(本記事は、橋下徹氏の著書『トランプに学ぶ現状打破の鉄則』=プレジデント社、2019年8月11日刊=の中から、ZUU online編集部の責任で一部を抜粋・編集しています)

他者にルールを守らせるためには、時には力わざも必要

勝ち負け
(画像=encierro/Shutterstock.com)

今、アメリカと中国の貿易戦争が激化している。トランプが、中国からの輸入品に高額な関税をかけたり、ファーウェイという特定の企業を世界市場から締め出そうとしたりしているんだ。

たしかに、トランプのやり方は強引だ。メキシコに対しては、国境警備をきちんとさせるために、関税引き上げをちらつかせたりもしている。そして、トランプがいやらしいのは、無茶苦茶なことをやっている割に、きちんとアメリカの国内法に則っているということだ。

中国に対する関税引き上げは、通商法や通商拡大法に則って。そして、メキシコに対しては国際緊急経済権限法に則っている。武力の行使じゃなくて、使える法律を最大限に使って戦を仕掛けているんだ。

このようなトランプのやり方に対して、「国際秩序を乱すな!」と批判することは簡単だけど、中国が国際ルールを守っていないことはたしかだし、貿易ルールを守らせる国際機関であるWTOが現在機能していないこと、メキシコが国境管理をきちんしていないこともたしかだ。そして、これらの問題を実際に正そうとした政治指導者がこれまでいただろうか?

だいたいアメリカの政治家には、「中国けしからん!」と言っている者が多い。日本の政治家も含め、西側諸国の政治家にだって、中国の態度振る舞いに文句を言っている者がどれだけ多いことか。だけど、彼ら彼女らは具体的な行動は起こさない。政治指導者同士が顔を合わせると、普通はいい格好をして、ニコニコ笑顔の「綺麗事談笑」で終わる。

だから、WTOという国際機関にさまざまな問題があることは、これまで大きく取り上げられることがなかった。そのせいで、中国の貿易や国内政策の不公正さが見逃され、放置されていた。中国の横暴な態度振る舞いも止まらなかった。

トランプはそのような現状を変えようとしている。本気で中国に対峙し、抑え込みにかかっている。そのために、武力行使ではない戦、つまり貿易戦争を仕掛けて大騒ぎしているんだ。

現状を打破するためには、まずは事態を動かさなければならない。口だけではなく、行動だ。実際、トランプの大騒ぎによって、WTOを改革しなければならないという機運が国際政治の場に芽生えてきたし、メキシコ側にも国境管理を厳格化する動きが見られる。

中国は、トランプの力ずくの要求に簡単に屈するわけにはいかないから抵抗しているけど、それでもこれまでのやり方を改める必要性は認識しているだろう。

事態が動いたなら、次に正しい方向に持っていくのは世界各国の役割だ。そもそも、このようなトランプの貿易戦争を食い止めることができないWTOに問題があることは明らかだ。これまでのような綺麗事を言っているだけでは、今の事態を正しい方向に落ち着かせることはできないし、WTOの改革も実現できない。トランプに負けないくらいの迫力をもってトランプに迫らなければいけないんだ。

ただし、アメリカに対して、他国が一国で挑んでも勝てるはずがない。だから、複数国でタッグを組んでアメリカに挑まなければならないんだけど、今の国際会議の状況を見ると、そんな雰囲気にはなっていないね。

たしかに、国際ルールに基づく世界秩序は理想のかたちだ。しかしそのルールが不公正なものだったり、ルールを守らない者がいたりする場合に、それらを正していくには莫大なエネルギーが必要となる。

これまで放置されていた問題を解決するためには、まずはとてつもないエネルギーを注ぎ込んで現状を「動かす」。そして次に、それを「正しい方向に」持っていく。自称インテリたちが唱えるような理想のかたちが、いきなり実現するわけがない。これが現状打破の鉄則だ。

日本の政治家は絶対にトランプに太刀打ちできない

協定を結ぶとき、強い者が自分に有利な条件を引っ張り出すというのは当たり前のことだ。だからトランプは、当選してすぐ、日本に対して在日米軍の駐留経費の問題を出してきた。「こら日本。お前らはアメリカ軍に守ってもらいながら、金を十分に出していないじゃないか」とかましを入れてきたんだ。

今までのアメリカの大統領だったら、そんなことは絶対に言わなかった。いい格好をして、「日米同盟を結んでいる日本を侮辱するような発言をしてはいけない」「大国アメリカが金の話をするなど、はしたない」というのがポリティカル・コレクトネス、綺麗事だったからね。

そこで日本政府は一生懸命、トランプ・アメリカに対して「日本が負担している金額は他国と比べて多い」と説明した。

これはある意味正しい。アメリカの日本駐留経費のうち、75%を日本が負担しているという計算結果がある。ちなみに、ドイツは50%程度、その他の国では30%程度しか負担していない

安倍首相との会談で考えが変わったようだけど、当初トランプは日本に「100%負担してくれ」というようなことを言っていた。でも、お金の負担の話は、日米同盟の本質的な部分じゃない。

日本のコメンテーターや学者は、「日本は十分に金を負担している」と言うけれど、トランプが言いたいのは「血の負担はしているのか?」ってことだ。トランプは、集団的自衛権の話を突きつけてきたんだよ。

日本では、集団的自衛権や安倍さんが成立させた安保法制について、「違憲だ!」「立憲主義に反する!」という批判が猛烈にある。

だけど、集団的自衛権を批判していたそういう人たちは、アメリカに「我々アメリカ人は、日本が窮地に陥ったときに若い兵士を派遣して、日本のために血を流します。命を懸けて日本のために働き、守る覚悟です。そうであればアメリカが窮地に陥ったときに、日本は命を懸けてアメリカを守ってくれますよね」と言われたらどうするんだろう。

これまで日本は、憲法9条を盾に「集団的自衛権」を否定してきた。だから、日本の建前では「アメリカのために血は流しません」となる。

そういう日本の主張について僕は情けないなと思ったけど、日本の国会での議論は象徴的だった。民進党が「アメリカの戦争に日本は巻き込まれていいのか!」「アメリカの戦争に日本の子どもたちが巻き込まれていいのか!」と言って、集団的自衛権に反対していた。

じゃあ、日米安全保障条約によって、日本の戦争に巻き込まれるアメリカについてはどう考えるんだよ。

自分は仲間に守ってほしいけど、自分は仲間を守らない。これほど情けない「自分ファースト」はないけど、こういう自分ファーストの連中に限って、トランプのアメリカ・ファーストを批判するのは、まったく笑い話だよ。

日本が他国からの侵害の危機に陥ったときのことを考えてみよう。日本は、敵を攻撃する能力が低い。日本の自衛隊は核兵器を持っていないし、GPSを使った世界規模の位置情報の衛星も持っていないから、情報収集能力もない。そういうことに関しては、すべてアメリカにおんぶに抱っこ、任せきりの状態だ。

日本の自衛隊は優秀だけど、はじめから爪と牙を落とされた、ほぼ丸腰の状態だ。向こうから迫ってきたミサイルや迫ってきた戦闘機を追い払う能力はあるけれど、敵を攻撃したり、敵のミサイルの発射基地を攻撃したりする能力はない。こういうことは全部、アメリカがやることになっている。

日本は「盾」の役割。米軍に基地を提供して、日本は後方で米軍を支援していく。一方、「矛」として敵を攻撃するのはアメリカの役割ということだ。

僕はアメリカで取材したときに、いろんな人に聞いて回った。

「アメリカが窮地に陥ったとき、日本はアメリカのことを助けられません、それでいいんですか?」と。

そうしたら、「そんなことははじめて知った」「日本とアメリカってパートナーじゃないの? 困ったときに助けるのがパートナーじゃないの?」と言うアメリカ人ばかりだったよ。

普通はそうだよね。一方が「私はあなたを助けます」と言っているのに、相手が「私はお金は出しますが、あなたを助けません」という関係は、どう考えてもパートナー関係じゃないでしょ。

トランプは、そこをバチンと日本に言ってきた。最初は「日本は金を(全額)負担していない」と迫り、金は負担していると日本が説明すると、次は「血の負担をしていない」と迫ってくる。その上で、2国間でアメリカ有利の貿易協定を迫られるんだから、日本はたまったものじゃない。

こんなトランプのおっちゃんに、坊ちゃんお嬢ちゃん育ちの日本の政治家たちが本当に太刀打ちできるのか。僕が恐れているのはそこのところだ。

トランプは差別主義者だとか、女性蔑視者だとか、排外主義者だとか、そんなふうに批判するのは簡単だけど、今一番日本人が考えなきゃいけないのは、あのトランプのおっちゃんに対応できるのは誰なのかということだ。

トランプに学ぶ現状打破の鉄則
橋下徹(はしもと・とおる)
1994年3月早稲田大学政治経済学部卒業・司法試験合格。1997年弁護士登録。翌年、大阪市北区で橋下綜合弁護士事務所を設立し、独立。2003年4月『行列のできる法律相談所』にレギュラー出演開始。2008年1月27日大阪府知事選。183万2857票を獲得し、圧勝。2008年2月6日大阪府知事就任。2010年4月19日大阪維新の会創設。2011年12月19日大阪市長就任。2015年5月17日大阪都構想の賛否を問う住民投票。得票率差1%未満で否決される。2015年12月18日任期満了で大阪市長を退任。政界引退。現在に至る。

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