シンカー:マーケットの期待通り、中央銀行のハト派的スタンスは強まっている。その影響からグローバルに株高・金利低下が続いている。Fedは年内に利下げに踏み切るというのがマーケットのコンセンサスのようであるが、その利下げがいつ行われ、どの程度行われるかに関しては見方が分かれている。また、ECBは6月の政策会合で、2020年後半まで政策金利を変更しないという、フォワードガイダンスの強化に踏み切り、緩和策の長期化を明確にした。堅調なファンダメンタルズが維持される中、インフレ期待などは引き続き弱く、中央銀行関係者はインフレ期待のアンカーが外れないように、予防的な緩和策を実施し、将来、極端な金融政策の実施が必要になる状況を避けたいようだ。中央銀行関係者は景気の下振れリスクに対して予防的な措置をとる姿勢を示している一方で、過度な利下げや追加緩和期待をけん制する発言を聞こえ始めている。効率よく予防的な政策を実施するためにも、今後の経済指標に対する注目度はさらに強まるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

市場は年末までに、Fedは最低でも25bpの利下げ可能性が100%だと織り込んでいる。ただ、FOMC参加者からは過度な引き下げをけん制する発言も聞こえてきていることから、年内にいつどの程度の利下げが行われるかは今後のデータ次第だろう。SG予想は従来の2019年には利下げ無しから、2回の利下げ(7月と9月)に変更。

6月のECB政策理事会では2020年後半まで政策金利を変更しないという、フォワードガイダンスの強化に踏み切り、緩和策の長期化を明確にした。また、新しい資金供給プログラムの詳細も発表され、ECBのハト派的バイアスは当面続くことが確認された。

6月の金融政策決定会合では、「海外経済の動向や消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長期金利の水準を維持する」というフォワードガイダンスが維持された。日銀は必要に応じて、フォワードガイダンスを、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性への備えを含めた表現(2020年度末)に長期化する可能性もあろう。ただ、日銀は追加緩和へ踏み切る可能性は引き続き小さいだろう。2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。

外的な不確実性を中国経済が乗り切ることを助けるために、PBoCは流動性緩和策の追加が必要だろう。年末までに50bpのRRR(預金準備率)引下げが3回実施され、銀行間金利のさらなる低下が促進されると見込む。それに加え、来年の早い時期には7日物リバースレポ金利の小幅(5bp)引下げが繰返されるだろう。また、2020年中頃には、グローバル景気減速が現実化すると、より大規模な利下げが実施されるともみている。

BOEは今年11月に利上げに踏み切ることがメインシナリオだが、その時点で米国経済がリセッション入りする兆候が見え始めていると、利上げには踏み切れないだろう。その場合、今回の景気サイクルでの利上げは難しくなるだろう。

米国(Fed)

●FFレート(6月末時点:2.25%-2.50%):

予想:年内に2回の利下げを7月と9月に実施

6 月 FOMC では声明文から「辛抱強く」という文言が削除された。このキーワードが除かれ、同時に「今後の情報を注視する」と発表されたことは利下げを強く示唆している。ただ時期や利下げ幅が問題となっている。6月のFOMCで25bpの利下げを支持した、FOMC内でもハト派とみられているブラードセントルイス連銀総裁は7月のFOMCで50bpの利下げは必要ないとの考えを示し、急激な利下げは必要ないとの見解を示している。パウエルFRB議長も経済の下振れリスクは高まっているが、引き続き公表される指標などに注視しながら政策運営を行うスタンスを示しており、大幅な利下げにしは慎重なスタンスを示している。マーケットでは年内の利上げをほぼ確実視しているが、いつ、どの程度の利下げに踏み切るかでマーケットの見方は割れていいる。また、マーケットではFedの利下げは予防的な意味合いが強いとの見方も強まっている。SGのメインシナリオはFedは7月と9月に25bpの利下げに踏み切ると予想している。ただ、今後発表される米国の経済指標は政局の動き次第では、利下げの時期が変わる可能性もある。

また、2020年には米国景気の勢いが弱まった兆しがより明確になるにつれて、最終的にはそれより も積極的な利下げが必要になるとみている。SGの予想はFedは2020年にも3回の利下げに踏み切り、政策金利の上限は1.25%まで低下すると予想している。FOMC 参加者の経済見通しでは、2020年 GDP見通しが何と上方修正され、また失業 率見通しも引下げられていることから、予防的な利下を実施することで米国経済の景気拡大モメンタムは維持されると予想しているようだ。ただ、インフレ率は引き続き低水準を維持し、インフレ期待が後退sるつお、Fedはインフレアンカーを維持するためにも、更なる利下げに踏み切る必要性が出てくるかもしれない。こうした見通しは重大なリスクを見落としている。

●バランスシート縮小(6月末時点:約3.875兆円)

予想:2019年10月には米国債の純買入れを再開はポートフォリオの全体水準は維持するることになるだろう

FRBは、2019年10月には米国債の純買入れを再開、バランスシート縮小を終了させると発表し、米国債購入は、MBS保有残高の減少を補い、ポートフォリオの全体水準は維持されることになるだろう。FRBはすでに、バランスシートが自然に拡大しても、将来的に米国債買入の大幅な拡大が必要になると示唆しており、この移行は2020年中頃に実施されると見込んでいる。また、米国債ポートフォリオのデュレーションを最初は短くするが、これはその後、景気を刺激すべきと判断した際には残存期間長期化プログラム(MEP:Maturity Extension Program)を実施するステップになる可能性がある、とも示している。ただ2020年に米国がリセッション入りした場合、FRBが大きくポジションを傾ける時間はそれほどないとみられる。

ユーロ圏(ECB)

●金融緩和政策(TLTRO2が2019年6月で終了、TLTRO3は2019年9月からスタート)

予想:新しいTLTRO3が9月から開始、低金利環境は2020年前半まで継続

6月の政策会合でECBは以前予想していた9月/10月よりも早くにフォワードガイダンスを変更した。変更後は“…ECBは政策金利を現行の水準に少なくても2020年前半いっぱい、必要ならばさらに長い期間据え置かれる“となった。ただ、新しいガイダンスはECBが2020年の前半いっぱいは利下げを行う意図がないと解釈することができてしまい、もし、ECBはよりハト派的なシグナルを送ることもできた。ECBがコミュニケーションによって市場に準備をさせ、または金融情勢に影響を与える必要を感じたなら、金利の方向性を示すことが次の一歩になるだろう。

また、予想されていた通りTLTRO3の詳細が発表され、TLTRO2と比べるとやや条件が厳しくなった。TLTRO3はTLTRO2終了時の資金調達に対するストレスを緩和するとともに、キャリートレードを防止するために設計されている。借入金利は2年のTLTRO借入期間の平均主要リファイナンス金利に10bpが上乗せされ、インセンティブとして2021年3月31日までにローン貸出しがベンチマークの2.5%を上回った場合、借り入れコストは預金金利+10bpまで低下する。TLTRO3ではは350億ユーロから400億ユーロ程度の控えめな需要を集めるとみている

その他の緩和策(銀行準備預金の(適用金利)階層化など)が実施される可能性は、弊社では低いとみている。そうした策を採れば、あまりにも複雑となり運営が不可能になるほか、規制面を利用した裁定取引の機会が生まれてしまう。ただ、ECBの政策ツールボックスが枯渇していることから、もし、2020年に米国のリセッション入りなどグローバルに金融政策が緩和的になると、ECBは小幅の追加緩和だけを行うと見込んでいる。利用される可能性がある他のツールは、フォワードガイダンス、(ECBが現在保有している債券が満期を迎えた際の)再投資方針の変更(即ちデュレーション延長)、および限定的な追加資産買入れである。日銀のようなイールドカーブ・コントロールや株式買入れの可能性は非常に低い(特に前者)とみられる。ECBは多くの国で構成されているためだ。

●政策金利(6月末時点:預金ファシリティ金利:-0.40%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:もし金融政策が緩和的になった場合、シンボリックな金利引き下げがあるだろうが、利上げは2021年より早くに実施されることは無いだろう

金利に関しては、2020年に金融政策が緩和的になった場合、小幅かつシンボリックな10bpの中銀預金金利引下げがある(この結果マイナス0.5%になる)と予測している。だが弊社の見たところ、ECBがごく普通の金利政策を行う手段は全く尽きている。「2021年よりも早く(ECBの)利上げが実施されることは無い」と見込んでおり、ECBは今サイクルでの利上げ機会を逸することになるだろう。

日本(日銀)

●誘導目標(6月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:次の長期金利の誘導目標が安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばになるだろうが、フォワードガイダンスが長期化される可能性は十分にあるだろう

4月の金融政策決定会合では、海外経済の不透明感が増す中で、10月の消費税率引き上げも近づいたため、日銀はフォワードガイダンスを、「海外経済の動向や消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長期金利の水準を維持する」へ、期間を明確化し、6月の決定会合でフォワードガイダンスは維持された。

日銀は必要に応じて、フォワードガイダンスを、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性への備えを含めた表現(2020年度末)に長期化する可能性もあろう。フォーワードガイダンスの長期化を除いて追加金融緩和には踏み込まないと考える。日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気のFEDの利下げがあったとしても予防的なものであり、それ以降の景気モメンタムを改善させ、円高圧力は一時的と予想できること減速に対して著しく頑強になってきているとの判断、日銀がフォワードガイダンスで早期出口論を封じながら現行の金融緩和を継続していれば、自動的に緩和効果が強くなっていくメカニズムが存在することを理由に追加緩和の必要性はないと判断するだろう。日銀はテクニカルに円高を受け入れるだろうが、ドル・円で100円を下回る加速度的な円高がグローバルな景気見通しの著しい悪化とともに起これば、2%への物価目標へのモメンタムが維持できないと判断し、日銀は追加金融緩和に踏み切る可能性はあるが、メインシナリオではない。

ただ、年末までにフォワードガイダンスを長期化のみの対応をする確率は60%程度とみられ、現在のところメインシナリオだ。FOMC参加者の見通しでは2021年中には利上げに転じている可能性が示されている。日銀は、FEDの利上げ見通しが生まれるとみられる2021年初になっても、辛抱強く緩和政策を維持することを示し、ビハインドカーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとするだろう。9月にFEDが二回目の利下げをし、10月に消費税率が引き上げられた後、1日前のFOMCでの政策見通しを確認し、10月末の決定会合で展望レポートの改訂とともにフォワードガイダンスを2020年度末まで長期化するとみられる。FEDの利下げ後のマーケットの動き次第で、長期化のタイミングは前後する可能性がある。一方、日銀が年末までにまったく動かない確率は20%程度とみる。

弱いリスクシナリオとして、FEDの利下げ後、FEDも景気・マーケットの状態がかなり悪いことを認めたと解釈され、利下げの長期間の継続と、それにともなうイールドカーブの更なるフラット化が起き、ドル・円が100円を割る円高が進行することだ。マーケットのリスクプレミアムが上昇し、株安が企業の心理を悪化させ、持続的な景気拡大がリスクとなる。日銀はETFの買い入れを増額する追加金融緩和に踏み切ることになるだろう。新たな緩和政策を維持するフォワードガイダンスも2021年度末まで長期化されるだろう。年末までに起こる確率は15%程度とみる。また、強いリスクシナリオは、米中の貿易紛争の著しい悪化などで、FEDが予防的な利下げをしても、企業の心理の悪化が止まらずリストラモードに入り、米国経済が景気後退の様相を急速に呈することだ。日銀も、2%の物価目標に向かうモメンタムが失われるリスクが高まったと判断し、現行のイールドカーブコントロールの枠組みの下で追加金融緩和を決断することになるだろう。日銀は10年金利の「0%程度」とする誘導目標と20bp程度の上限を維持しながら、下限はフリーとするだろう。それと合わせて、財政拡大とのポリシーミックスの形にする必要もあり、長期国債の買い入れを必ず実施する最低額を設定し、マネタリーベースの持続的な増加に強くコミットメントするとみる。最低限の買い入れ額のみは、2%の物価目標達成まで維持するという新たなフォワードガイダンスを設定するだろう。年末までに起こる確率は5%程度だろう。

●マイナス金利政策(6月末時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約25兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除

日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。

中国(PBOC)

●政策金利(6月末時点:預金準備率(RRR):13.50%、7日間リバースレポレート目標:2.55%)

予想:年末までに50bpのRRR(預金準備率)引下げが3回実施されるだろう

年初来で信用伸び率が回復、安定していることで、貿易を巡る緊張が強くなったダメージの一部は相殺されるとみられる。だが、外的な不確実性を中国経済が乗り切ることを助けるために、PBoCは流動性緩和策の追加が必要だろう。年末までに50bpのRRR(預金準備率)引下げが3回実施され、銀行間金利のさらなる低下が促進されると見込む。それに加え、来年の早い時期には7日物リバースレポ金利の小幅(5bp)引下げが繰返されるだろう。また、2020年中頃には、グローバル景気減速が現実化すると、より大規模な利下げが実施されるともみている。

民間セクターへの政策波及が依然として不十分な中、中小企業を含む民間への貸出しを支援する緩和策も追加されるだろう。具体的には、再貸出し割当の引上げ、TMLF(標的型中期貸出し制度)や目標を絞ったRRR引下げ、さらにTMLF金利の引下げをも通じた流動性注入が挙げられる。こうした策により、(銀行の融資配分は非常に緩やかにしか変化しないかも知れないが)少なくとも深刻なクレジットクランチのリスクは低下するとみられる。PBOCはデレバレッジ策を実施、安定した金融システムの構築も進めたいと考えているようだが、通商問題などで景気に対する懸念が強まっている中、構造改革を優先しすぎ、景気後退の可能性を高めないようにバランスを取りながら政策運営を行っていくことになるだろう。

英国(BOE)

●政策金利(6月末時点:0.75%)

予想:利上げバイアスは維持されるなか、11月の利上げがメインシナリオだが米国経済次第では今回の景気サイクルでの利上げは無いだろう

BoEは、政策正常化を最も明確に追求してきた中央銀行で、政策金利も0.25%と言う低水準から2回引上げた(2017年11月と2018年8月)。また6月の政策藍郷でも複数の政策委員が利下げの必要性を明確にしている。堅調な国内の労働市場を背景にインフレ圧力が強まりすぎる前に、利上げに踏み切りたいようだ。だが、ブレグジットを巡る不確実性が見込みより遥かに長く残り、「グローバル金融サイクル」も再び緩和に転じたことで、さらなる政策正常化の機会は無くなってきていると考えている。BOEは今年11月に利上げに踏み切ることがメインシナリオだが、その時点で米国経済がリセッション入りする兆候が見え始めていると、利上げには踏み切れないだろう。その場合、今回の景気サイクルでの利上げは難しくなるだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司