●給付抑制を目指した年金改革(20)
高齢化の進行や財政悪化を踏まえて、年金財政の安定化策も講じられた。その最たる例が2004年度(平成16年度)の制度改正であり、(1)基礎年金の国庫負担を2009年度(平成21年度)に3分の1から2分の1に引き上げる、(2)5年ごとに財政検証を実施、(3)厚生年金と国民年金の保険料水準を固定、(4)収入の範囲内で年金給付額を調整する「マクロ経済スライド」の導入――などが実施された。
このうち、基礎年金国庫負担の引き上げについては、その財源として消費税が想定されていたため、民主党政権を含めて小泉政権の後の政権にとって悩みの種となったが、紆余曲折の末に2014年度(平成26年度)に実現した。
しかし、マクロ経済スライドは2015年度(平成27年度)に一度、実施されただけであり、財政バランスは現在も課題となっている。
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(20)年金制度改革を巡る動向については、矢野聡(2012)『日本公的年金政策史』ミネルヴァ書房などを参考にした。
●高齢者福祉における介護保険制度の創設(21)
平成期は高齢者福祉の充実が図られた時代だった。高齢者福祉サービスの充実を図る「高齢者保健福祉推進10カ年戦略」(ゴールドプラン)が1989年(平成元年)12月に策定されており、平成の始まりととともに高齢者福祉対策が強化されたと言える。
さらに、特筆すべきは2000年(平成12年)の介護保険制度の創設である。制度化の議論は1994年(平成6年)12月の高齢者介護・自立支援システム研究会の報告書を手始めに、厚生省(当時)を中心に議論が進み、その途中には1996年(平成8年)の厚生省事務次官による汚職事件、施行直前の保険料徴収の半年間凍結などの「事件」を挟みつつ、自治体主体による措置に代わる仕組みとして、社会保険方式によるサービスの充実が選択された。この背景には、医学的ニーズが少ないのに入院する「社会的入院」の解消を通じて、高齢者医療費の圧縮と国民健康保険の財政負担を軽減する目的があったほか、市町村を保険者(保険制度の運営主体)とする判断に際しては、別に進んでいた地方分権改革の影響も受けた。
その後、20年近い歳月を経る中で国民の間に定着したと言えるが、自己負担を含む総予算額は2000年度(平成12年度)の3兆6,273億円から2016年度(平成28年度)時点で9兆9,903億円に増加した。このため、近年は財政のバランスを取る必要に迫られており、介護予防の強化や自己負担の引き上げといった制度改正が進められている。
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(21)介護保険制度を巡る動向については、介護保険制度史研究会編(2016)『介護保険制度史』社会保険研究所などを参考にした。
●子ども・子育て分野の充実
平成という時代を振り返ると、子ども・子育て分野で給付の充実が図られた点も指摘できる。前半で触れた出生率の低下に対する危機感を背景に、1995年(平成7年)から「エンゼルプラン」、2000年(平成12年)4月から「新エンゼルプラン」がそれぞれスタートし、保育所の整備などが図られた。さらに、2004年(平成16年)4月には「少子化社会対策大綱」、民主党政権期の2010年(平成22年)1月に作られた「子ども・子育てビジョン」などを経て、先に触れた消費税を引き上げる際の使途として「子ども・子育て支援新制度」が創設され、幼稚園と保育所を一体化させた「認定こども園」の普及、地域の実情に応じて小規模保育などを進める「地域型保育給付」などが位置付けられた。
近年は先に触れた全世代型社会保障の一環として、幼稚園・保育の無償化に向けた議論が進んでおり、2019年度(令和元年度)予算から実行に移される予定である。以上のように見ると、高齢者介護と並んで平成の時代に充実が図られた分野であることは間違いない。
以上のように平成期に進められた社会保障制度改革(22)のいくつかを見ると、人口の高齢化と財政事情の悪化を通じて、財政の制約が大きくなる中、医療や年金では給付抑制が図られた一方、一人暮らし高齢者の増加や女性の社会進出など新しい事象に対応するため、高齢者福祉や子ども・子育て分野では給付の充実が図られた点を確認できる。
しかし、人口的にボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になる2025年(令和7年)に向けて、医療・介護費用の増加が予想されている上、依然として大都市部における待機児童の問題は深刻であり、次の元号まで多くの宿題が持ち越されることとなった。
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(22)このほか福祉分野では2000年(平成12年)に児童虐待防止法が議員立法で成立した後、児童相談所の権限強化など児童虐待や社会的養護に関する制度改正が矢継ぎ早に実施されている。さらに障害者福祉の分野でも大きな制度改正が実施されており、障害種別に分かれた福祉制度を一本化した2005年(平成17年)の障害者自立支援法の成立、これを改組した2013年(平成25年)の障害者総合支援法の成立などが挙げられる。生活保護分野では、膨張する予算の抑制を図る観点に立ち、2013年度(平成25年度)に生活保護基準をカットした一方、生活保護になる前の段階で生活再建を支援する生活困窮者自立支援制度が2015年(平成27年)にスタートした。
政策形成プロセスの変化(23)
●官邸主導への変化
上記の改革の全てではないが、平成期の政策形成プロセスは政治主導、中でも首相官邸主導に変わった点を指摘できる(24)。ここでは詳しく述べないが、平成期の前半には小選挙区の導入を柱とする選挙制度改革、首相のリーダーシップを可能とする行政改革が実施された。その背景としては、▽1990年(平成2年)に起きた湾岸危機(後に湾岸戦争に発展)に関する国際貢献について国内の意思統一が遅れたことが批判された、▽リクルート事件など「政治とカネ」を巡るスキャンダルが相次ぎ、政治腐敗を防ぐ観点に立ち、政権交代を可能とする政治改革の重要性が指摘された、▽グローバル化や高齢化の進展などでスピーディーな政策決定が求められるようになった――といった点があり、首相官邸が制度改正をリードする場面が増えた。実際、社会保障制度改革でも患者の自己負担引き上げや診療報酬のカットなどの政策決定に際しては、当時の小泉首相の意向が強く反映した。
その際に活用されたのが2001年(平成13年)の省庁再編(25)で発足した経済財政諮問会議だった。ここでは民間議員のペーパーを基に論点を抽出し、時には関係閣僚の反対意見も引き出しつつ、首相による判断で制度改正の方向性を決定する形で、官邸主導による政策決定プロセスを演出する舞台装置となった。
官邸主導という点で言うと、厚生労働省(旧厚生省)に設置される審議会ではなく、内閣官房に設置される有識者委員会が社会保障制度改革の大きな方向性を議論するようになった変化も指摘できるであろう。例えば、福田康夫政権は2008年(平成20年)1月に「社会保障国民会議」、麻生太郎政権は2009年(平成21年)9月に「安心社会実現会議」をそれぞれ設置し、将来の社会保障費の推計などに取り組んだほか、現在の制度改革の大きな流れは2013年(平成25年)8月に公表された社会保障制度改革国民会議の報告書に規定されている。いずれの会議も内閣官房に事務局が設置され、関係団体間の利害調整を中心とする厚生労働省の審議会とは別の場所で社会保障制度改革の方向性が議論された点が共通している。
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(23)政策形成プロセスの変化については、清水真人(2018)『平成デモクラシー史』ちくま新書、同(2005)『官邸主導』日本経済新聞社、牧原出(2018)『崩れる政治を立て直す』講談社現代新書、佐道明広(2012)『「改革」政治の混迷』吉川弘文館、竹中治堅(2006)『首相支配』中公新書などを参考にした。
(24)官僚の人事管理を一元化した内閣人事局が2014年(平成26年)5月に発足し、官僚が首相官邸に反対しにくい雰囲気を作り出しているという指摘がある。『朝日新聞』2018年4月26日、『日本経済新聞』2018年4月7日を参照。
(25)省庁再編では厚生省と労働省が統合し、厚生労働省となった。働き方改革と女性参加など分野横断的な取り組みが行われやすくなった半面、1人の大臣が所管するには大き過ぎるため、分割論の是非が過去、何回か取り沙汰されている。『日本経済新聞』2018年9月22日、同月6日を参照。
●諸刃の剣の側面を持つ官邸主導
政治家と官僚の関係や政策決定過程の改革、統治機構改革は本レポートの対象から外れてしまうため、具体的な議論には踏み込まないが、こうした官邸主導の政策形成は諸刃の剣の側面がある。まず、マイナス面を挙げると、従来の積み上げてきた政策と整合しなくなる可能性が想定される。例えば、安倍首相が2015年(平成27年)9月に提唱した「新三本の矢」では、介護を理由にした離職者をゼロにする方針が示されたが、介護保険制度改革の議論と必ずしもリンクしておらず、全体として整合性が取れているとは言えない。消費税の引き上げが延期されたことに代表される通り、政局的な判断が優先されやすくなる面も指摘できる。
しかし、「ともすればコンセンサスを過剰に重視して決断を下せない傾向の強い日本にあって、政権が強力にリーダーシップを発揮することは重要である」という指摘26がある通り、官邸主導のプラス面も大きい。例えば、従来の方法や考え方に固執してしまいがちな官僚機構に対し、思い切った方向性を示せるのは官邸主導のプラス面である。確かに社会保障制度については、その制度改正が国民の生活に影響を与える分、一夜にして変えるような抜本改革が難しい面があるが、国民の代表である政治家が制度改革の大きな方向性を示した上で、関係者の合意形成を図る方法が求められる。
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(26)牧原前掲書p77。
おわりに
「平成」という言葉は元々、「内外、天地ともに平らかで平和な世の中になるように」という思いが込められていた。しかし、本レポートで振り返った通り、財政的な制約条件が強まる中、社会保障を巡る平成期の環境は決して「平らか」とは言えなかった。
しかも予見できる限り、新しい元号における道のりは一層、厳しくなる。例えば、平成期に進んだ少子高齢化は一層進行すると見られており、国家財政も劇的に改善するとは考えにくい。さらに、今後は生産年齢人口の減少が影響し、人口減少が医療・介護・福祉現場の人材難という形で社会保障制度の制約条件になる可能性も想定される。こうした中で、団塊世代が75歳以上になる2025年(令和7年)だけでなく、平成期の経済不況下に社会人となった団塊ジュニアが高齢者になる2040年(令和22年)頃も意識した社会保障制度を構築することが必要になる。
平成期に積み残した課題を解消しつつ、社会経済情勢の変化を踏まえて国民の生活をどう保障するか、そのための財源や人材をどう確保するか。国民の広範な議論と合意形成が求められる。
三原岳(みはら たかし)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
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