(本記事は、グレッチェン・ルービン氏の著書『人生を変える習慣のつくり方』文響社の中から一部を抜粋・編集しています)

不安
(画像=PIXTA)

「とりあえず」の罠 ~適当に始めた習慣ほどやめられなくなる

「自分の外の世界に広がるものにあまり影響を受けないほど強い内面をもつ生き物は存在しない」

ジョージ・エリオット
『ミドルマーチ』

「始まり」には習慣を形成する特別な力が潜んでいる。このときに必ず、「白紙の状態」を経験するからだ。ここでの「白紙の状態」とは、それまでの状態がリセットされ、新しいスタートを切れる状態になるという意味である

新年や自分の誕生日に新たな目標を立てるのがいい例だ。結婚、離婚、子どもの誕生、新たな出会い、死別などを通じて人間関係に変化が生じたときなども「白紙の状態」だと言える。ほかにも、引っ越しや家具の配置換えをしたときや、新しい仕事、新しい学校、新しい医師に変わったときに生まれることもある。弁護士の友人からこんな話を聞いた。

「わたしってシングルマザーでしょ。だから、精一杯稼ぐことがわたしの義務だといつも感じてた。でも、去年息子が大学を卒業したときに思ったの。『最後の学費を納めた。息子も独り立ちした。これからは何のために働くんだろう?』って。これまでとはまったく違う世界が目の前に開けたみたいだった」。

「白紙の状態」は、人生の節目となるような大きな変化だけでなく、小さな変化でも生みだせる。出勤時のルートを変える、テレビをこれまでとは違う部屋で観るといった些細な変化でもかまわない。

不本意な変化だって、新しいスタートの機会になりうる。ブログの読者から次のような投稿があった。「夫が11月に亡くなりました。わたしは元々内気なタイプで、人は好きですが、人とかかわるのは疲れると感じていました。でも、夫を亡くしてからは、孤独から鬱になるのではないかと不安になり、人とかかわる計画を山ほど立てました。予定をキャンセルしてもみんな理解してくれるとわかっていましたし、周りにたくさん人がいたほうがいいと思ったんです。6カ月経ったいまでも、毎日のように誰かと何かをする計画を立てています。こんなに変わるなんて自分でも驚きですが、変わって本当によかったです」。

「白紙の状態」を利用する

リセット
(画像=StockPhotosLV/Shutterstock.com)

この状態には、何かを始めたくなる不思議な力がある。それに、「できる」という感覚を高めてもくれる。言ってみれば、誰もまだ足を踏みいれていない雪景色や、未開封の卵のパックを目の前にしたときの感覚に近い。高級ホテルや夕日が沈むビーチなど、美しい場所で新しいことを始めてもいい。テレビ画面にハンマーを振りおろす、クレジットカードをハサミで真っ二つにするなど、行きすぎとも言えることをしてもいい。自宅やオフィスの壁の色を塗り替えたり、新しい家具に買い替えたりしてもいい。ある女性は新しいスタートを切るために、新年に必ず冷蔵庫の中のものを捨てると言っていた。

「白紙の状態」が生まれる瞬間は見過ごされやすい。この状態が習慣を変えるきっかけになると気づいていない人はとても多い。人は習慣の生き物なので、新たな行動が記録として刻まれると、それを消去できない。だからこそ、自分が続けたいやり方でスタートを切ることが大切になる。

新しいマンションに引っ越したとき、わたしは最初の数日間、メールやSNSのチェックに1時間使ってから仕事にとりかかっていた。それが決定打となり、仕事を始めるときの習慣としてわたしの身体に深く刻み込まれた。これが最高の習慣かどうかはさておき、この習慣をいま変えようと思ったら、かなりの努力をしないといけないだろう。大学時代、講義の初日に座った席で、その学期のその講義の座る席が決まった。だからいまでは、何をするときも、最初の数回には細心の注意を払う。その数回で、習慣の土台が形成されるとわかったからだ。最初のときと違うことをすると、何かを失ったような気持ちや違和感を覚える。

「白紙の状態」を活用すれば、新しい習慣を確立する苦労を減らすこともできる。ロースクールに通っていた頃は、早起きしてジムに通うなんてとてもできないと思っていた。でも、卒業して裁判所書記官の仕事に就くと、それが「白紙の状態」だとは特に意識しなかったが、勤務初日からずっと、わたしは毎日仕事の前にジムへ通った。「白紙の状態」の力を借りたとはいえ、つらくなかったと言えば嘘になる。とはいえ、通うのを1カ月、いや、1週間でも遅らせていたら、もっとつらかっただろう。

転職を決めた友人から、前の仕事では働きすぎたから、今度はそうならないようにしたいと打ち明けられた。

「そういうときは、『白紙の状態』を活用するのがいちばん」とわたしは提案した。「退社する時間を自分で決めて、最初の1週間は必ずその時間に退社するの。そうすれば、それが習慣になるから」。

「6時30分か7時に退社できればいいけど、最初の週はもっと遅くまで残ると思う。早く慣れたいし」と友人は言った。

「最初にとる行動で、その後の行動も決まってしまうと思わない? 会社を出たいと思う時間を決めて、初日からその時間に出ると決心しなさい。先延ばしにしたって帰りやすくはならない。半年後から理想の時間に帰るほうが絶対に大変よ」

一度身についた習慣から抜けだすのは本当に大変だ。転職を決めたとき、その友人の頭には9時に退社する習慣がまだ染みついていた。新しい仕事という「白紙の状態」を活用しなければ、たぶんその習慣は壊せないだろう。「とりあえず」のつもりで行うことは永久に続くことが多く、永久に続くと思ったことほど、その場限りで終わることが多い。

「白紙の状態」の力が借りられるのに、そのチャンスを逃すのはもったいない。たとえば、引っ越しするとこれまで定着していた行動習慣が大きく変わるので、新しい習慣に変えやすい。キャリア、学校、人間関係、依存行動、ダイエットを含む健康習慣など、何かを変えようと試みた人を対象にした調査では、変えることに成功した人の36%が「引っ越し」と関連づけられたという。ブログの読者からも次のような投稿があった。「もうすぐ新居を購入します。これまでは、新しい場所に住んで新しいスタートを切るだけで、自分に染みついたダメな習慣が勝手に消えると思っていましたが、それは間違いだと気づきました。自分のどんな行動によってダメな習慣が身についたのかをきちんと理解していなければ、どうすればそれを防げるかもわかりません。ですから今回は、ダメな習慣を一掃し、新しい習慣を身につけることを事前に考えておくつもりです。これまでと同じ過ちは繰り返したくないので」。

一時的な引っ越しや旅行も、「白紙の状態」として活用できる。わたしの父も、「禁煙は何よりもつらかった。でも禁煙を始めてすぐに、ミクロネシアへ10週間出張することになった。あれがあったから本当に助かった」と言っていた。出張先では当たり前になっていた習慣がすべて壊され、新鮮に感じることを次々に体験したおかげで、タバコのことをあまり考えずにすんだのだ。

転職した働きすぎの友人にも伝えたように、新しい仕事に就くという「白紙の状態」は、新しい習慣を取りいれる絶好のタイミングだ。知り合いの男性は、そのタイミングでメールとの付き合い方を変えることに成功した。「僕はずっとメールにとらわれてきた。でも、転職して新しいメールアドレスに変えたのを機に、メールボックスを毎晩空にすることを自分に課した。いまでは、届いたメールはすべて、返信、削除、保存のいずれかの処理をその日のうちに行う。前の仕事のときは、いつまで経ってもメールの処理が追いつかなかった。でも、転職で新しいスタートを切ることができた」と彼は説明する。

「白紙の状態」は期せずして生まれることもある。わたしの母は、昔から甘いものに目がない。数年前、母はひどい胃腸炎にかかった。その後何とか回復すると、甘いものを欲しいと思う気持ちがなくなっていたという。とはいえ、そのまま昔の食習慣に戻るのは簡単だっただろう。でも幸い、母は「白紙の状態」になったことに気づき、甘いものを欲する気持ちが戻った後も、できるだけ食べないようにしている。

「白紙の状態」の落とし穴

年金,一時金,メリット
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「白紙の状態」は新しい習慣を形成する絶好の機会だが、すでに定着している習慣を促すきっかけが失われたり、自分のためになっているルーティンが壊れたりすることもある。大したことなさそうに思える習慣のどれか一つでも綻びをみせれば、それに連なる習慣すべてが失われかねない。調査によると、結婚、離婚、転職、家族構成の変化といった人生の節目となる大きな変化を経験すると、ものの買い方が変わる傾向が高いという。しかもその変化は無意識に起こることが多い。また、食習慣も同様に変わる可能性が高い。とりわけ30歳以上の人は、結婚や離婚によって体重が変化する。女性は結婚後、男性は離婚後に、大幅に体重が増えるリスクが高まる。わたしのブログにも次のような投稿があった。「わたしは定期的に運動していましたが、息子がバス通学になったとたん、運動しなくなりました。なぜかというと、息子を車で学校に送ってからジムに行っていたからです。この流れはルーティンとして定着していました。息子がバス通学になり、ジムに行くきっかけがなくなってしまったのです」

何かしらの変化が習慣を一掃しようとしていても、人は意外なほどその事実に気づかない。そこで役に立つのが、先に紹介した「測定」だ。測定していれば、良い習慣が壊れかけたら数値として表れるのですぐに気がつく。

「白紙の状態」の効果について調べていたら、わたしも自分のために活用したくなった。

考えた末、わたしは次女のエレノアの部屋を掃除して模様替えし、彼女が遊ばなくなったおもちゃを処分することにした。おままごとに使っていたおもちゃの農場やお城を箱に詰めているときは悲しくなったが、処分する山積みの箱を見ると、エネルギーがわいて元気になった。「白紙の状態」は小さなきっかけやありふれた変化を通じてでも生みだせる。いつでもしっかりと目を見開いていれば、「白紙の状態」を活用する機会は必ず見つかるものなのだ。

人生を変える習慣のつくり方
ルービン・グレッチェン
作家。キャリアのスタートは法律家で、アメリカ初の女性連邦最高裁判事サンドラ・デイ・オコーナーの書記官を務めていたときに、作家になりたいと気付いて転身した。作家となってからは、習慣、幸せ、人間の本質を追求し、世間に大きな影響を与えている。著作は多岐にわたり、なかでも『The Happiness Project』(『人生は「幸せ計画」でうまくいく!』)はアメリカでミリオンセラーとなり、30カ国語以上に翻訳された。習慣や幸せについて探求したことを報告するブログやポッドキャストも人気で、本だけでなくオンライン活動のファンも多い。彼女のポッドキャスト番組は、iTunesの「2015年ベスト番組」に選出された。また、彼女自身も、アメリカでもっとも尊敬を集める女性司会者として知られるオプラ・ウィンフリーにより、「2016年オプラが選ぶスーパーソウル100」に選ばれている

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