はじめに~今年の「骨太の方針」の焦点は就職氷河期世代
今年の政府の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、「就職氷河期世代の支援」に焦点が当てられている。就職氷河期世代とは、バブル崩壊後から2000年代初頭に学校を卒業して就職をした世代を指す。現在の30代半ばから40代半ばを中心とした層で、約1,700万人存在する(1)。この世代では、就職活動期の雇用環境が厳しかったために、希望通りの職に就けずに、非正規雇用などの不安定な仕事に就いている者や無職である者も少なくない。35~44歳の雇用形態等の内訳を見ると、正規雇用者が半数程度、非正規雇用者が2割、非労働力人口が1割程度だ(図表1)。非正規雇用者のうち、正規雇用を希望しているが不本意ながら非正規にとどまる者は50万人、非労働力人口のうち、家事も通学もしていない無業者は40万人存在する。政府はこのおよそ100万人を「社会参加に向けてより丁寧な支援を必要とする者」と見て、支援を進める方針だ。
就職氷河期世代では、好景気に就職した世代との世代間の経済格差に加えて、雇用形態等の違いによる世代内の経済格差も存在する。経済格差は結婚や出産などの家族形成格差にもつながる。また、近年、高齢者の貧困や孤立が社会問題化しているが、厳しい経済状況のまま中年期を迎えた氷河期世代は、貧困高齢者予備軍となりつつある。
これまでも厳しい経済状況にある層を救済する必要性について述べてきたが(2)、本稿では改めて氷河期世代に注目し、支援の必要性を強調したい。
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(1)内閣府「就職氷河期世代支援プログラム関連参考資料」、令和元年第3回経済財政諮問会議(2019/6/11)
(2)久我尚子「求められる20~40代の経済基盤の安定化」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2017/5/17)等
世代間と世代内の経済格差~年齢とともに広がる正規・非正規の格差、正規でも賃金カーブ平坦化
●非正規雇用者の割合の推移~氷河期世代は他世代ほどアベノミクスの恩恵を受けておらず
総務省「労働力調査」によると、非正規雇用者の割合は1990年代半ばから上昇している(図表2)。バブル崩壊後に長らく続いた景気低迷に加えて、1990年代後半は「労働者派遣法」の改正で派遣労働者の適用対象業務が拡大され、原則自由化されたためだ。一方、足元ではアベノミクスの効果により、非正規雇用者率は低下傾向にある。企業業績の改善により新卒採用が積極化したために、特に若年層の雇用環境が改善した。文部科学省「大学等卒業予定者の就職内定状況調査」によると、10月1日時点の大学生の内定率は、2012年では男性63.0%、女性63.3%だが、2018年では男女とも77.0%だ。
その結果、特に25~34歳の非正規雇用者率の低下幅が大きくなっている。2014年から2018年にかけて、男性は25~34歳で▲2.5%pt、35~44歳で▲0.4%pt、45~54歳で▲0.8%pt、女性は25~34歳で▲4.2%pt、35~44歳で▲2.9%pt、45~54歳で▲1.6%pt低下しており、男女とも25~34歳の低下幅が最も大きい。
就職氷河期世代は、アベノミクスの期間ではおおむね35~44歳に相当するが、男性では、僅かな差ではあるものの、35~44歳の非正規雇用者率の低下幅が最も小さい。また、非正規雇用者率の推移を見ると、2015年以降、25~34歳や45~54歳では順調に低下し続けているが、35~44歳で低下したのは2017年と2年遅れであり、2018年にはごく僅かに上昇している(+0.1%pt)。つまり、就職氷河期世代では、前後の年代と比べて、アベノミクスの中でも雇用環境の改善が進んでいない様子がうかがえる。なお、高齢層の状況も見ると、2014年から2018年にかけて非正規雇用者率は、男性の56~64歳では32.9%から29.2%(▲3.7%)へと低下し、65歳以上では71.4%から72.4%(+1.0%pt)へ若干上昇している。高年齢層では「高年齢者雇用安定法」による再雇用に加えて、パート等の雇用が進み、労働力人口が増加している(後述)。失業率を見ても同様に、中間年齢層では他年代と比べて改善が進んでいない(3)。つまり、就職氷河期世代では、他世代ほどアベノミクスの恩恵を受けておらず、雇用環境が改善されていない様子がうかがえる。
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(3)総務省「労働力調査」によると、アベノミクスが始まった2013年と2018年の完全失業率を比べると、全体では▲1.9%pt、男性の25~34歳は▲2.3%pt、35~44歳及び45~54歳は▲1.3%pt、55~64歳は▲1.9%ptである。
●世代別に見た非正規雇用者の割合~就職氷河期世代に見られる負の「世代効果」
新卒一括採用・終身雇用に偏重した日本の労働市場では、就職活動期の労働環境が、その後のキャリアに継続的に影響を与える「世代効果」が存在する(4)。バブル崩壊後の長らく続いた景気低迷の中では、負の「世代効果」が生じていた。
図表3は、男性の生まれ年別に各年齢階級時点での非正規雇用者率を見たものだ。例えば、1974年~1983年生まれ(2018年に35~44歳で就職氷河期世代の中心層)の非正規雇用者率は、25~34歳時点で14.2%、35~44歳時点で9.3%と見る。
ここで、男性の35~44歳時点に注目すると、生まれ年が若いほど非正規雇用者率は高まっており、負の「世代効果」が確認できる。就職氷河期世代の中心層である1974年~1983年生まれの35~44歳時点の非正規雇用者率は、20歳年上の1954~1963年生まれの2倍を超える。現在、1974年~1983年生まれの男性は、雇用者のおよそ10人に1人は非正規雇用という不安定な立場で働いている。
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(4)久我尚子「若年層の経済格差と家族形成格差」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2016/7/14)
●雇用形態別による平均年収の違い~年齢とともにひらく年収差、高学歴でも経済格差を是正できず
非正規雇用者では正規雇用者と比べて賃金水準が低い。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より、年齢別に正規雇用者と非正規雇用者の平均年収を推計すると、年齢とともに両者の差はひらき、特に男性で顕著だ(図表4)。男性の40代後半ともなると、正規雇用者の平均年収は非正規雇用者の2倍を越える。一方で非正規雇用者の平均年収は50~54歳で300万円を若干上回る程度だ。
同様に、学歴別に平均年収を推計したところ、男女いずれの年齢階級においても、大学・大学院卒の非正規雇用者では、中学卒や高校卒の正規雇用者の平均年収を下回る(図表5)。また、大学・大学院卒同士を比べると、男女とも40代で、正規雇用者は非正規雇用者の平均年収の2倍を超えるようになる。つまり、高学歴であることよりも、正規雇用の職に就いていることの方が、年収を高める効果がある。
就職氷河期世代は、賃金水準の低い非正規雇用者が他世代と比べて多いために、「世代間の経済格差」が生じている。加えて、同世代においても、正規雇用者か非正規雇用者かの違いによって、「世代内の経済格差」が生まれている。また、高学歴であっても必ずしも経済格差を是正できるわけではない。
●正規雇用者の賃金カーブの変化~家族形成期の30・40代で賃金カーブが平坦化
正規雇用の職に就くことができれば、氷河期世代でも安泰なのかというと、必ずしもそうではない。大学・大学院卒の正規雇用者では、10年前と比べて30~40代で賃金が伸びにくくなり、賃金カーブが平坦化している(図表6)。図中に灰色で示した35~49歳で減少した累積所得は、男性は▲730万円、女性は▲820万円である。
賃金カーブが平坦化した背景として、「高年齢者雇用安定法」の改正により雇用期間が延長されたことで中間年齢層の賃金カーブが平坦化しただけで、生涯所得として見れば変わらない、という見方もある。しかし、それは同一世代のみに注目した場合の解釈でしかない。例えば、就職氷河期世代と現在の50歳前後のバブル世代を比べると、既にこれまでの累積所得に差が生じている。また、60歳以降の雇用環境が同様とも限らない。よって、雇用期間が延長されたからといって、世代間の経済格差が是正されるわけではない。
30~40代は結婚や子育ての家族形成期であり、住居や教育費等の出費がかさむ時期だ。この時期に収入が伸びにくくなると、消費抑制だけでなく、家族形成を躊躇することにもつながりかねない。