経済格差と家族形成格差~不安定な雇用は未婚化や子どもの産み控え、年金パラサイトにつながる

●男性の年収と既婚率の関係~不安定な雇用で「結婚の300万円の壁」

男性の年収と既婚率は、おおむね比例関係にある(図表7)。年収1500万円以上では、逆に既婚率が下がり、特に若いほど顕著だ。これは、高収入という好条件から結婚相手を吟味している、あるいは、仕事が忙しく結婚相手を見つける時間がないということなのだろう。

氷河期世代,経済格差
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方で、各年代の既婚率の平均値は、いずれも年収300万円付近に位置する。つまり、同年代でも、年収300万円までは未婚者が同年代の平均と比べて多いが、300万円を越えると未婚者が減り既婚者が増える。結婚には「300万円の壁」がある様子がうかがえる。図表4の通り、非正規雇用男性の平均年収は年齢を重ねても300万円に届きにくい。つまり、「300万円の壁」は、単なる金額の多寡ではなく、将来を考えられる安定的な就業環境にあるのかどうかが影響している。裏を返すと、不安定な就業環境は未婚化を促す。

経済環境の厳しさは、未婚化だけでなく、結婚したとしても子どもを産み控えることにつながる。国立社会保障人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」によると、夫婦の理想子ども数は平均2.32人だが、実際に持つつもりの予定子ども数は2.01人である。予定子ども数が理想子ども数を下回る理由の首位は、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」(56.3%)という経済的な理由だ。特に、妻の年齢が35歳未満の若い層では、選択割合が8割程度を占めて高くなっている。

●親と同居の壮年未婚者の増加~経済的独立が難しいパラサイト・シングルの増加、年金パラサイトも

1990年代以降、経済的に独立ができないままに中年期を迎える者が増えている。総務省によれば、親と同居の壮年(35~44歳)未婚者数は増加している(図表8)。このうち、完全失業者や無就業・無就学者、臨時雇・日雇者などの特に厳しい経済状況にある者は、2016年で約2割を占める。また、親と同居の壮年未婚者の完全失業率は8.1%であり、同年代の平均(2.9%)をはるかに上回る。

氷河期世代,経済格差
(画像=ニッセイ基礎研究所)

「パラサイト・シングル」とは、学校卒業後も親元に同居し、基本的な生計を親に頼る独身者のことだ。この言葉が登場した1997年当時は、基本的な生活を親に頼っているために、自分の収入を自由に使える経済的に余裕のある独身者と揶揄されていた。しかし、長らく続いた景気低迷の中で、パラサイト・シングルは希望通りの職に就けずに経済的独立が難しいために親元に同居する独身者と意味合いを変えていった。さらに、親世代が年金受給年代となることで、2010年には「年金パラサイト」という言葉が流行語大賞にノミネートされた(5)。親の年金をあてにして生活するパラサイト・シングルのことだ。世代間・世代内の経済格差に苦しみながら中年期を迎えた氷河期世代は、今まさに年金パラサイトの当事者であり、貧困高齢者予備軍とも言える。

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(5)自由国民社「第27回(2010年)ユーキャン新語・流行語大賞」

高齢者の貧困と孤立~生活保護受給世帯の約半数は高齢単身者、貧困は孤立問題に直結

●生活保護受給世帯の増加~特に高齢者が増加、9割は単身世帯

1990年代以降、生活保護受給世帯数は増加し、2017年度で163万世帯となっている(図表9)。リーマンショック以降、稼働世帯と見られる「その他世帯」や「母子世帯」が増えたが、最近では、これらは減少に転じている。一方で「高齢者世帯」は増加し続けており、この20年で3倍に、全体を占める割合は半数を超える。なお、「高齢者世帯」のうち9割が単身世帯である。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

生活保護の受給を開始した主な理由を見ると、2017年度は1位「貯金等の減少・喪失」(36.6%)、2位「傷病(主に世帯主)」(24.9%)、3位「働きによる収入の減少・喪失」(20.2%)である。この5年間で「傷病」や「働きによる収入の減少・喪失」は低下傾向にあるが、「貯金等の減少・喪失」は上昇傾向にある。なお、高齢単身世帯では特に「貯金等の減少・喪失」が多く、4割を超える。

親の死亡等で親の年金をあてにできなくなった年金パラサイトは生活保護の受給に直結しやすい。また、貯金等の喪失で親が生活保護を受給するようになれば、経済的に独立できずに同居する中年の子も同時に生活保護受給へ移行することになる。

●高齢者の貧困と孤立~団塊ジュニア世代の孤立予備軍は約100万人

高齢期の貧困は、近年、社会問題化している孤立死にもつながる。当研究所の孤立予防に関する研究(2014年)では、孤立死は年間約3万件と推計している(6)。高齢単身世帯の増加を背景に、今後、増え行く懸念が強い。当研究では、日頃の周囲とのコミュニケーション状況、人間関係や働き方といった価値観等を定量的に把握し、孤立リスクを測定したところ、孤立リスクの高い層は、就職氷河期世代の中核となる1971~1974年生まれの団塊ジュニア世代では15%(105万人)が相当した。

また、孤立リスクを高める要因には、男性、未婚や離別、夫婦の意思を重視する志向(夫婦間の依存性が高い考え方。配偶者と離死別後の影響が懸念)や、他人に干渉されることを好まない志向、ネットなど非対面の付き合いを好む志向、プライベートより仕事を優先する志向が強いといったものがある(図表10)。また、加齢や健康問題で自動車の運転が難しくなることで移動制約が生じ、他人とのコミュニケーションが減ることも孤立リスクを高める(7)。なお、高齢期の人生設計ができていないほど、孤立に対する不安が大きいという傾向もある。

氷河期世代,経済格差
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(6)ニッセイ基礎研究所「長寿時代の孤立予防に関する総合研究~孤立死3万人時代を迎えて~」(2014年12月)
(7)最近の高齢ドライバー問題を鑑みれば、高齢者の免許返納とともに相乗りタクシー等の交通網整備を進める必要がある。

おわりに~就職氷河期世代の負の連鎖は個人の努力でなく、政策・社会で解消すべき

2060年には高齢者人口が4割(8)となる中で、社会の支え手の拡大が急務である。2012年12月に第二次安倍政権が発足した当初、労働力不足を解消するために注目されたのは、「M字カーブ問題」を抱える女性、そして、若者や高齢者であった。「女性の活躍」は未だ過渡期であり、いくつもの課題はあるが、就労環境の整備が進むことで、M字の底上げは進んでいる(図表11)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、アベノミクスの効果で企業等の採用活動が積極化することで若者の雇用環境は改善している。さらに、「高年齢者雇用安定法」の改正も相まって、高齢者の労働力人口は増え、労働力率も高まっている(図表12)。

氷河期世代,経済格差
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方で、現在の35~44歳を中心とした就職氷河期世代は、他世代と比べると依然として厳しい状況にある。世代間・世代内の経済格差に苦しみ、経済格差は家族形成格差にもつながっている。経済的な独立が難しく、親元で暮らす中年人口は増えており、貧困高齢者予備軍となっている。

就職氷河期世代は既に中年期を迎えており、この負の連鎖を断ち切ることは喫緊の課題だ。負の連鎖に陥る背景には、新卒時の労働環境の違いに加えて、新卒一括採用・終身雇用に偏重した現在の日本の雇用制度等の影響が大きく、個人の努力で解決できる範囲を超えている。よって、政策として、また社会全体で、負の連鎖に陥っている就職氷河期世代を救済すべきだ。

一方で、世代によらず、日本の雇用制度に乗りきれずに負の連鎖に陥る層は存在する。経団連は、2021年春入社の学生から、一括採用を通年採用へ広げることを表明した。通年採用の仕組みが整うことで、留学をはじめ個々人の状況に応じた就職活動が可能となる。さらに、就職氷河期世代をはじめとした中途採用の拡大が進めば、就職する時期や家族形成の時期などの柔軟性が増すとともに、上手くいかない時期があっても再チャレンジ可能な社会ともなるだろう。世代によらず、将来に対して明るい見通しを持てるような労働環境の整備が求められる。

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(8)国立社会保障人口問題研究所「日本の将来推計人口」

久我尚子(くが なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

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