消費税の導入、引き上げと社会保障の関係(6)
●「長寿・福祉社会の礎」と説明された消費税の導入
「この改革が、我が国経済社会の活力を維持し、豊かな長寿・福祉社会をつくる礎となるものと確信をいたしております。(略)新しい税制に対する国民の信頼を得るためには、この制度を円滑に実施に移していくことが不可欠であり、最大限の努力をしてまいりたいと決意いたしておるのであります」――。これは平成に元号が変わって1カ月を経た1989年(平成元年)2月の竹下登首相による所信表明演説の一節である(7)。
ここで言う「改革」とは消費税導入を含めた税制改革を指す。税制改革関連法は前年に成立しており、4月の実施に向けた準備を進めている段階だった。平成の世は消費税の導入とともにスタートしたのである。そして、竹下首相が「豊かな長寿・福祉社会」を挙げている通り、3%で導入された消費税の目的としては、直間比率(直接税と間接税の比率)や不公平税制の見直しなどとともに、高齢化に向けた安定的な財源確保の必要性も論じられていた(8)。この後、社会保障と消費税の関連性は制度改正を重ねる度、強化されていくことになる。
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(6)財政政策や消費税を巡る政治・行政の動向については、財務省財務総合政策研究所財政史室編(2017)『平成財政史 第1巻』白峰社、清水真人(2015)『財務省と政治』中公新書、同(2013)『消費税 政と官との「十年戦争」』新潮社、伊藤裕香子(2013)『消費税日記』プレジデント社、岸宣仁(1998)『税の攻防』文藝春秋などを参考にした。
(7)1989年(平成元年)2月10日第114国会衆院本会議における発言。
(8)実際、平成に改元される直前の1988年(昭和63年)4月に示された政府税制調査会の答申では高齢化社会の進展を見据える必要性に言及しており、答申を紹介する『朝日新聞』1988年4月29日は「旗印は不公平税是正」という見出しを付けた上で、「高齢化社会の財源も名分に」という解説を加えている。さらに小倉武一会長は竹下首相に対し、福祉目的など使途を限定するアイデアを披歴したという記述がある。
●参院選大敗の一因と見なされた消費税
まず、1989年(平成元年)4月にスタートした消費税は国民の反発を浴びることとなった。これを導入した竹下内閣は同年6月、リクルート事件などによる支持率低迷を受けて退陣。同年7月の参院選でも自民党は大敗を喫し、参議院で過半数を失った。敗因は消費税だけでなく、リクルート事件、宇野宗佑首相の女性スキャンダルなどもあったが、消費税が政治家にとってトラウマになった可能性を指摘できる。
その後も消費税は政局の焦点になる。選挙制度改革の混乱と自民党の分裂に端を発した解散総選挙の結果、非自民、非共産の連立政権による細川護熙内閣が1993年(平成5年)8月に成立。さらに、細川政権は懸案だった選挙制度改革を決着させた後、1994年(平成6年)2月に「国民福祉税」構想を公表した。これは消費税を福祉目的として3%から7%に引き上げるという内容だったが、連立与党内への説明が不十分だったとして、僅か1日で撤回を余儀なくされた。唐突な発表の裏側には大蔵省(当時)主計局の影響力が指摘されている。
さらに、目まぐるしい連立の組み換えや内閣交代を経て、消費税は1997年(平成9年)4月に3%から5%に引き上げられたが、その直後の1998年(平成10年)7月の参院選で自民党は再び大敗を喫した。敗因としては所得減税を巡る橋本首相の発言のブレに加えて、不良債権問題やアジア経済危機、山一證券や北海道拓殖銀行の破綻などの経済不況が影響したのは事実であり、景気低迷をもたらした一因として消費税も挙げられた。
その後、政局の安定化を図る自民党は小沢一郎に率いられた自由党、さらに公明党との連立に踏み切るが、年金などの税方式化を唱える自由党の主張に配慮し、1999年度(平成11年度)予算から消費税の使途(地方交付税分を除く)は福祉目的に充当することが予算総則で位置付けられ、消費税と社会保障の紐付けが強化されることになった。
●消費税の社会保障税化
そして、消費税を5%から10%に引き上げる際、国民の反発を緩和する一つの方策として、社会保障税化が明確に意識される。これを推進した一人は小泉内閣の経済財政担当相など務めた与謝野馨氏であり、その淵源は小泉政権にさかのぼる。当時、小泉首相は「消費税を任期中に上げない」としつつ、歳出改革を重視していたが、消費税の議論自体は否定していなかった。こうした中、与謝野氏が取り仕切っていた自民党財政改革研究会が2005年(平成17年)10月に示した報告書で、消費税の社会保障目的税化に言及した。これが消費税の社会保障化を制度的に明確に位置付けた現行制度に至る始まりとなる。
さらに、民主党が躍進した2007年(平成19年)7月の参院選を挟み、同年11月の報告書で自民党財政改革研究会は「消費税を国民に対する社会保障給付のための財源と位置づけ、その趣旨を明確にすべく、現行の消費税を社会保障税(仮称)に改組する」との考えを示した。そして同年12月に閣議決定された「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた中期プログラム」では、消費税収について「確立・制度化した社会保障の費用に充てることにより、すべて国民に還元し、官の肥大化には使わない」として消費税の社会保障税化を掲げつつ、2011年度(平成23年度)に税制抜本改革を実施する旨が盛り込まれた。この方針は税制改革法の附則にも反映され、民主党政権期の議論に繋がる「布石」となった。
その後、2009年(平成21年)9月の政権交代を経て、消費増税と社会保障税化の議論は一度ストップするが、いくつかの曲折を経て野田佳彦政権の2012年(平成24年)8月、民主、自民、公明の賛成で税制改革法が成立した。これにより、2014年(平成26年)4月1日から8%、2015年(平成27年)10月1日から10%とすることが決まった。さらに引き上げによる増収分については、従来の予算総則で位置付けられていた年金、医療、介護の3分野に少子化対策・子育てを加えた「社会保障4経費」に使途を限定することとなり、その旨が法律で明記された。しかし、この後も消費税は政局に翻弄されることになる。
●政局に翻弄された消費税
2012年(平成24年)の総選挙を経て政権に返り咲いた安倍晋三首相は消費税を予定通りに5%から8%に引き上げたものの、8%から10%への再引き上げについて2017年(平成29年)4月まで先送りすることを決定。その判断について国民の信を問う名目で、2014年(平成26年)12月に総選挙が実施された。2016年(平成28年)6月には景気低迷リスクを回避するとして、2019年(令和元年)10月まで10%への引き上げを延期するとした。
さらに、2017年(平成29年)9月には「消費税の使い道を私は思い切って変えたい」と表明。消費税収を幼稚園・保育所の無償化などに充当することで、高齢者中心の社会保障から「全世代型」に切り替える考えを強調し、再び総選挙が実施された。
以上のように見ると、平成の始まりとともに誕生した消費税は「不幸な生い立ちをもち、政治的に時の政権を翻弄してきた経緯」(9)を経て、段階的に引き上げられてきた様子を理解できる(10)。その過程では国民の不満を和らげるため、制度創設時から社会保障に紐付けた説明がなされたこと、そして時を経るごとに関連性が強化された結果、社会保障税化や全世代型社会保障にまで繋がったことを理解できるであろう。それにもかかわらず、巨額な国・地方のPB赤字や債務残高を考えると、財政健全化に向けた道のりはなお遼遠であり、将来世代へのツケ回しという課題は次の元号まで持ち越されることになる。
では、社会保障費の増加と財政の悪化が重なる中、平成期にはどのような社会保障制度改革が実施されたのだろうか。以下、紙幅の都合上、全てを網羅できないため、消費税収の使途が限定された4分野(医療、年金、介護、子ども・子育て)について、平成期の動向を考察する。
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(9)石弘光(2008)『税制改革の渦中にあって』岩波書店p124。
(10)平成の時代に該当しないが、導入に至る前史として、大平正芳内閣が一般消費税、中曽根康弘内閣が売上税の導入に失敗していることも考慮する必要がある。
社会保障制度改革の動向
●医療分野における財政調整、自己負担の増加、在宅医療の充実(11)
平成期の医療制度改革を総合すると、(1)被用者保険(健康保険組合など)からの財政調整の強化、(2)国民健康保険に関する都道府県の役割拡大、(3)窓口で支払う自己負担の増加、(4)在宅医療の充実――といった点に整理できるであろう。
このうち、(1)については、既に事実上の財政調整として老人保健制度(12)が創設されていたが、1990年度(平成2年度)から被用者保険の負担を増やす制度改正が実施された。具体的には、高齢者医療費の負担を各保険者に割り振る際、各保険者自身の老人医療費で按分する「医療費按分」と、どの保険者も同じ老人加入割合と見なして拠出金を調整する「加入者按分」を1:1としていたが、加入者按分率を1990年までに100%としたことで、相対的に健保組合の負担が増加した(13)。このため、健保連は「被用者保険の負担に転嫁する苦肉の策でしかない」と不満を強めた(14)ことで、老人保健制度の見直し論議が高まり、後期高齢者医療制度導入を含む2008年度(平成20年度)の制度改革に繋がった。しかし、この改正を経ても前期高齢者(65~74歳)の納付金(15)、後期高齢者(75歳以上)に対する支援金(16)を通じて健康保険組合の負担は増加し続けており、健康保険組合連合会は負担軽減や制度改革を求めている。
こうした制度改正が続いている背景としては、国の財政悪化と高齢化の進行が挙げられる。高齢者の増加に伴って高齢者医療費が増えたことで、高齢者が多く加入している国民健康保険の財政が悪化した。しかし、国の財政事情が悪い中、国民健康保険に対する国の税金投入が難しくなっているため、相対的に豊かな健康保険組合の負担を増やす制度改正が続いている。
(2)の国民健康保険に関する都道府県の役割拡大については、(1)と同じ背景である。国の財政が厳しい中、国民健康保険の財政負担を軽減するため、小泉政権で実施された国・地方税財政の「三位一体改革」(17)などを経て、国の負担を肩代わりする形で都道府県の財政負担や役割を拡大させる制度改正が続けられた。その結果を示しているのが図5である。1989年度(平成元年度)の時点で国民医療費は19兆7,290億円だったが、2015年度(平成27年度)までに2.15倍の42兆3,644億円に増えた。その間、国の税負担は2.23倍、事業主の保険料負担が1.84倍、被保険者本人の保険料負担は1.89倍、患者負担などが2.11倍に増えたのに対し、自治体の税負担は4.21倍に増加している。このデータには都道府県、市町村の内訳を把握できない限界があるが、平成の時代には国民健康保険に関する国庫負担を減らす一方、2018年度(平成30年度)に財政運営を都道府県化するなど、都道府県の財政負担を拡大する改革が続けられたため、その影響と思われる。
(3)の自己負担増については、1997年度(平成9年度)に被用者保険に加入する被保険者本人の負担を1割から2割に、2003年度(平成15年度)に2割から3割に引き上げたことで、原則として3割負担で統一された。しかし、原則として70~74歳は2割、75歳以上は1割となっているため、その見直しが課題として残されている(18)。
(4)の在宅医療の充実については、昭和末期から徐々に始まっていたが、これが加速したのが平成期だった。具体的には、1992年(平成4年)の医療法改正を通じて「居宅」が医療提供の場に、1994年の健康保険法等改正で在宅医療が療養の給付として位置付けられた。さらに、1990年代前半の診療報酬改定を通じて、在宅医療に報酬が重点配分されるようになり、現在は外来、入院に続く第3の柱として見なされている。このように見ると、在宅医療の重視は平成期の医療政策の特徴の一つと言える。この背景には、自宅での看取りを望む国民の選択肢を増やす狙いに加えて、世界的に過剰な病床を削減するための受け皿として、在宅医療を整備する思惑がある19。
しかし、高齢者医療費を中心に医療費の増加は続いており、負担と給付のバランスをどう取るかという点については、次の元号まで持ち越されることとなった。
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(11)医療制度改革の動向については、吉原健二・和田勝(2008)『日本医療保険制度史』東洋経済新報社、菅沼隆ほか編著(2018)『戦後社会保障の証言』有斐閣などを参考にした。。
(12)老人保健制度は国民健康保険を事実上、救済するため、国・都道府県・市町村の税金に加えて、被用者保険からの保険料を充当するため、1983年2月にスタートした。
(13)元厚生省官僚の吉原健二は「老人の加入者按分率を一挙に100(注:%)にまであげてしまったことが老人保健法の寿命を縮めたと思います」としている。菅沼隆ほか編著(2018)『戦後社会保障の証言』有斐閣pp189-190。
(14)健康保険組合連合会編(1993)『健保連五十年の歩み』pp333-334。
(15)前期高齢者納付金とは、高齢者の加入率が高い国民健康保険に対し、被用者保険が保険料を拠出する仕組み。
(16)後期高齢者支援金とは、被用者保険や国民健康保険など74歳以下の国民が加入している保険者から後期高齢者医療制度に対し、保険料を拠出する仕組み。
(17)三位一体改革とは自治体の財政自主権を拡大するため、①国庫補助金の廃止・縮減、②その浮いた国の税金の税源を地方に移譲、③地方交付税の見直し――を一体的に進める改革である。
(18)例えば、2018年6月に閣議決定された「骨太方針2018」(経済財政運営と改革の基本方針2018)では、高齢者医療費の自己負担引き上げを「検討」すると定めている。
(19)例えば、2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書は「急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入し、入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現するとともに、受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実させていく必要がある」との考えを示している。