(本記事は、橋下徹氏の著書『トランプに学ぶ現状打破の鉄則』=プレジデント社、2019年8月11日刊=の中から、ZUU online編集部の責任で一部を抜粋・編集しています)
僕にはメディアとやり合うトランプの気持ちがわかる
トランプのおっちゃんは、相変わらずメディアと大喧嘩しているけど、その気持ちはわからなくないよ。僕も自称インテリたちに対しては今でもツイッターで反論することがあるし、知事、市長時代は会見などでメディアとも徹底的にやり合った。
だから言うわけじゃないけど、喧嘩するくらいのほうが馴れ合いよりもよっぽどいい。トランプに罵倒されたCNNは、大統領選挙後、トランプ追及チームをつくったらしい。いいじゃないか!! 他のメディアだって、トランプ大統領やホワイトハウスに気を使う必要は一切ない。
トランプとメディアのガチンコの喧嘩状態によって、「政治家と記者との人間関係をもとに、他社と横並びの情報を入手できる代わりに、特ダネ競争が生じない」という歪んだ今のメディアの状況から、「各社が本気で取材競争をする状況」に変わることを僕は期待している。
しかも、国民が本当に望んでいる、深掘りした調査報道で各社が競争する状況をね。これはアメリカのメディアに対してだけでなく、もちろん日本のメディアにもそうなってほしいと思っている。
メディアの側も、いわゆる政治部の常識にどっぷり浸かってしまっているのか、メディアが報じる情報と、国民が求めている情報との間にかなりの乖離があるように感じる。メディアはいわゆる政治部の価値観で重要だと感じる情報を報じるけど、それは正直、国民にとってはどうでもいい情報であることが多い。
たとえば、首相が解散をいつするのかという情報が、いわゆる政治部や永田町におけるトップ中のトップの情報となっていて、永田町に生息する政治部記者たちは、この情報をつかむことに命を懸けている。
そりゃ国会議員にとっては、いつ解散されるかという情報は死活問題だろう。選挙は自分の身分を守るための最大のイベントで、それがいつなのかによって、準備が必要になってくるからね。でも、国民にとってはどうでもいい情報だ。首相が解散宣言をしてから、後でそのことを報じてもらうだけで十分。国民は、首相が解散する時期を事前に知る必要はまったくない。
ところが、永田町の記者たちの間では、首相がいつ解散するかという情報を、少しでも早く入手した者に最高の栄誉が与えられる。
こういった例に限らず、メディアと有権者の意識が乖離しているところはたくさんある。メディアは、国民が本当に求めている情報、本当に国民のためになる情報を捉えきれていないと思う。ちょうど、政治家や自称インテリが、国民の意識を捉えきれていないのと同じだね。
そして、政治と有権者を媒介するメディアが有権者(国民)の意識を捉えきれていないことが、政治と有権者の乖離を生む原因になっている。政治と有権者が今乖離しているのは、メディアの責任だと言っても過言ではない。
メディア側ももうそろそろ、国民が必要としている情報は何かについて、国民視点で考え直さないと、国民から本当に愛想を尽かされるよ。
だから、トランプとメディアの大喧嘩状態は、僕は大歓迎だ。政治とメディアの馴れ合い関係に終止符を打ち、これまでのいわゆる政治部の価値観による報道を見直す機会となり、メディアが政治をきちんと調査するきっかけになるかもしれない。これは、国民にとってはいい傾向だ。ただ注意しなければならないのは、ホワイトハウス側がメディアの切り崩しをしてきたときだね。
「切り崩し」とは、敵と味方に分け、味方には情報を渡し、敵には情報を遮断すること。取引や駆け引きに自信のあるトランプなら、メディアとの取引もやってくるだろう。
味方に位置付けられたメディアは、特別な情報を手に入れる代わりに、完全に権力の犬となる。敵に位置付けられたメディアは、特別な情報ほしさにトランプの味方につきたい動機が強くなり、権力と闘うガッツを揺さぶられる。このときにメディアがどう振る舞うかが勝負どころだね。
国民のことを思えば、メディアにはとことんトランプ・ホワイトハウス側と闘ってもらいたい。そして、トランプのおっちゃんも、メディアを裏で取り込むんじゃなく、言論闘争の範囲内で、表でガンガン闘ってもらいたい。
トランプのおっちゃんは、とことん質問を受けて、ガンガン反撃すればいい。そして最後は有権者が判断する。これが民主政治だ。トランプがメディアと喧嘩すること自体を大人げないと批判する自称インテリたちの頭の中には、政治とメディアの馴れ合いの弊害がまったく浮かんでいないと思う。
アメリカのメディア数百社が、一斉にトランプ大統領に抗議記事を書く運動を行ったことがある。「トランプはメディア攻撃をするな!」「報道の自由の侵害だ!」と。
だけど、僕は言いたい。あのね、そうやって一斉に抗議記事を書けること自体、報道の自由が守られている証拠なんだよ。これが北朝鮮はもちろん、中国、ロシア、トルコ、シンガポールなどの国だったら、たちまちそのメディアはつぶされる。
メディアがトランプのメディア攻撃に対して、さらなる反撃を食らわすのはいいことだ。でも、その反撃は、「報道の自由の侵害!」という自称インテリたちがよく口にするお決まりのフレーズでやるべきじゃない。
このフレーズは、それこそトランプ政権がメディア会社の人事や経営に介入してきたときには、民主主義を守る大義となるけど、そうでない限りは、単なる抽象的なフレーズで、まったく意味をなさない。トランプ政治の中身を具体的に批判することで徹底的に抗議すべきだ。
ちなみに令和元年5月、天皇陛下即位後最初の国賓として、トランプ大統領は日本にやってきた。そのときの記者会見では、アメリカの記者と日本の記者の力量の差が歴然としていたね。アメリカの記者の質問は鋭い。それに対して、トランプの回答も、官僚が用意した答えではなく、トランプ自身の気持ちの入った当意即妙の答えだった。
役所的にはまずい答えも多々あっただろうけど、そんなのは後で訂正すればいい。ここでも、アメリカ政治のダイナミズムを感じたよ。