●不当条項規制

前項の要件を満たすとき定型約款の個別条項は合意されたものとみなされる。ただ、実際に裁判で争われるのは約款全体が有効か無効かではなく、相手方にとって不利な特定の条項が有効か無効かである。この点について新民法は「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして」、信義則に反して「相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては合意をしなかったものとみなす」 (新民法548条の2条第2項)としている。

この条文はいわゆる不当条項規制であり、消費者契約法に定めるような類型の約款規定、たとえば事業者の損害賠償義務を過度に免除するもの(消費者契約法第8条関係)や相手方に過剰な金額の損害賠償を負わせるもの(消費者契約法第9条関係)などが該当すると思われる。この条文が有用なのは、消費者契約法は事業者と消費者との間の関係を規律するものである一方、新民法は事業者間の定型約款取引にも適用されうるものであるため、たとえば個人が消費者ではなく、個人事業主のように事業者と判断される場合においても本条の適用の可能性があることである(11)。

仮に、ネット上のインフラ企業からの委託で個人が宅配をするような契約があり、その契約が定型約款に当たるとして、その定型約款に委託者であるインフラ企業の損害賠償責任を過度に免責するような規定があれば、その条項については合意がなかったと解することになる。

なお、本条の不当条項には相手方が想定できないような商品を抱き合わせ販売するような不意打ち的な条項の規制も含むものと考えられている(12)。

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(11)ただし、事業者間においては、それが定型約款なのか、単なるひな形が交渉力の格差により強制されているだけ(≠定型約款)なのかは解釈がむつかしい(同上P246注記)。
(12)同上p252注1参照。一ヶ月無料体験だけを謳いながら、一ヶ月以内に申し出がなければ、解約不可の長期・高額の有料契約が自動的に締結されるなどとするものも不意打ち条項に該当すると思われる。

●定型約款の内容の表示

前述の通り、定型約款での取引においては、事業者が相手方に定型約款を提示・交付すべきことは定型約款が有効となる要件として定められていない。しかし、相手方が定型約款の内容を知りたいと考えた場合にはどうなるのであろうか。

この点について定めているのが、新民法第548条の3である。それによると定型契約の前後を問わず、事業者が相手方から求められた場合は遅滞なく定型約款の内容を示さなければならないとされている。ただし、既に書面あるいはCD等で交付済みの場合は再度示すことを要しない。

この請求があったにもかかわらず内容を示すことを拒んだ場合の効果であるが、契約締結より前に請求があった場合については定型約款の個別条項についての合意が生じないこととされる(新民法第548条の3第2項)。定型契約締結後に定型約款開示を請求した場合には、このような効果はない。ただし、法定の義務の不履行にあたり、債務不履行責任が生ずる(13)。

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(13)同上p256注4参照。ただし、何を損害として見るのかは必ずしも明らかではない。

定型約款の変更

●これまでの実務

法制審議会において実業界から要望が多かったのが、定型約款の変更に関する規制を設けることであった。大規模かつ継続的なサービス提供契約などにおいては、技術の進歩や法令の改正、業務の統廃合といった契約時には想定できないような事情の変化が生ずることがある。昨今では、ほとんどすべての取引をシステムで対応する関係上、システムのバージョンアップやリニューアルに伴う一部取扱の廃止や変更が不可避となるという事情もある。

生命保険業界においては、一般に長期契約である特性から、既存の保険契約者にとって有利な変更は遡及して適用し、不利益となると考えられる変更は新規契約者から適用するといった取扱が一般であった。他方、損害保険においては一年更新の商品が多く、定型約款を変更したい場合は、契約更新のタイミングで約款を変更してきた。

業界によっては、約款に条項変更権を規定し、その規定により約款を変更することや、異議のある契約者は解約できることとして、変更内容を個別に郵送・通知し、返送がないことを以って変更内容が承諾されたとするような取扱も見られた。

●定型約款の変更

事業者が定型約款を一方的に変更できる場合として、新民法は以下の二つのケースを挙げている。

(1)変更が相手方の一般の利益に適合するとき
(2)変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき

(1)については問題ないであろう。(1)では相手方にとって有利になるだけなので通常相手方が拒絶することが想定できないため、有効と認めてよい。

問題は(2)である。この部分は、相手方に不利益であっても、契約の目的に反せず、必要性や相当性、契約変更権の規定の存在等を含めた合理性があるときは、定型約款を一方的に変更できるとした。契約の目的に反しないというのは比較的わかりやすい。契約の目的に反するような約款条項変更はそれだけで契約の継続根拠に疑問を抱かせる。一方、合理性については、これは特に相手方にとっても「やむをえない」と考えられるような事情が総合的に存在することを要するものと思われる。

また、定型約款の変更には一定の手続きが要求され、変更の効力発生時期を定めたうえで、定型約款を変更する旨、変更後の定型約款の内容、効力発生時期についてインターネットの利用その他の適切な方法によって周知しなければならず、上記(2)の変更の際には、効力発生時期が到来するまでに周知をしなければ、その効力を生じないとされている(新民法第548条の4第2項第3項、図表4)。

改正相続法,約款
(画像=ニッセイ基礎研究所)

おわりに

本文で見たとおり、定型約款が合意されたとみなされるには、定型約款が必ずしも事前に相手方に開示されていることを要しないこととされている。これは最近の有力説や判例である契約説とどのような関係に立つのであろうか。

新民法はあくまで定型約款を契約内容とすることに合意(組み入れ合意とも呼ばれる)すること、あるいは事業者からの定型約款を契約内容とすることを前提とした契約締結の勧誘に対して合意をしたことという相手方の意思があることを以って、定型約款の個別条項についての合意があるとみなしており、やはり有効性の根拠を意思においている。しかも、相手方が定型約款を確認したい場合は事業者に対して定型約款の開示を要求する権限を付与し、その内容を事前確認する機会を与えている。したがって現行各業界の実務に過重な負荷をかけないようにしつつ、契約説の延長線上に構築された判断枠組みであると考えることができよう。

いずれにせよ、この問題は大きな論点であり、今後の議論の展開を待つこととしたい。

松澤登 (まつざわ のぼる)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任

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