資産活用という選択肢

退職後も退職前と同程度の生活水準を維持し、かつ生存中に資産が枯渇してしまう可能性をある程度抑えるためには、かなりの資産を用意しなければいけない。しかし、退職までの期間が相対的に短い50代であっても、十分な資産を用意できている世帯は少なく、およそ半数の世帯は退職後に生活水準が10%以上低下する可能性が高い(1)。十分な資産を用意できていない世帯にとって、就労延長は生活水準を維持するための一つの選択肢であるが、3割程度の人は70歳まで働いても退職後に生活水準が10%以上低下することが見込まれる(2)。75歳や80歳まで働くことも選択肢の一つであるが、住宅資産を含む資産の活用に資する金融商品も選択肢の一つとして検討することを提案したい。

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(1)基礎研レポート「50代の半数はもう手遅れか-生活水準を維持可能な資産水準を年収別に推計する
(2)基礎研レポート「就労延長で生活水準はどうなるか

就労延長しても生活水準の低下が見込まれるのはなぜ?

はじめに、70歳まで働いてもなお退職後に生活水準の低下が見込まれる世帯の特徴を二つの観点で確認する。一つ目は、賃金の後払いという制度設計ゆえに、老後の生活資金を強制的に貯蓄する機能を有する退職金(3)の有無という観点で、もう一つは借入金残高の状況という観点だ(図表1)。

生活水準,リバース・モーゲージ
(画像=ニッセイ基礎研究所)

まず、老後の生活水準の準備状況により、50代世帯を4つのグループに分けて、グループ毎に退職金や借入金の状況をみてみる。すると、老後の生活資金の準備が不十分な世帯グループほど、退職金が無い世帯の割合が高い。しかし、老後の生活資金の準備が最も十分な世帯グループ(グループ1)と最も不十分な世帯グループ(グループ4)との差は、退職金の有無より借入金の有無の方がはるかに大きく、グループ4のうち借入金がある世帯は9割を超える。これは、老後の生活資金の準備状況に応じてグループ化しているのだから当然の結果であると言える。特筆すべきは、グループ4の平均借入金残高(各グループのうち、借入金を有する世帯に限った平均値)が2,000万円程度に及ぶことである。このグループ4の大部分は、借入金残高が、現在保有する金融資産残高に今後期待できる資産残高の積み上げ(現在と同程度の収入維持が期待できる今後5年間は所得の10%を貯蓄に回し、かつ年率2.5%で運用して得られる額)を加え、更に退職金見込額も加えても借入金を返せない状態にある。このため、公的年金の一部を借入金の返済に充てる必要性がある。ちなみに、今後5年間の貯蓄する割合を収入の10%から30%に引き上げてもなお、公的年金の一部を借入金の返済に充てる必要性がある世帯も少なくない。しかしながら、現在50代で貯蓄割合が30%以上の世帯は5.8%に過ぎず(金融広報中央委員会 家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](平成30年調査結果))、貯蓄割合の更なる引き上げは容易ではない。

公的年金の一部を借入金の返済に充てる必要性があるほど多額な借入金の大部分は、住宅ローンである。50代の持家率は87%と高く、50代の借入金残高の約9割が、住宅や土地のための借入金である(総務省 家計調査報告(2018年))。そして、退職金を受け取った人のうち退職金の主な使い道が住宅ローンの返済であると回答した人の割合が20%でかつ、保有資産が少ないほどこの割合が高いといった調査結果もある(図表2)(4)。

生活水準,リバース・モーゲージ
(画像=ニッセイ基礎研究所)

借入利率を上回る運用利回りを確保できるならば、借入金の返済に充てるよりも資産運用に回す方が有利である。しかし、借入利率を上回る運用利回りを確保できることは稀(5)で、通常は、借入利率を上回る運用利回りを目指すためには、相応の資産価格変動リスクを受け入れる必要がある。理屈上は借入金を相殺した純資産残高を資産運用に回すよりも、借入金の返済に充てずに金融資産残高を資産運用に回す方が、投資額が大きいため資産価格が上昇した場合の利益が大きい。しかし、運悪く資産価格が下落した場合の損失も大きい。一般的には資産価格が下落した場合の損失を回避したいと考える(リスク回避的)ので、70歳まで働いてもなお退職後に生活水準の低下が見込まれる世帯の大部分は、資産運用に回せる資金を保有していないと考えているであろう。そこで、金融資産額残高や収入に照らして多額の住宅ローンが残っており、かつリスク回避的な世帯を想定し、純資産残高には勘案されていないが住宅ローンにより取得しているはずの住宅資産の活用の効果を評価する。

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(3)退職一時金及び企業独自の退職年金をまとめて退職金を記載する
(4)野尻哲史「高齢者の金融リテラシー~生活に不安を抱えながらも資産の持続力に楽観的~」フィデリティ退職・投資教育研究所
(5)住宅ローン減税やiDeCoなどの節税効果が期待できる場合や、固定金利で借入れた後に市場金利が大きく上昇した場合など

多額の住宅ローンが残っているのなら、いっそのこと返済しないという選択もある

住宅資産活用の代表例といえば、リバース・モーゲージである。借入金という点では一般的な住宅ローンと変わらないので純資産額が増えるわけではないが、死亡時まで元本返済の必要がなく、その分を老後の生活資金に回すことが可能となる一方、通常は月々利息を支払う必要がある(図表3)。本稿では、死亡時まで元本返済の必要がないメリットと、月々の利息支払というデメリットが老後の生活水準にどのような効果をもたらすのかを確認する。

残念ながら、リバース・モーゲージの大部分は金利が上昇すると利息の支払い負担も増大する変動金利型である。今回は金利変動リスクを勘案しない代わりに、実勢を上回る水準を含む様々な借入金利(1.5%~4.5%、1.0%刻み)を想定し、リバース・モーゲージ活用の効果を確認する。リバース・モーゲージには、金利変動リスクだけでなく担保不動産の価格変動リスクもある。中には、自宅(担保物件)の価値が大きく下落した場合に生存中でも借入金(元本の一部)の返済義務が生じるタイプのリバース・モーゲージもあるが、今回は、住宅融資保険を利用することで、不動産価格が大きく下落しても生存中に借入金の返済義務が生じないタイプを前提とする。住宅融資保険を利用した商品は、資金の使い道が限定されるが、住宅ローンの借換えを目的とした利用が可能である。したがって想定する金融資産額残高や収入に照らして多額の住宅ローンが残っており、かつリスク回避的な世帯には適切な手段と考えられる。

リバース・モーゲージへの借換えタイミングは年齢制限を満たす限り任意だが、本稿では、65歳到達時に借換えることを前提に住宅資産の活用の効果を評価してみる。リバース・モーゲージによる資金調達は、借換え時の年齢が低いほど調達額の制約が大きく、満60歳未満の場合は不動産評価額の30%までに、満60歳以上でも50%~65%までに制限されるからである。なお、65歳時点の残債は現時点の負債総額の50%と仮定し、65歳時点で負債総額が500万円(現時点で1,000万円)を上回る場合のみリバース・モーゲージへの借換えるという前提で検証する。

生活水準,リバース・モーゲージ
(画像=ニッセイ基礎研究所)

結果は図表4の通りで、リバース・モーゲージの活用により生活水準を維持することは難しい。借入金利が1.5%と低い場合、中・高所得者層でグループ4(生活水準が10%以上低下する可能性が大きい)の出現割合が多少低下する。しかしながら、条件を満たせば割引金利が適用される一般的な住宅ローンと異なり、リバース・モーゲージの借入金利はおよそ3.0%(割引適用前の基準金利+α)と高く、1.5%という設定が現実的でない(6)。借入金利が3.0%前後ならほとんど効果はない上に、金利上昇による支払負担増加リスクを抱えることにもなる。前述の通り、リバース・モーゲージの大部分は変動金利型だが、仮に固定金利型を利用できるとしても、通常、借入金利は固定金利型の方が高いため、生活水準の維持には役立たない。

生活水準,リバース・モーゲージ
(画像=ニッセイ基礎研究所)

リバース・モーゲージによる効果が低いのは、生存中に資産が枯渇する確率を5%に抑えることを前提としているからである。資産が枯渇を招くファクターは長生きだけでなく、老齢厚生年金を受給できる夫の早世も資産の枯渇を招く。リバース・モーゲージは、契約者(通常、夫)が死亡しても、配偶者(通常、妻)が生存している限り元本返済の必要はないが、夫が死亡して年金受給額が減っても利息の支払いは免除されない。また一般の住宅ローンと異なり元本を返済しないので、借入金利3%の場合、夫婦の一方もしくは双方が長生きして借入期間が31年を超えると支払い総額が元本を超える。そして65歳女性が96歳以上まで生存する確率は20%を超える(図表5)。つまり、公的年金の一部を借入金の返済に充てる必要性があるほど多額な借入金を抱える世帯にとって、リバース・モーゲージへの借換えは目先の借入金返済負担を軽減する有効な手段とはなるが、長生きした場合や生存中に金利が上昇した場合には、生活水準の低下を招く。借入は一生の間での消費時期の前倒し手段に過ぎないのだから、長生きに備えた資産不足を補う手段にはならない。長生きに備えた資産が圧倒的に不足する場合は、やはり、就業期間を更に延長するか、長生きリスクをシェアすることで一世帯当たりの必要資産額を引き下げる仕組みが必要となる。

生活水準,リバース・モーゲージ
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(6)一般の住宅ローンのように、条件を満たせば借入金利を割引くことで、1.5%程度の商品もあるが、その条件は他のサービスの併用(購入)であり、老後の生活資金が不足する世帯は通常購入しない余裕のある世帯向けサービスである。

長生きリスクをシェアするという選択

最後に、長生きリスクをシェアする仕組みである長寿年金活用の効果を検証する。検証にあたり、長寿年金には妻が加入することとした。これは、想定する夫婦(老齢基礎年金に加え老齢厚生年金も受給できる夫と老齢基礎年金のみ受給する妻で夫婦は同年齢)にとって、老齢厚生年金を受給できる夫の早世が資産の枯渇を招く大きなファクターであるからだ。55歳から75歳迄月額2万1千円程度支払い、75歳以降は生存する限り年額24万円受け取る長寿年金を1口とし、各世帯にとって最も適した口数分加入するものとし、シミュレーションしてみた。結果、所得水準によらずグループ4(生活水準が10%以上低下する可能性が大きい)の出現割合が低下することが分かる。加えて、生活水準を落とす必要の無いグループ1(既に保有)及びグループ2(今後の資金計画次第で達成)の出現割合も、中・高所得者層を中心に増加することが分かる。通常、所得が高いほど多くの金融資産を保有するが、生活水準も高いため、退職後も生活水準を維持するためには多額の資産が必要となる。年収1,000万円以上の世帯の場合、7,000万円程度の資産が必要となるため、グループ1(既に保有)の出現割合が低い。所得が高い世帯である程度の資産があれば、長寿年金活用により生活水準の維持が一定程度可能となる。

生活水準,リバース・モーゲージ
(画像=ニッセイ基礎研究所)

世帯によって最適な金融商品は異なる

当レポートでは、高齢者向け金融商品としてリバース・モーゲージ及び長寿年金の効果を確認した。リバース・モーゲージへの借換えは目先の借入金返済負担を軽減する有効な手段ではあるが、長生きした場合や生存中に金利が上昇した場合には、生活水準を低下させざるを得ない。一方、長寿年金は目先の保険料支払負担は増えるが、長生きリスクをシェアする仕組みのために、長生きへの備えは各世帯で準備するより少なくて済む。もちろん長生きリスクをシェアする必要がない世帯、つまり資産が枯渇するリスクが比較的少ない世帯にとっては、投資信託などの金融商品の方が有用であろう。

このように老後のための資金の準備状況や所得水準、更には目先の生活が楽になれば備えは要らないと考えるのか、将来への備えは必要と考えるのかによって、最適な金融商品は異なる。このため、適切な情報提供やアドバイスを通じて、各世帯が適切に金融商品を選択できるように金融機関等がサポートする仕組みが極めて重要である。当レポートが各世帯のより良い選択の一助となることを願う。

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高岡和佳子(たかおか わかこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

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