国はギリシャ危機といった欧州問題に対して過度な関与は控えてきた。

それを反映してか、今回の欧州議会選挙を通じて「ブレグジット党(BREXIT Party)」が大躍進しているのだ。その上、同党党首であるナイジェル・ファラージュは英国が10月にBREXITを完遂出来なければ自党が総選挙で躍進する旨公言していることに注目したい。草の根レヴェルでBREXIT容認が“演出”されているのだということを忘れてはならない。

更に注目したいのが、今週いよいよ当選後初めての訪英を行うトランプ米大統領が、ボリス・ジョンソン元外務大臣の次期党首就任に言及している点である。ジョンソン元外務大臣はメイ首相の有力な後継者の一人として“喧伝”されてきた経緯が在る。それが実現すれば、BREXITにおいて強力な追い風であることは明らかである。

いずれにせよポイントなのは、BREXITを考えるに当たっては英国がそこに留まるメリットが薄れる、すなわち大陸欧州において問題が生じることがカギであるということだ。これを踏まえつつ、大陸欧州リスクを注視していきたい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。