(本記事は、橋下徹氏の著書『トランプに学ぶ現状打破の鉄則』=プレジデント社、2019年8月11日刊=の中から、ZUU online編集部の責任で一部を抜粋・編集しています)

選挙で勝つためには「闘う姿勢」と政治的な「色」が必要だ

選挙
(画像=Derek Hatfield/Shutterstock.com)

選挙後は、トランプがなぜ勝ったのかの分析が花盛りだった。ラストベルト地帯(錆びついた工業地帯=アメリカ中西部から一部大西洋岸に至る、衰退したかつての重工業地帯)を制したとか、白人労働者たちの怒りの声を吸収したとか、ヒラリーが黒人票を意外に吸収しきれなかったとか、後からいろんな意見が出てきた。

こういう分析は、後付けで選挙後に言うんじゃなくて、選挙前に情勢分析としてきちんと公にしないといけないし、それができる人こそが、真の専門家、真のインテリだね。

選挙直後の分析は、選挙前や投票日の世論調査なども使ってやっていたようだけど、そもそもその世論調査による事前の選挙予測が外れたんだから、そんな世論調査をもとにした事後分析は当てにできない。

それに、勝つか負けるか、生きるか死ぬかの選挙をやり続けてきた者であれば、巷の世論調査がどれだけ当てにならないかもわかっている。

研究者が行う世論調査は、もっと信用力がない。サンプル数が少ないし、金とマンパワーが弱いから、統計学的な信用力もほぼないことが多い。世論調査って、きちんとやろうと思えば莫大な金がかかるんだ。僕も何度も選挙をやったけど、研究者の行う世論調査を当てにしたことは一度もない。

選挙の結論は極めて簡明だ。政権与党であれば、これまで多くの有権者に満足を与える政治をやってきたならば勝ち。多くの有権者がこれまでの政治に不満を抱いていたのであれば、負け。すなわち、野党の勝ち。

結局のところ、選挙ってそれだけなんだよね。

政権与党の時々の支持率は、個別政策について有権者が支持しているかどうかに左右される。だから、世論調査によってどの政策が支持され、どの政策が支持されないかを分析する必要性は高い。

しかし選挙というのは、短期間で大量の票・支持を取り付けるものだ。これは結局のところ、政権与党に対する信任投票の意味合いが大きい。

トランプは、「現状を変えてほしい」という多くのアメリカ国民の不満をすくい上げた。それはすなわち、オバマ前大統領は、アメリカ国民の多くに満足を与えることができなかったということだ。結局のところ、それだけなんだ。

でも、「不満」「満足」の中身にはさまざまなものがある。雇用、給付金、補助金、社会保障、税制、国家としてのプライド……などなど。

そして、これらの個別の不満や満足には明快な優先順位が付いているわけじゃないから、政策を個別に分析して、有権者の全体的な満足度をつかむことは不可能だ。

「公約のうち、AとBには賛成だけど、Cには反対」という場合に、その公約全体が支持されるのかどうかなんてわからない。さらに、短期的には有権者が嫌がることでも、未来への挑戦、未来への投資だということを理解してもらえれば、それは満足につながり支持を得られる。ゆえに、結局のところ、有権者が現状に満足しているかどうかを「全体的」に見るしかない。

この「全体的」に見るというのが難しいんだよね。政治を経験した人間として言わせてもらうと、これはある種、感覚的なものになってくる。自称インテリたちは、個別の政策についての有権者の反応を分析して語りたがるけど、選挙において重要なのは有権者の今の政治「全体」に対する、「全体的な」反応なんだ。

有権者は現状の政治に満足しているか、変化を求めているか。現状に満足しているなら、候補者は現状を全否定せずに問題点を指摘し改善策を提示しながら、現状の方向性をさらに推し進めることを強調する。有権者が現状に不満を持ち変化を求めているなら、候補者は徹底した現状打破、変化を強調する。これが選挙で勝つための実践的なノウハウだ。

個別政策についての有権者の反応を気にしなければならないのは、選挙のときではなく、政権与党が政権運営時に支持率を気にするときだ。

さらに、政治を経験した人間としてもうひとつ言わせてもらうと、有権者の支持を得るには、有権者に「満足」をもたらすことに加えて、候補者自身が「強い大きなものと闘う姿勢」を示すことが重要になる。それがいいか悪いかは別として、現実の選挙とはそういうものだ。

大統領選挙でも、「闘っていた」のは明らかにトランプだったし、一時の勢いからは失速してしまったけど、小池百合子さんが圧勝した2016年の東京都知事選挙のときもそうだったよね。僕の選挙や、僕が代表だった当時の「大阪維新の会」の選挙でもそこを意識していた。

また、今回の大阪ダブル・クロス選挙で大阪維新の会は、大阪都構想や維新政治をつぶしにかかってきた自民党から共産党までのすべての既存政党や、それらを支持するあらゆる団体と闘った。

そのときに、もっとも重要になるのが候補者や政党の「色」だ。有権者は、候補者の個別政策を政治評論家のようには分析しない。有権者はそこまで暇じゃないからね。候補者の態度、振る舞いを包括的に捉えて、個別政策間に多少の矛盾があっても気にせず、候補者の「色」を感じて、支持する、支持しないを決めるのが一般の有権者だ。

トランプ大統領には「アメリカ・ファースト」という「色」が、今回の大阪維新の会には「府市一体で成長」「次世代のための政治」という色が強烈に出ていたと思う。

このように政治家の「闘う姿勢」や「色」をもとに、有権者が支持・不支持を決める態度は、ある意味正しい。特に、現職候補者の公約・政策ならともかく、新人候補者がつくった公約・政策なんて、役所がきちんと検証したものではないんだから、実現可能な完成度の高いものになるわけがない。

ある意味、言いっ放しの公約。旧民主党が政権交代を果たしたときの公約集が典型例だね。

だから公約そのものを細かく吟味しても意味がないんだ。候補者は当選後、公約を役所組織と議論しながら、実現可能な政策に具体化する作業をしなければならない。つまり選挙時ではなく、選挙後に公約が実現可能なものかどうかが判明する。

それなのに、日本のメディアは選挙時の公約を絶対視して、候補者がちょっとでもそれを修正すると凄まじいバッシングをする。少し前に流行った「マニフェスト」というものには、確定的な数値や工程表を求める。

でも、そんなのは役所組織が作るものであって、政治家の役割は、大きな方向性を示すことだ。このことを僕は選挙のたびに何度も説明したのに、メディアや自称インテリは聞く耳を持ってくれない。

たとえば僕は、日本のエネルギー政策のこれからの大きな方向性として「脱原発依存」を掲げていた。しかも、市場メカニズムによって大型商業原発が淘汰されるという方向性まで示した。安全基準を厳格化し、独立した原子力規制庁がそれを原発に厳しく適合させることによって、徐々に原発はフェードアウトしていく、とね。

ところがメディアは、この程度の方向性では満足しない。「いつフェードアウトするのか」「その具体的な工程表を示せ!」と、そればかり言っていたよ。「そんなことは維新の会がある程度の議席を得たうえで、霞が関の役所組織に指示を出してつくらせるものだ」と僕は説明したのに、メディアはまったく理解しない。

でも今の原子力発電所の状況は、結局僕が言っていた通りになっているよね。新しい独立した原子力規制庁が発足して厳格な安全基準が設けられ、厳格に適用されている。

このような行政実務は、政治家ではできない仕事。まさに役所の仕事だ。そして、大型商業原発は即時ゼロにはならないけれど、徐々に淘汰されつつある。政治家は大きな方向性を示し、役所がそれを具体化する。これが政治、行政の役割分担なんだ。

だから、選挙の段階で候補者を選択するのに必要なことは、候補者の公約から選挙用の修飾的なフレーズを削ぎ落とし、細かなディテールではなく、その公約を出してきた候補者の「根っこの思想」をあぶり出すことだ。この根っこの部分を、別の言葉で表したのが「候補者の色」「大きな方向性」ということになる。

この候補者の根っこの部分の理解ができれば、公約の多少の修正には驚かない。そもそも公約なんて、候補者が当選後にやらなければならない仕事のうち、ほんの0.00001%くらいの量、いや、それにも満たないくらいのものなんだから、公約だけを吟味したって仕方がない。

どの政治家を選ぶのかにおいて重要なのは、今後無数に出てくる課題に対してその政治家がどのような態度を取るかを規定する、政治家の根っこの思想部分、すなわち「色」。これさえ理解できれば、公約に書かれていなくても、今後その候補者(政治家)がどのような政策を実行していくのか、どのような態度・振る舞いをするのかを予測することができる。

トランプなら常に「アメリカ・ファースト」。現状を変えるためなら、他国との諍いも気にしない政治。大阪維新の会なら、府市一体、次世代への投資、特定の団体へ配慮することはない政治。だいたいこういう方向性を予測できるよね。そして有権者は、その「色」を支持したんだ。

トランプに学ぶ現状打破の鉄則
橋下徹(はしもと・とおる)
1994年3月早稲田大学政治経済学部卒業・司法試験合格。1997年弁護士登録。翌年、大阪市北区で橋下綜合弁護士事務所を設立し、独立。2003年4月『行列のできる法律相談所』にレギュラー出演開始。2008年1月27日大阪府知事選。183万2857票を獲得し、圧勝。2008年2月6日大阪府知事就任。2010年4月19日大阪維新の会創設。2011年12月19日大阪市長就任。2015年5月17日大阪都構想の賛否を問う住民投票。得票率差1%未満で否決される。2015年12月18日任期満了で大阪市長を退任。政界引退。現在に至る。

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