日銀金融政策(7月):予防的な躊躇なき追加緩和方針を明記

●(日銀)維持

日銀は7月29日~30日に開催された金融政策決定会合において金融政策を維持した。原田、片岡両審議委員は、引き続き、長短金利操作とフォワードガイダンスの方針に対して反対を表明した。声明文では、現在の低い長短金利の水準を維持する期間に関するフォワードガイダンスを「当分の間、少なくとも2020年春頃まで」に据え置いた一方、「先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」との文言が新たに追加された。

同時に公表された展望レポートでは、景気の総括判断を前回同様、「基調としては緩やかに拡大している」とし、生産の判断を「横ばい圏内」に引き上げた(前回は「弱めの動き」)。

先行きの景気見通しについても、「2021年度までの見通し期間を通じて拡大基調が続く」と回復シナリオを維持。物価上昇率についても、需給ギャップの大幅なプラス状態が維持されるもとで予想物価上昇率の高まりも相まって2%に向けて徐々に上昇していくとの上昇シナリオを維持した。ただし、経済・物価のリスクについては、従来同様、ともに「下振れリスクの方が大きい」としたうえで、とりわけ、「海外経済を巡る下振れリスクは引き続き大きいとみられ、特に、保護主義的な動きによる影響の不確実性が高まっている」との判断を追加している。

政策委員の大勢見通し(中央値・2019~21年度)では、2021年度分の物価上昇率(生鮮食品を除くCPI)こそ1.6%に据え置かれたが、2019・2020年度分が前回から小幅に下方修正された。物価上昇率の見通しは、当初に高めに設定され、以後断続的に下方修正される傾向が長期にわたって続いている(逆に上方修正は極めて稀)。

ドル円相場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

会合後の総裁記者会見において、黒田総裁は、声明文への「躊躇なき追加緩和」方針明記について、従来は、モメンタムが損なわれるような場合には、躊躇なく、追加緩和を検討するとしていたのに対し、「今回は、更に一歩進めて、モメンタムが損なわれる惧れが高まった場合に、躊躇なく、追加緩和を行うと申し上げ、より明確に日本銀行としての対応方針を示した」、「予防的(な対応)と言ってもいいかもしれない」、「これは従来から申し上げているよりもかなり金融緩和に向けて前向きになったとは言える」とその意味合いを説明。海外経済の動向を中心に、経済・物価の下振れリスクが高まっていることを明記に至った理由に挙げた。

一方で、追加緩和の示唆であるのかを問われた場面では、「時間的にすぐ(に実施)ということを必ずしも意味してはいない」と追加緩和観測の過剰な高まりをけん制した。

追加緩和の手段に関しては、「短期政策金利の引き下げ、長期金利操作目標の引き下げ、資産買入れの拡大、マネタリーベースの拡大ペースの加速等、様々な対応があり得、これらの組み合わせや応用といったことも考えられる」と従来通りの説明に留まったほか、「具体的に金融緩和の追加措置を講じるときに、どのような政策をとるかというのは、そのときの経済、物価、特に金融情勢を十分考慮し、副作用にも十分に目配りして、適切な追加策を講じるということ以上に具体的なことを今申し上げるのは難しい」と、それ以上の手掛かりを示さなかったが、副作用へ配慮する姿勢が強調された。

なお、長短金利の水準を維持する期間に関するフォワードガイダンスを今回延長しなかった理由については、「そもそも「当分の間」というのはかなり長い期間であり、そういう意味で特に今ここを変える必要があるとは思っていない」と述べた。

欧米中銀の利下げが日本の物価や為替に与える影響を問われた場面では、「適切な金融政策を通じて、それぞれの国・地域の経済が持続的に成長し、物価が安定するということは、世界経済にとっても日本経済にとってもプラスですので、金融・為替等にとってもマイナスになることはない」と述べ、金利差縮小による円高観測をけん制した。

●評価と今後の見通し

今回の声明には、「モメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」旨が明記され、予防的な追加緩和も辞さない姿勢が示されたが、利下げを実施したFRBや追加緩和を強く示唆しているECBと比べて緩和スタンスの弱さは否めない。

「追加緩和に消極的」との市場の見方を払拭し、円高をけん制する狙いがあったものとみられるが、日銀は副作用が制約となって追加緩和に容易に踏み切れない状況に陥っているため、早期の追加緩和を示唆するまでには至らなかったようだ。

今後のメインシナリオとしては、タイミングを見計らって低金利のフォワードガイダンス(「当分の間、少なくとも2020 年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定」)を延長しつつ、政策自体の変更は出来るだけ回避すると予想される。

ただし、円高の進行など、やむを得ず追加緩和に踏み切らなければならなくなった場合には、金利引き下げに比べれば目先の副作用が小さいETF買入れ増額が最も有力な選択肢になるだろう。市場の一部で浮上している「マイナス金利拡大+銀行へのマイナス金利での資金供給」策導入の可能性も否定できないものの、(1)(仕組みにもよるが)銀行の低金利貸出競争に拍車をかけてしまうことや、(2)銀行への補助金との批判を受けかねないこと、(3)金融機関・年金の運用利回りをさらに圧迫しかねないことなどから、ハードルは高くなる。

なお、長期金利の許容レンジ拡大による低下容認については、上下双方に拡大するのであれば、純粋な追加緩和とは言い難い。また、現在およそ年間30兆円増ペースまで落ちている長期国債の買入れ拡大も、めどである「年間80兆円増ペース」の範囲内で増やすことに留まるのであれば、緩和的対応とはいえ追加緩和とは言えない。また、これらの対応は、日銀が危惧するイールドカーブのフラット化に繋がりやすいという問題もある。

金融市場(7月)の振り返りと予測表

●10年国債利回り

7月の動き 月初-0.1%台半ばでスタートし、月末は-0.1%台後半で終了。

月初、米中貿易協議の再開と当面の関税引き上げの見送り合意を受けてやや上昇して始まったものの、世界的な金融緩和観測の高まりを受けて3日には-0.1%台後半に低下。一方、良好な米雇用統計を受けた米大幅利下げ観測の後退により、10日には-0.1%台前半に上昇した。その後ほぼ横ばい圏での推移が続いたが、ECBの緩和観測や米欧指標悪化を受けて、25日に再び-0.1%台後半に低下し、月末も同水準で終了した。

ドル円相場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●ドル円レート

7月の動き 月初108円台前半でスタートし、月末は108円台後半に。

月初、108円台前半でスタートした後、世界経済の減速と欧米中銀の金融緩和観測の高まりから3日に107円台に。その後良好な米雇用統計を受けて米国の大幅利下げ観測が後退しドルが上昇、9日には108円台後半を付ける。18日には米経済指標悪化を受けて107円台に下落したが、22日には報道等によって米大幅利下げ観測が後退し、108円台を回復。米耐久財受注の改善を受けた26日には108円台後半に上昇。月末も108円台後半で終了した。

ドル円相場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

●ユーロドルレート

7月の動き 月初1.13ドル台半ばでスタートし、月末は1.11ドル台前半に。

月初、積極的な金融緩和を支持してきたラガルドIMF専務理事の次期ECB総裁起用を受けてユーロが売られ、3日に1.13ドルを割り込む。さらに良好な米雇用統計を受けた8日には1.12ドル台前半に低下した。パウエルFRB議長のハト派的な議会証言を受けた11日には一旦1.12ドル台後半に持ち直したが、ユーロの上値も重く、しばらく1.12ドル台での推移が継続。その後23日には、ECBの緩和観測からユーロが売られ、1.11ドル台に低下した。月終盤は1.11ドル台前半での低迷が続き、月末も同水準で終了した。

ドル円相場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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上野剛志(うえのつよし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 シニアエコノミスト

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