(本記事は、グレッチェン・ルービン氏の著書『人生を変える習慣のつくり方』文響社の中から一部を抜粋・編集しています)

習慣
(画像=PIXTA)

まず初めに変えるべき習慣は?

「習慣は、時の流れが人の顔つきを変えていくかのように、人生の顔つきをゆっくりと変えていく。そして自分はそのことに気づかない」

ヴァージニア・ウルフ
『ある作家の日記』より1929年4月13日の記述

良い習慣を身につけようとしているときは、ほかの部分も改善しやすい。たとえば、定期的に運動している人は、健康面や仕事面でも良い行動を見せると言われている。自制は自制を生み、変化は変化を促す。その逆もまたしかりで、望ましくない習慣も群れをなし、互いに足を引っ張り合う。

習慣を改善したいなら、どこから手をつけるべきか? わたしはよく、「大事なことからとりかかれ」と自分に言い聞かせる。要は、大きくてわかりやすい問題から取り組むということだ。

習慣を改善したいと言いながら、エネルギーを費やしてもその見返りがほとんど期待できないものから手をつけようとする人は案外多い。わたしの知り合いに、慢性的な睡眠不足で運動は一切せず、鍵や財布はつねに行方不明で、会社にしょっちゅう遅刻する男性がいる。大好きなテニスをする時間もなく、いつもガムを噛んでいるその彼が、わたしにこう言った。「僕は変わらないといけない。まずはガムを噛むのをやめるよ」。

彼には言わなかったけれど、それを聞いたわたしは古いジョークを思いだしていた。ある日の深夜、警察官が街灯の下をうろうろしている男性を見かけた。「何をしているのですか?」警察官が男性に尋ねる。「車の鍵を探しているんだよ」そう答えた男は明らかに酔っている。「ここで鍵を失くしたのですか?」「いや、失くしたのは向こうだ」男はそう言って、背後の真っ暗な歩道を指差した。「でもここのほうが明るいだろ」。

習慣を改善しようと心に決めたのに、鍵のある場所を探そうとしない人は多い。彼らはまず、探しやすい場所から探し始める。だが当然、いくら探しても鍵は見つからない。

土台となる四大習慣

では、始めるべき場所はどこなのか? 始めるなら、自制心の強化にいちばんつながる習慣から手をつけるのがいい。なぜなら、それらがほかの良い習慣を形成する際の土台となってくれるからだ。自制心を強化できるような習慣は、肉体的な負担や精神的な疲弊(ひへい)が原因で自分のコントロールがきかなくなる状況を防いでくれる。

自制心の向上につながることは四つあり、自制心を高めることで、あらゆる習慣の土台が強固になると言える。よって、習慣を改善するときは、次の四つから取り組み始めるのがベストだ。


① 睡眠
② 運動
③ 食生活
④ 整理整頓

すべての土台となる習慣は、互いを高めあう。たとえば、運動をすればよく眠れるようになり、よく眠れれば何でも上手にこなせるようになる。だから、どの習慣を変えたい人も、まずはこの四つの改善から取り組むといい。ついでに言うと、不思議なことに、土台となる習慣には大きな変化を生む力がある。友人のひとりから、「冷蔵庫を掃除したの。そうしたら、転職できるんじゃないかって気がしてきた」と言われたときは、彼女の言わんとすることをはっきりと理解できた。こうしてわたしは土台となる習慣の改善に取り組 み始めた。


①睡眠

わたしは就寝時間を10時30分と決めているが、なぜかその時間に遅れることが多いと感じていた。そしてとうとう気がついた。疲れているときほどよく眠れると思っていたが、疲れすぎているとかえって眠れないのだ。ベッドに入るという行為には、物理的にも精神的にも多大なエネルギーが必要になる。疲れすぎていて何も考えたくないときは、顔を洗おうとすら思えない。だから、ベッドに入る時間は必然的に遅くなる。

わたしは寝る準備を始める時間を早めることにした。いまでは、 10時30 分になるずいぶん前に顔を洗い、歯を磨き、コンタクトレンズをはずしてメガネをかけ、パジャマに着替えるようにしている。こうした小さな仕事を片づけておくと、時間どおりにベッドに入りやすくなる。

就寝時間を守ることで生まれる嬉しいおまけも見つけた。就寝時間の30分前は、わたしにとっては危険な時間帯だ。自制心が底をついた状態なので、良い習慣の維持が困難になるのだ。ついついキッチンへ何かをつまみに行ってしまう(慢性的に睡眠時間が短めの人は、空腹や誘惑を前にすると弱い。これもおそらく、睡眠時間が6時間未満の人に肥満が多い理由の一つと言えるだろう)。また、そういう状態のときに、夫とときどきケンカになる。電球を替え忘れた、メールの返信をしなかった、といったことに大げさに反応してしまうのだ。自制心が底をついた状態でいる時間は少ないほうがいい。それには時間どおりにベッドに入るのがいちばんだ。

睡眠についてほかの人から話を聞くと、わたしはいつも釈然としない。疲れていてつらいと言いながらも、「早めにベッドに入る」といったごく普通のことを提案すると、拒絶する人が多いのだ。それはいったいなぜなのか?

考えるうちに答えが見えてきた。そういう反応をする人は、自分自身のための時間をほとんど確保していない。休む間もなくやるべきことに追われながら一日を過ごすので、自由に使える時間は夜しかない。その時間にメールを処理したり、報告書を読んだりして仕事の遅れを取り戻す人もいれば、好きなことをする人もいる。子どもたちが眠りにつき、ゴミを出し、仕事のメールが来なくなってようやく、パートナーと一緒に過ごしたり、自分ひとりの時間を楽しんだり、ぼんやりしたりする時間ができる。

ロースクール時代の友人は、熱くわたしにこう語った。「朝から晩まで法律事務所でこきつかわれているんだぜ。一日の終りに本を読んだりリラックスしているときだけが、自分の時間なんだ」。

「睡眠時間を増やしたら、前向きな気持ちになれるんじゃないかな」とわたしは提案した。

「早く寝るってことは、僕の時間がすべて会社のものになるってことだ」彼は首を振ってこう続けた。「冗談じゃない」と。

人は、自由に使える貴重な時間を守るためなら、睡眠を削ることを厭(いと)わない。睡眠を自分の時間を奪うもののように感じるのだ。人は「奪われる」という感覚をひどく嫌がる。この「唯一の自分の時間という認識」は、良い習慣の大きな妨げとなる。いつも疲れきっていると文句を言いながら、ギリギリまで自由になる時間にしがみついている人は大勢いる。だが、現実的に言って、睡眠は絶対に必要だ。


②運動

身体を動かすことは、すべてにおける万能薬だ。運動をすると、不安が解消され、エネルギーや気分が高まる。また、記憶力が向上し、行動が機敏になり、体重の維持もしやすくなる。運動には、人をエネルギッシュにする効果と人を落ち着かせる効果の両方がある。

なかでもいちばんのメリットは、自制心の強化だろう。良い習慣がより身につきやすくなる。また、毎日の生活に間違いなくゆとりが生まれる。娘の学校の授業参観に出向くと、エレベーターの前に行列ができる。3階まで階段で行きたくない人がそれだけ多いのだ。

「運動」というと、わざわざジムへ行って最後にシャワーを浴びることを思い浮かべる人もいるが、ただ動きまわるだけでも効果はある。健康状態にいちばん大きな改善が見られるのは、座りっぱなしの生活から座っている時間を少し短くした人だ。実際、一日20分の運動を始めた人から、死亡率がガクンと下がる(アメリカ人の約40%は、まったく運動をしないという調査報告がある)。

しかし、運動を始めた人の約半数が6カ月以内にやめてしまう。それはたぶん、運動の選び方に問題があるのではないか。運動を始めようとする人の多くは、理想の体型、流行のエクササイズ、周囲のアドバイスなどを考慮に入れる。それらも確かに役に立つが、自分の性質やスケジュールに合ったものを選ぶほうがはるかに長続きする。たとえば、夜型の生活なのに早起きして運動したいと思ったところで、現実にはならない。

自分に適した運動の仕方を見極める要素はたくさんある。運動する習慣を身につけたいなら、次のことを考えてみてほしい。

  • 朝型か夜型か(ヒバリかフクロウか)
  • 外に出たいタイプか、天気に左右されたくないタイプか
  • 競争になるとやる気が出るタイプか
  • 激しい曲にのって運動したいか、静かな環境がいいか
  • 責任意識を生む誰か(例:トレーナー、ジョギング仲間など)がいたほうがいいか、自分ひとりの責任でするほうがいいか
  • 運動に課題があるほうがいいか(例:新しいスキルを習得する、肉体的に自分を追い込む)、よく知っている運動のほうがいいか
  • 競技や試合を好むタイプか
  • 運動後にシャワーを浴びないと嫌か

ちなみにわたしの答えは、ヒバリ、どちらも当てはまる、出るタイプではない、静かな環境、自分ひとり、よく知っている運動、好まない、どちらでもよい、となった。それに、わたしは自分を追い込みたくないし、新しいことにも挑戦したくないほうだ。だから、室内で行うヨガのクラスに週に1回参加し、有酸素運動専門のジムに週に1、2回行って、ステアマスターとフィットネスバイクで合計40分運動することにした。40分なら、つらいと感じない。ただし、週に1回だけ、限界まで追い込む筋力トレーニングクラスに参加している。非常につらいが、このクラスは20分だけなので耐えられる。

もちろん、わたしとはまったく違うタイプの人もたくさんいる。知り合いのひとりはこんなことを言っていた。「自分は競争になるとやる気が出るんだってようやく気づいた。それがわかってからは、友だちと毎週『競争』しているよ。僕はこういう興奮を、ずっとトレーニングに求めていたんだ」。

人は、自分が感じたとおりに行動していると思いがちだが、どう行動するかによって感情が決まることがほとんどだ。だから、エネルギッシュになったつもりで行動すれば、以前よりもエネルギッシュになったと感じる。

わたしは座っている時間を減らそうと思い、週末の散歩を習慣にすると決めた。外へ出ようとするたびに、自分を奮いたたせるのに苦労するが、家に戻ると必ず、出かける前よりエネルギッシュになっている。


③食生活

日常生活において、食事以上に生活の土台となるものはほとんどない。それなのに、食事について自分でコントロールできないと感じている人は多い。そこにはこんなパラドクスが隠れている。脳は、衝動を抑えるために食べものを必要とする。その結果、衝動的な過食を防ぐには食べるのがいちばんだと判断し、食べろと命じるのだ。

わたしは、お腹がすいたときだけ食べ、お腹がいっぱいになったところで食べるのをやめることを習慣にしようと考えた。簡単だと思うかもしれないが、これが想像以上に難しい。お腹がすいていなくても食べてしまうきっかけとなるものが、実にたくさんあるのだ。人はお腹がすいていなくても、習慣になっているから、周りが食べているから、食べものの見た目や匂いにつられたから、といった理由で食べることがよくある。また、わたしたちが一回の食事に費やす時間は平均12分だが、身体は20分経たないと満腹感を覚えない。わたしも実際、「お腹がすいたときだけ食べる」と「おかわりをしない」の二つはいちばんよく破っていた。生活サイクルや食べものの誘惑に打ち勝つのは本当に大変だ。

お腹がすいていないのに食べることはいまでもときどきあるが、お腹がすくと何か食べずにはいられない。お腹がすいた状態が大嫌いなので、友人から「夜中にお腹がすいて目が覚めるときがいちばん好き」と言われたときは信じられなかった。お腹がすいているときのわたしは怒りん坊になる。すぐにイライラするので、仕事をすることも考えることもできない。

そういう状態になりたくないから、朝食は必ず食べる。朝食を食べる人のほうが痩せているという意見を支持する人は多いが、この意見はあくまでも相関関係の指摘であって、因果関係が立証されているわけではない。この研究報告を調査した人たちは、朝食を食べない習慣が体重の増加に影響することはほとんどないと結論づけている。わたしも朝食に特別な力があるとは思っていないが、朝食は欠かさない。お腹がすいた状態にしないことは、わたしの土台となる習慣の一つなのだ。

食事を抜くのは身体に悪いとよく言われるのは、お腹がすいた状態でいると、食べる量を抑えづらくなるからではないかと思う。実際、ダイエット中の女性を対象にした調査では、食事を抜かなかった女性は、ときどき食事を抜いた女性に比べて3.5キロ近く体重が減った。朝食を抜くと、一日中自分に甘くなり、よくない判断を下しやすくなる人も多い。誕生日会に呼ばれた娘を迎えに行き、娘が出てくるのを友人と一緒に待っていると、その友人はカップケーキを一つ手にとってこう言った。「今朝は朝食を食べていないから、これを食べても大丈夫」。

食事に関連して飲みものについても考慮しよう。アルコールは土台となる習慣にさまざまな形で影響を及ぼす。自分を抑える力が下がるので(だからこそ飲酒は楽しいのだが)、食べすぎたり飲みすぎたりしやすくなるのはもちろん、眠りは浅くなり、運動をする気も失せ、自分を律(りっ)しようとする努力が台無しになる。わたしの場合、お酒を飲むと、好戦的になって不用意な発言が増え、眠くなる。だからあまり飲まなくなった。

水を飲む量が少ないのではないかと心配する人もいるようだ。ドラッグストアのレジの列に並んでいたとき、女性客のこんな会話が聞こえた。「水をたくさん飲むのって本当に大変。大きな水のボトルを毎日1本買って、必ず飲み干すようにしているのよ」。

水を飲むことには健康上さまざまなメリットがあると言われているが、実際にはそれほどではない。空腹と喉の渇きを混同しやすいとよく言われるが、実際に混同する確率は低い。脱水状態になれば、喉が渇いて我慢できなくなる。また、よく言われているように、一日にグラス8杯ぶんの水を飲む必要もない。喉の渇きを感じず、少々黄色い尿が適量出ていれば、水は十分摂取できていると思えばいいだろう。


④整理整頓

身のまわりが整理整頓されているかどうかが、心に与える影響は驚くほど大きい。クローゼットに上着が押し込められていようと、箱からものが溢れていようと、大したことではないように思えるが、自分を取り巻く環境が整っていると、自分の思いどおりに行動できているという実感が強くなる。

身のまわりの整理整頓は、「壊れた窓」と同じ役割を果たすとも言える。「壊れた窓」は、犯罪を防止する理論として、1980年代に社会学者らによって発表された。「窓ガラスの破壊、落書き、無賃乗車、公共の場での飲酒といった無秩序と軽犯罪が蔓延(まんえん)するコミュニティでは、重大な犯罪に手を染めやすくなる」というものだ。コミュニティレベルの話として事実かどうかはともかく、個人のレベルの話としては事実だ。きれいに整理整頓された環境にいると、自制心が養われ、良い習慣が身につきやすくなる人は多い。

ロースクールに通っていた頃、たまたま友人が暮らすシェアハウスを2軒続けて訪ねる機会があった。わたしはいまでも、そのキッチンの違いに衝撃を受けたことをはっきりと覚えている。最初に訪ねたシェアハウスのキッチンは、きれいに整理されていた。友人は戸棚からクラッカーの箱、冷蔵庫からチーズを取りだしてわたしにふるまうと、またきちんと封をして元の場所に戻した。次にもうひとりの友人のシェアハウスを訪ねると、「何でも適当につまんで」と言われた。キッチンカウンターの上には、封を切ったプレッツェル、ポテトチップス、一口サイズのチョコチップクッキーなどの袋が散乱していた。キッチンテーブルで友人と話をしていると、同居人たちがキッチンにやってきては、散乱している袋から何かをつまんでいった。そのときわたしは、「この家で暮らしていたら、一日にクッキーを一箱食べかねない。しかも、そのことにきっと気づかない」と思った。進んでジャンクフードを食べたいとは誰も思っていなかったはずだ。でも、そういう習慣のなかで暮らしていれば、ジャンクフードの誘惑は抗いがたいものになる。

散らかっているものを片づける、以前から気になっていることに取り組む、見えているところを拭く、動かなくなったものや使わなくなったものを処分する、といったことをすると、本当に気分がいい。そういう気分になると、自制心が必要なことにも取り組みやすくなり、大変なことも習慣として続けやすくなる。それに、小さな達成感を得ることで、自分にはやり遂げる力があるという自信もつく。その力を信じる気持ちが強くなるほど、重要な習慣を続ける力が自分にあると信じられるようになる。もちろん、雑然とした雰囲気のほうが何ごとも捗るという人もいる。そういう人にとっては、身のまわりが整理整頓されても、生産性や創造性が高まったり、心の平穏が得られたりするどころか、息苦しく感じるだけかもしれない。

何が「壊れた窓」に相当するかは人によって違う。とはいえ、「起きたままのベッド」が「壊れた窓」なので、ベッドを整える習慣を身につけたいと思っている人は多い。『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者で作家のチャールズ・デュヒッグも著書『習慣の力』のなかで、「ベッドを整える習慣は、充足感や高い生産性と相関関係にある」と述べている。ほかにも共通する「壊れた窓」としては、車が汚れている、洗濯ものやゴミがたまっている、パスポートや携帯電話の充電器など大事なものが見つからない、新聞や雑誌が山積み になっている、パジャマやジャージで一日中過ごす、ヒゲを剃っていない、シャワーを浴びていない、といったことが挙げられる。

わたしは自分にとっての「壊れた窓」をいくつか修理することに決めた。まずは、寝室で脱いだ服をそのまま何日も放っておく悪癖からだ。わたしは急いでいると、「脱いだ服を積んでいたってかまわない」とつい自分に言い訳をしてしまう。でも、整理整頓された状態のほうが心が穏やかになるし、自制心も働く。身のまわりを散らかったままにしていると、自分で自分が嫌になる。そうして毎晩服を片づけるようにしたところ、わたしは気がついた。毎晩片づけていれば、片づける服の数が少なくてすむ。つまり、毎日続けるほうが、まとめて行うよりもラクだったのだ。

それから、仕事の習慣についても見直した。それまでは、机を散らかしたまま仕事場をあとにしていたが、いまでは最後の10分を、書類の整理、メールの内容の確認、書類の記入、筆記具の片づけ、翌日のスケジュール確認、別の部屋へ持っていくべきもののとりまとめなどにあてている。このおかげで、翌朝に仕事場へ足を踏みいれるのがずっとラクになった。散乱した書類やコーヒーカップの片づけから始めないといけないという気持ちが、それほどまでにやる気をくじかせていたとは思ってもみなかった。

四大習慣と重要度

ビジネス断捨離,やましたひでこ
(画像=The 21 online)

ここまで紹介した四つの土台は、わたしの習慣に大きな変化をもたらしてくれた。だが、ほかの人にとってもそうなるだろうか?

わたしは友人のマーシャルに頼んで整理整頓の習慣を取りいれてもらった。彼は新聞のコラムニストで、素晴らしい想像力の持ち主だが、あるときわたしにこう言った。「僕は誰かから与えられた仕事を終わらせるのは得意だけど、自分でやろうと思っていることは先延ばしにしてしまう」。

「やろうと思っていることって、何?」とわたしは尋ねた。

「脚本も書きたいし、小説のためのアイデアも詰めたい。弟と一緒に何かやろうという話も出ているんだ」(マーシャルは間違いなくオブライジャーだ)。

わたしは彼のマンションを訪ねたことがあり、かなり散らかっていることも知っていた。だから、整理整頓によって習慣の土台が強固になり、ひいては仕事が捗るようになるのではないかと思ったのだ。わたしは彼に次のように説明した。「土台になる習慣が身につけば、良い習慣がより身につきやすくなるとわたしは考えているの。だから、部屋をきれいにすれば、執筆が捗るんじゃないかしら」。

「やってみるよ」。そう言った彼の言葉に、あまり熱意は感じられなかった。

そうしてわたしは、グリニッジビレッジにあるマーシャルの家を訪ねた。彼が暮らすのは、ニューヨークの典型的な1LDKタイプのマンションだ。片づけを進めながら、わたしはマーシャルが関心をもてばいいと思いながら、片づけの教訓を語った。

「実際には何の意味も価値もないものを、つい集めたくなるけど、集めるとなると、整理して保管しないといけない。買い物袋もそう。わたしもとっておきたくなるけど、50も買い物袋があっても使わないでしょ?」

すると、マーシャルは黄ばんだ新聞の山をわたしに手渡した。「この山を戸棚に入れてもらえる?」わたしは戸棚のなかを見た。「なんで保存しているの?」。

「僕が書いたコラムが載っているんだよ」彼は新聞の山を見やる。「誰か雇ってコラムだけ切り抜いてもらうといいかな。そうすれば、1冊のファイルにまとめられるし。いや、スキャンすればいいのか。スキャンしてネットに上げればいい」。

「自分のウェブサイトがあるの?」

「いや、でも開設したほうがいいかもしれないな」

マーシャルの言葉にわたしは沈黙した。彼は「ハードルを上げている」のではないかと思ったからだ。新しい習慣を身につけようとすると、人は自ら「ハードルを上げる」ことがある。熱意なのか、無意識にある自己破壊の衝動なのかわからないが、身につけるのが極めて困難な習慣に自らつくり変えるのだ

たとえば、運動を始めると心に決めたとしよう。だが一日20分歩くのではなく、有酸素運動、ウエイトトレーニング、バランス感覚を鍛えるエクササイズを週に4日、しかも1時間やることにするのは、ハードルが高すぎてとても習慣にはできない。マーシャルも自らハードルを上げている可能性があった。古い新聞を戸棚にしまっておくことから、コラムを切り抜いてスキャンし、まだ存在すらしないウェブサイトに掲載するための人を雇おうと言いだしたのだから。とはいえ、コラムは彼の生業(なりわい)だ。いずれにせよ、新聞の山が目につくところからなくなったのは事実だから、とりあえずはよしとしよう。

片づけ始めて数時間後、マーシャルは呆然とした顔つきに変わった。一方のわたしは、片づけが進むにつれてやる気が高まっていくのを感じていた。わたしは笑いがこみ上げた。

「どうしたの?」彼が不思議そうに言った。

「後になれば、片づけてよかったと感じると思うわ。でも、いまはつらいだろうなって。わたし、片づけになると容赦しないから大変だったでしょ」

「いや、いらないものが片づいてよかったよ」マーシャルは部屋が見違えたことを喜んだが、たぶん、わたしのほうがその成果に興奮していたと思う。当の本人は、部屋が散らかっていても片づいていてもあまり気にならないようだった。気にならないのだから、部屋がきれいになっても執筆は進まないかもしれない。やはり四つの土台のどれも重要とはいえ、改善するときは、自分の価値観に即したものを選ぶ必要があるようだ。

自分に効果があると、ほかの人にも効果があると思いがちだ。しかし、習慣はそういうわけにはいかない。調べ始めた当初から、個々の違いは大事だとわかっていたが、その重要性は想像以上だった。

良い習慣を養うにはエネルギーがいるが、「測定」同様そのエネルギーは不足しがちだ。だから、いちばん自分のためになる習慣の形成にそのエネルギーを使ったほうがいい。大事なことからとりかかろう。そのためにはまず、自分にとって何がいちばん大事かを決める必要がある

人生を変える習慣のつくり方
ルービン・グレッチェン
作家。キャリアのスタートは法律家で、アメリカ初の女性連邦最高裁判事サンドラ・デイ・オコーナーの書記官を務めていたときに、作家になりたいと気付いて転身した。作家となってからは、習慣、幸せ、人間の本質を追求し、世間に大きな影響を与えている。著作は多岐にわたり、なかでも『The Happiness Project』(『人生は「幸せ計画」でうまくいく!』)はアメリカでミリオンセラーとなり、30カ国語以上に翻訳された。習慣や幸せについて探求したことを報告するブログやポッドキャストも人気で、本だけでなくオンライン活動のファンも多い。彼女のポッドキャスト番組は、iTunesの「2015年ベスト番組」に選出された。また、彼女自身も、アメリカでもっとも尊敬を集める女性司会者として知られるオプラ・ウィンフリーにより、「2016年オプラが選ぶスーパーソウル100」に選ばれている

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